第86話、敵艦サルベージ計画


 連合艦隊第一艦隊は、マニラ湾に展開していた。


 日本軍はフィリピンの北、ルソン島から異世界帝国軍を叩き出し、南方と本土を繋ぐ海域の制海権をほぼ手中に収めた。


 第一艦隊旗艦、戦艦『土佐』の長官公室。連合艦隊情報参謀の諏訪すわ将治まさはる中佐は、山本五十六長官に呼ばれた。


「諏訪、入ります」

「おう」

「失礼します」


 諸先輩方がいるかと思いきや、いたのは、山本と、宇垣参謀長のみだった。


「諏訪君、ちょっとした相談があるんだ」


 山本はそう言うと、宇垣へと視線をやった。その宇垣は頷いた。


「今回の南方作戦により、異世界帝国の東洋艦隊はほぼ壊滅した。まあ、それは今さら言わずとも貴様にもわかっているだろう」

「はい」

「キャビテ軍港にも、連中の残した戦艦が横たわっている。あれは撤去せねばならないわけだが……」


 宇垣の目が光った。


「魔技研には、沈没艦艇をサルベージする能力がある。そうだな?」

「はい、参謀長」

「そして沈んだ艦艇も、修理・再生する能力もある」

「要件はわかりました」


 諏訪は首肯した。


「魔技研で、南方作戦で撃沈した敵艦艇を回収し、改修を加えたのち、連合艦隊の戦力に組み込む、と」

「まさに」


 宇垣は、満足げな顔になる。山本は口を開いた。


「東洋艦隊の旗艦だった大型超弩級戦艦。あれは、我が第一艦隊の砲撃を受けても、中々沈まなかった恐るべきフネだった。あれをもし戦力に組み込めたなら、大いに頼りになるだろう」


 あの戦いで山本は、メギストス級大型戦艦を鹵獲できないか、と考えたが、参謀長である宇垣も同様に、いや、それ以上に欲張りであった。


「魔技研は、イギリスの戦艦群を蘇らせた。その手法があれば、短期間のうちに戦力増強が可能となると思う」


 一度戦争が始まれば、ドックや工廠施設は修理や補充に振り向けざるを得ず、新たな艦を建造するリソースが削られる。もちろん、予定があって建造中のものもあるのだが、戦況によっては、せっかく作っているものも中止、解体もある。


 だが、魔技研は、スカパフローのドイツ艦隊をはじめ、沈没した艦艇を戦力として蘇らせた。本土では、戦時の修理、補充を進める一方、魔技研が回収艦を再生することにより、新造艦の不足を補うのである。


「おそらく、軍令部は、長官や参謀長と意見を同じくしていると思います」


 諏訪は口元を緩めた。


 九頭島の神明大佐なら、南方作戦で沈めた敵艦の再利用を考えないはずはない。第五部をまとめる土岐少将も、永野軍令部総長も賛同するだろう。


 ――あの人のことだから、素材補充にも魔核回収のためにも、すでに動いているだろうな……。


 何より、今回は豊作だ。マニラ湾だけでも戦艦9隻、空母は7隻、巡洋艦も十数隻、駆逐艦も40を超えるとされている。


 これに加え、マレー沖で南雲忠一司令長官の第二艦隊が撃破した敵艦隊も回収の対象となるだろう。


 もちろん、損傷状態によっては、魔核が欠けて使えなかったり、再生させるには困難なほど四散していれば、再生を諦めて、素材とするしかないが。


 だが敵大型戦艦、メギストス級については、おそらく回収できるだろうと諏訪は考えている。


 日本で言えば大和型に匹敵する戦艦だ。『大和』が魔技研に流れ、『武蔵』が完成し、続く三番艦の就役は、まだしばらく先の話になる。四番艦の計画は、立ち消えとなっただろうから、その意味でも、大和型と互角以上の艦は見逃せない。


「戦艦と空母……これらは一から建造すれば数年の時間を必要とする。これらを再生することは、連合艦隊の増強に繋がる」


 ――それを扱う人員の増員と訓練は必要になるだろうが……。


 諏訪は思ったが、口には出さなかった。そんなことは長官も参謀長もご存じであり、またその問題を解決するのは、海軍省の仕事だ。


 宇垣は口を開く。


「戦艦、空母は優先したいところだが、巡洋艦、駆逐艦も欲しい。事実、第三艦隊からは、護衛艦不足が指摘されている」


 南方作戦の前に、第三艦隊の小沢中将のもとを訪ねた時、宇垣は直接言われた。


「実際、穴埋めに使っている松型駆逐艦は、対空・対潜能力は高めだが、艦が小さく、特型のような安定性に欠けている。三水戦も、駆逐艦不足の穴埋めに松型を使っている状況だ」


 スカパフローで沈んだドイツ艦隊の大型水雷艇や駆逐艦を改装したものが、松型の正体だ。第一次世界大戦型の艦艇だから、改造したとしても限度がある。


「本土でも夕雲型、秋月型の駆逐艦が作られてはいるが、異世界帝国の標準型駆逐艦を改装して、連合艦隊に編入すれば、水雷戦隊の戦力も落ち着くだろう」

「……仮に夕雲型などの数が揃えば、駆逐艦なら船団護衛や海域警備にも投入できる」


 山本は言った。駆逐艦は、艦隊の何でも屋である。雑用と見られがちだが、やることは多い。異世界帝国駆逐艦を当面の穴埋めに使い、より性能のいい新型艦が配備されれば、配置転換すればいいのだ。


「南方作戦後は、本土への石油や物資を積んだ輸送船が通ることになる。敵潜水艦の通商破壊を考えれば、決して無駄にはならない」


 それに――と、山本は顔を上げた。


「異世界帝国の駆逐艦には潜水型もあるのだろう? そういう潜水型の駆逐艦で編成された水雷戦隊を作るのも面白い」


 第九艦隊では、すでに試験されて実戦投入されている。その資料を見たのだろうか。


 宇垣が視線を、山本に向けた。


「潜水型ならば、不足の潜水艦としても使えるでしょう。従来型潜水艦は索敵と敵輸送船の攻撃。潜水型駆逐艦は、艦隊支援にも投入できるかと。……賛成です」

「軍令部の作戦課も、同様の結論に達するものかと」


 諏訪は微笑した。


「では、軍令部にその旨、報告と回収要請を出しておきます」

「よろしく頼む」


 山本と宇垣は、満足げに頷いた。


 普通ならば、港内で沈んだならともかく、海から沈んだものを引き上げるのは、それなりの準備と設備を必要とする。


 さらにそれを戦力化となれば、どれだけの資材と人材、労力を消費することになるか……。魔技研がなければ、その後の作業の手間を考えて、諦めていただろう。


 だが、実現するとなれば、連合艦隊司令部としては、これほど胸を躍らせることもないであろう。


 人員の面は置いておくとしても、敵東洋艦隊の主力艦隊が、連合艦隊に編入されれば、敵太平洋艦隊が向かってきても、正面から堂々とぶつかれるほどの戦力を有することになる。


 一度敗れているだけに、雪辱の機会を彼らは窺っているのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※史実において、マレー沖海戦で撃沈したイギリス戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レパルス』。連合艦隊司令部はこれらを引き上げて、戦力に組み込めないかと考えたと言われています。山本長官や宇垣参謀長は結構乗り気で、軍令部も引き上げを検討したらしいのですが、結局実行はされませんでした。

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