第87話、新戦力
日本軍による南方作戦が順調に進んでいる頃、日本本土では、新たな戦力が連合艦隊に加わっていた。
まず、南方作戦直前の8月6日に、大和型戦艦二番艦『武蔵』が竣工した。元からの設計に加えて、魔技研の開発した電探、魔法防御装甲板などが施され、一番艦『大和』よりも、数段優れた装備で完成した。
もっとも、乗組員の慣熟、装備の運用など、こなせなければいけないことは山ほどあった。故に、即実戦投入は不可能であり、南方作戦には参加していない。
完成から四カ月で実戦投入された『大和』が、トラック沖海戦で大破したこともあり、海軍としては、『武蔵』の扱いに慎重になっていた。
その半月後、魔技研で修理、改修が進められていた元イギリス戦艦が、相次いで九頭島海軍ドックを出た。
ネルソン級戦艦2隻、リヴェンジ級2隻は、日本海軍戦艦風の艤装を纏い、その外観は、かつでのイギリス戦艦の面影はない。
特に変容したのは、ネルソン級だ。
艦首に主砲三基を集中させた特異なフォルムは、大和型やイギリス、アメリカの新戦艦のように艦首二基、艦尾一基のオーソドックスな主砲配置となった。
艦橋の位置も前方に詰められ、機関を増強。船体延長も図られ、216メートルから235メートルとなり、大和型と長門型を合わせたような姿となった。その速度は29ノットを発揮する。
艦名は『ネルソン』が『紀伊』、『ロドネー』が『尾張』と命名された。
当面は、元の45口径40.6センチ三連装砲を使用するが、その後の補給事情――イギリスもしくはアメリカの支援次第で、そのままか、あるいは現在開発中の45口径41センチ三連装砲に変更される。
そして残る2隻――リヴェンジ級『ラミリーズ』『レゾリューション』は、長門型を思わす艦橋の配置で、すっかり日本戦艦のようになっている。
艦橋の形一つで、印象がガラリと変わるのも国の特徴が出て興味深くはあるが、リヴェンジ級戦艦が建造された頃は、日本がイギリスに発注した金剛型の建造が近いから、それも関係しているのかもしれない。
こちらも船体延長と機関強化により、速度は29.1ノットを発揮。
主砲は、45口径38センチ連装砲を四基八門。リヴェンジ級戦艦の主砲ではなく、常陸型戦艦(バイエルン級戦艦)の主砲をコピーを改修したものを装備している。こちらは砲のほうも改装されているから、射程も3万4000メートルにまで引き上げられている。
この2隻の艦名は『ラミリーズ』が『近江』、『レゾリューション』が『駿河』となっている。
『武蔵』を含めた5隻の戦艦は、戦力化のため乗員の訓練の真っ最中である。しかし、おそらくこの1、2カ月以内に起きる可能性の高い、異世界帝国太平洋艦隊との決戦には間に合わないだろう。
そして、九頭島軍港。本土より帰還した神明大佐は、その足で、修理、改装艦艇の視察を行った。
神明は背筋を伸ばした。
「失礼します、志下さん。今、よろしいでしょうか?」
「……ああ、神明君か。今、一息ついていたところでね。……どうかね。コーヒーは?」
「いただきます」
「うん」
志下は、ポッドからカップにコーヒーを注いだ。神明より年上であり、一度予備役に入って、その後の復帰なので、同じ大佐でも先任ではなく、最後尾となる。
「冷めてしまっているんだがね……。構わないだろう?」
「はい」
淡々と、静かな空気が流れる。まずいれてもらったコーヒーを一口飲む。世辞でも何でもなく冷めていた。
「君がここに来るということは、何か新たな要件かな?」
「はい。こちらに回されるフネが増えます」
神明が答えると、志下は「あぁ」と納得したような、しかし淡泊な相槌を打った。
「南方作戦をやっているんだったな。今度は何がやられた?」
「いえ、今のところは幸運なことに、ここの世話になるほど大きな被害を受けたフネはありません」
「……ああ、それは幸いだな。では、敵のフネかね?」
「南方作戦でこちらが沈めた分は、そろそろこちらにも来るでしょうが、今回回されるのは、トラック沖海戦での中破判定のフネです」
大破艦艇はすでに、九頭島ドックに送られている。たとえば戦艦『大和』であり『伊勢』。重巡洋艦では『青葉』『妙高』『摩耶』『熊野』だ。
そして今回、新たに送られてくるのは――
「戦艦『榛名』『霧島』、重巡洋艦『高雄』『利根』『鈴谷』となります」
「ほう……。修理をしていたのではないのか?」
「ええ、ですが、九頭島ドックの修理・改修は早いですから」
神明が苦笑すれば、志下は表情一つ変えずに頷いた。
「大破艦が、もう復帰しそうな雰囲気だからな。こちらで順番待ちしていたほうが、資材と人を無駄にしなくて済んだのにな」
「……」
「そういえば、トラック沖で中破判定された空母があっただろう? あれは、いいのかね?」
「『飛龍』ですね。あれの損傷は雷撃の破孔と飛行甲板が主でしたから、ここで修理が必要なほど大工事ではありません」
ほーん、と志下はあまり気のない返事をした。
「ま、今は南方作戦の真っ最中だからな。損傷艦は出るだろうし、ドックは開けておきたいという考えはわからんでもない」
「近々、大規模衝突があるかもしれません」
神明は告げた。
「その時は間に合わずとも、中破判定艦艇を早期復帰させて、決戦後の戦力を用意しておきたいのです」
「大海戦ともなれば、沈没や大規模損傷の艦艇は出るだろうからな。その時にドックを埋めておくわけにもいかない、と。……了解した」
志下はコーヒーを啜った。
「せっかく、来たんだ。見ていくだろう? ドックを」
「はい」
先に入渠し、修理を受けているトラック沖海戦での大破艦の改装具合も確認したい神明である。
飲み終わったカップを起き、志下は九頭島軍港に隣接する秘密ドックへと視線を向けた。
「とりあえず、『青葉』と『エクセター』の改修は完了している」
トラック沖海戦で大破した重巡洋艦『青葉』、そしてセレター軍港から奪取した英重巡洋艦『エクセター』。これらはここ九頭島ドックでの修理と改修が進められていた。
「お望みどおり、重巡としてではなく、軽巡としての再就役になるが」
「海軍が認めた改装案ですから」
神明はしれっと言った。
最大20.3センチ砲、排水量1万トンまでの制限で作られた甲巡――重巡洋艦にあって、連装砲三基六門と火力が低めの『青葉』と『エクセター』である。
異世界帝国軍の重巡相手は厳しいということで、不足の軽巡戦力を補うために、砲を15.5センチ三連装砲へと換装している。
「最上型巡洋艦が15.5センチ砲から20.3センチ砲に換装したのを、逆にやったわけだが」
志下は歩く。
「換装を視野に入れていた最上型と違い、『青葉』も『エクセター』も、サイズ合わせるために、旋回部の大きさを修正したり、結構弄る羽目になった」
「それが比較的簡単にできてしまうのが、魔核を利用した魔力改修の利点ですが」
「その通りだ」
志下は頷いた。二人は、秘密ドックへの道を進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます