第367話、何故、終わったと思ったのか?


 ムンドゥス帝国大西洋艦隊は、夜戦から離脱すると共に、その乱れた艦列を整えた。そして残存艦艇の確認作業を行った。


 旗艦『ディアドコス』。リーリース・テロス大将の表情は苦痛に満ちていた。何かに耐えるような司令長官に、メルクリン参謀長は報告する。


「――現在、集結を図っていますが、最終的にどれくらいが合流できるかはわかりません」


 特に陣形内で後衛に配置していた戦隊に、不明となった艦艇が多かった。たとえばイギリス戦艦の鹵獲艦は、最初の熱線砲で2隻撃沈、2隻大破になったまではわかっていたが、残る2隻がどうなったのか、今は不明である。


 撃沈されたのか、あるいは損傷により脱落したのか。他の艦艇ともどもその確認作業が行われている状況だった。


 それ以外にもあの混戦だったので、離脱についていけず脱落したものが、それなりの数になるだろうと予想された。


 日本海軍も、弾薬の消費を嫌って追撃を諦めたが、脱落艦にトドメを刺して回っているかもしれない。


「明るくなれば、偵察機も飛ばせるだろう」

「……はい」


 つまり、テロスは夜のうちに脱落艦を捜索するとか援護部隊を送るなどをするつもりがないということだ。

 メルクリンは察する。日本軍が脱落艦の始末にかかり切りになれば、少なくともその間、艦隊は安全とでも考えたのだろう。


 切り捨てられた艦の乗組員には同情を覚えるが、日本軍が残党狩りをしているという確証もなく、航行不能になっていなければ案外、明るくなる前に合流できるかもしれなかった。


「メルクリン。残存する空母は?」

「はっ。リトス級大型空母6隻。うち1隻が航行は可能ですが中破状態で、艦載機の運用は不可能となっております」

「実質、5隻か」

「はい。アルクトス級中型空母は8隻生存――」


 こちらは艦隊戦初期の前衛でいた5隻は離脱も早く、敵の待ち伏せ網も回避できた。艦隊中央で分散配置していた5隻は右翼側の2隻が沈められ、3隻が難を逃れた。最悪だったのは後衛の5隻で、こちらは初手の熱線砲の直撃で全滅した。


「グラウクス級軽空母、残存4隻。乱戦の中で巻き込まれる形でやられたようですが、残っている4隻については、こちらも艦載機運用に支障なしです」


 航空戦艦である『ディアドコス』を除けば、大型5、中型8、小型4。合計17隻の空母が残っていることになる。


 まだ生き残っていて合流する空母があるかもしれないが、今のテロスは、そちらは戦力として数えないことにした。今ある数字で、戦力を計算する。

 10隻を地中海に戻し、35隻となっていた空母が17隻。見事に半減した。


 ――その上、ナイトストライカーズの大半を失っている……。


 夜間航空隊であるナイトストライカーズは、日本軍の夜間戦闘機隊の襲撃を受けて、出撃させた分は大半が撃墜された。


 一応、戦闘機もついていたが、敵に夜間戦闘機などいないと高をくくり、その数は少なく、日本軍のおよそ150近い戦闘機の攻撃にやられてしまった。


 航空戦で後れを取ったことが、テロスには腹立たしく、考えただけで吐息が熱を帯びた。これほどの屈辱は、ドイツ、イギリスの精鋭航空隊の一刺しの反撃を受けて、想定外のダメージを受けた時以来か。


「欧州の人間は、アジア人を馬鹿にしていたけれど――」


 テロスはため息をついた。


「愚かな地球人の戯言だった。おかげで煮え湯を飲まされたわ。日本人は侮っていけなかったのよ」


 ムンドゥス帝国大西洋艦隊史上、最大の損害を受けた日である。

 メルクリンは報告を続けた。


「確認が取れた戦艦は15隻、重巡洋艦21隻、軽巡洋艦16、駆逐艦64隻となります」


 つまり、脱落含め沈没の可能性のある艦は、空母18、戦艦16、重巡洋艦14、軽巡洋艦19、駆逐艦36に及ぶことになる。これだけのうち、何隻が本隊と合流できるか。


「これでも、航空戦ならまだ1000機以上残っているわね」


 まだ、先日確認された日本軍機動部隊とならば、互角以上の戦力であると言える。他に同規模の空母機動部隊があれば、劣勢となるのはこちらではあるが、現在のところ、これ以外の空母機動部隊は確認されていない。


 敵は、大西洋艦隊に夜襲を仕掛けて戦力を削り、夜が明ければ、航空隊を差し向けて航空決戦を仕掛けてくるだろう。


 この戦力であるならば、まだ正面からぶつかえる!

 その時だった。


「長官、失礼します。格納庫より、緊急電話です」


 ディアドコス艦長のメラン大佐が隊内電話を手に言った。歴戦の艦長であるメランもまた、先の夜戦で関係各所とのやりとりや確認などで疲労の色が濃いが、それとは別の困惑が表情に浮かんでいる。


 参謀たちも、艦隊各戦隊との連絡や報告で忙しそうである。なので、改めて緊急と言われてもいまいちピンと来ないのである。


「格納庫?」


 この『ディアドコス』は航空戦艦である。艦載機があって、精鋭戦闘機の飛行隊が積まれている。


「長官を出せ、とアグノス少佐が、怒鳴り込んでいまして」

「怒鳴り――?」

「なんでも、敵が来る、と――」

「!?」


 その瞬間、テロスは稲妻に打たれたような衝撃を受けた。

 日本軍はこれまでも、夜の闇に紛れて空襲してきたと聞いている。事実、夜間戦闘機を持っている。


 であるならば、夜間攻撃機が、艦隊に仕掛けてこないという保障はない。何故、日本軍の攻撃がないと思った? 敵は空母に損害を受けていない。夜戦の仕上げとして航空機を投入できるなら、仕掛けてこないはずがないのだ。


 アグノス――エレミア・アグノス少佐は、ムンドゥス帝国大西洋艦隊のトップエースであり、同時に魔術師である。彼女の直感の的中率はすこぶる高い。

 その彼女が日本軍が来るというのならば、もはや疑う余地はない。


「艦長! ただちに直掩機を発艦させて! 全艦艇に空襲警報! 敵機が仕掛けてくるっ!」

「はっ。しかし長官。レーダーはまだ――」


 敵機、敵艦の反応はない。見張り員も、警戒はしているが日本機も日本艦発見の報告もない。


「見つけてからでは遅いのよ! 急ぎなさい!」


 敵は転移で来るかもしれないのだ。


 すぐさま警報が発令された。そしてそれはまさに紙一重だった。レーダー士が絶叫する。


「レーダーに反応! 防空圏内に未識別の航空機編隊、出現! 10……20――ひゃ、100を超えました!」


 すでに、日本軍は、大西洋艦隊の懐に迫っていた。

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