第85話、潜水艦談義


 軍令部第二部長、鈴木義尾少将は、潜水艦研究委員会の委員長を務めていた。


 九頭島から、神明大佐が軍令部に来ている。その機会を狙って、鈴木は声をかけた。


「魔技研は、潜水艦に関して、かなり進んだ技術を持っている」


 魔式機関を搭載し、従来のディーゼルやバッテリーなどを用いた潜水艦よりも、破格の水中高速性能を発揮する。

 事実、海軍内で仮名称としてマ号とついた潜水艦群は、伊号潜水艦ではまったく相手にならなかった。


「君も忙しい身だから、息抜きと思って雑談しようじゃないか。俺も魔技研の資料は読ませてもらっているから」

「わかりました」


 神明は頷いた。先ほどまで、伊藤整一中将らと永野軍令部総長と報告会をやったばかりである。


「異世界帝国を相手に、第六艦隊は苦戦を強いられている。あれやこれやと考えてやってきたことが、中々させてもらえない」

「日本海軍の潜水艦の技術が、異世界帝国より劣っているのは紛れもない事実です」


 神明はしれっと言った。


「水上艦艇も潜水機能をもたせて運用しようと考えるような連中ですから」

「それな」


 鈴木は口髭をいじった。


「いや、一発食らったら潜れなくなる潜水艦に、積極的にその身を晒して砲撃を仕掛けるとか、耳を疑った」

「そういうメンタリティー、思想のある軍隊なのでしょう。実際、トラック沖海戦では、第二艦隊が、それにやられた」

「あれには参った」


 鈴木は目を細めた。海軍兵学校四〇期卒業。彼の艦隊勤務歴を振り返ると、第二艦隊と中々縁がある。参謀長も務めたこともあるし、トラック沖海戦で撃沈された戦艦『金剛』も、かつて艦長を務めた艦だった。


「大砲を積んだ潜水艦と言えば、フランスでなかったかな……?」

「スルフクですね。20.3センチ連装砲を装備した大型潜水艦」


 1926年海軍計画、1隻だけ建造された潜水艦だ。フランスはこれを、通商破壊に使うつもりで作ったらしい。


 なお重巡洋艦並の8インチ砲を搭載した理由は、ワシントン海軍軍縮条約の制限の最大がそこだったからだ。仮に5インチ制限だったなら、おそらくスルフクもまた、そのサイズで作っただろう。


「確か、イギリスにも13センチ級の連装砲を二基装備していた潜水艦があったはず」

「うーん、そう言われると、何も異世界人の専売特許ではないな」


 鈴木は唸る。


「しかし、奴らはそれをより発展させた潜水艦型駆逐艦というのか。そういうのを大々的に使っている。……魔技研の、第九艦隊にもあるよな?」

「はい。潜水型巡洋艦と駆逐艦――」


 自沈ないし撃沈された艦からの再生ではあるが、水無瀬型軽巡洋艦、九頭竜型重雷装巡洋艦、海霧型駆逐艦などが第九艦隊にはある。


 特務艦『鰤谷ぶりたに丸』もまた、5万トン超えの巨艦ながら、潜水艦としての運用が可能である。


「これらも、元はといえば異世界の技術です。魔法的な保護膜で艦を覆うことで、穴が開いていても潜航が可能。ある程度の水圧にも耐えられます」

「それだよな。水上艦の複雑な形のまま潜航できて、それでいてほとんど抵抗になっていないというんだからな」


 潜水艦にとって怖いのは、船体に傷がつくことだ。水圧に耐えられずに破壊の原因にもなるし、そもそも穴があれば水が入ってくるのは当たり前。艦内に浸水すれば、乗員は溺れる死ぬし、許容量以上の水を飲み込めば潜水艦も重さで沈む。


「重さといえば、魔技研の潜水艦型水上艦は、面白い浮沈方法をとっているな」

「重力バラストですね」


 神明は答えた。


 バラストとは重りのことだ。船体のバランスを取るために重りを積むこともあれば、潜水艦にとっては浮沈するために必要不可欠な要素となる。


「軽量化魔法の応用です。重量操作で、フネを重くして潜航し、浮上する時は逆に軽くする」


 潜水艦はバラストタンクに海水を出したり入れたりすることで、深度を調整する。だが魔技研の潜水艦は、船内装甲と兼用した重力バラストがあって、その装甲板を重くしたり軽くすることで、潜航深度をコントロールする。


「潜航や浮上にかかる時間が短いらしいな」

「バラストタンクに注排水する時間がかかりませんからね。細かな調整もしやすいので、浮上中の急制止や、そこから無音で潜ることも可能です」


 この重力バラストを装備している潜水艦の潜航速度は、かなりのものであり、上下の移動に関していえば、従来の潜水艦とは比較にならない速さを持つ。


 それに加えて、魔法防水膜は、潜水艦の潜航可能深度を大幅に跳ね上げる効果も確認されており、海軍はこれから作られる潜水艦に、その技術を投入する。


「おかげで、海軍のマル急計画、マル追計画にも大幅な修正が加えられることになった。⑤計画あらため、改⑤計画でも、潜水艦の補充と増産が進められる」


 鈴木は腕を組んだ。軍令部第二部長である鈴木は、この手の軍備計画に大きく関わっている。


「魔技研が予め設計していた、魔法装備採用型潜水艦――艦政本部も、それを参考に新型潜水艦を作る。もうすでに就役している潜水艦も、順次、改装で機関その他を交換していく予定となっている」


 これらの潜水艦は、哨戒活動、通商破壊、そして艦隊決戦に先立つ偵察や漸減活動を行う。


「基本は、通商破壊ですね」


 神明は言った。


「異世界帝国は、太平洋、大西洋、インド洋と、広大な海を支配しようとしていますが、それだけ補給線も長いのですから、これを叩くことは前線の敵を弱める効果を期待できます」

「うむ。実際に、連合艦隊は南方作戦を遂行中だが、前線から聞こえてくるのは、思ったより敵の防備が弱いということだ」


 鈴木は頷く。


「敵も、支配地域が広い分、その補給や配備が間に合っていないんだろうな。あれだけ強力と言われた異世界帝国軍も、最前線を避ければ、意外とあっさり裏が取れてしまった」


 仏印の日本陸軍は一進一退だったが、敵後方から進撃したら、一気に前線が動いた。第九艦隊のセレター軍港強襲、そして南方作戦の進捗も、それを物語っている。


「敵の輸送船を狙うのも重要ですが、軍艦を狙う際も、戦艦、空母よりも巡洋艦、駆逐艦と小型艦を狙わせるべきだと思います」

「普通は逆だよな。小型艦より、戦艦、空母」


 海軍では、より大物を狙えと言って、それを推奨している。こういう考えは、軍縮条約で主力艦の数が制限された日本が、主力艦数で勝る米国と戦争になった時、数の劣勢を補うために考えられた漸減作戦が、根底にあるのだろう。

 恐ろしく乱暴に言えば、フネも魚雷も足りないから、大物を喰わないと費用対効果が見込めない、かもしれない。


「潜水艦が敵の警戒網に踏み込んで、大物を狙うのは難しい。それならむしろ、潜水艦を攻撃できる駆逐艦を狙って、その数を減らしたほうが、後々有利になるでしょう」


 艦隊決戦でも、駆逐艦が減れば、その分、護衛戦力が薄くなり、航空隊が敵大型艦を攻撃しやすくなる。水雷戦隊同士の戦いでも、数の差に影響するだろう。


「それに、駆逐艦がいなくなった敵艦隊は、潜水艦でより攻撃しやすくなります」


 そうなれば、今度こそ空母や戦艦などを狙うこともできる。


「まあ、潜水艦同士で上手く連携できれば、というところではありますが。はまれば、大きな効果が見込めます」

「詳しく」


 鈴木は前のめりになる。神明は、セレター軍港強襲の際の、陽動部隊で活躍したマ号潜水艦を例に説明するのだった。

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