第84話、十七試艦上戦闘機計画要求書


 連合艦隊が南方作戦を進めている間、軍令部直属の第九艦隊は、母港に帰還を果たしていた。


 借りていた小型空母『春日丸』『八幡丸』『鳳翔』は原隊復帰となり、第二十九、第三十駆逐隊と共に、本土へと帰っていった。


 また、臨時で第九艦隊の指揮を執った伊藤整一中将は、軍令部課員である神重徳大佐、そして魔技研の中心人物である神明大佐と、海軍軍令部へ報告に赴いた。


 九頭島からの本土への二式大艇に乗るお偉いさんたちに混じって、須賀中尉もまた同行していた。


 ――この空気感、やべぇ……。


 正直、どうして自分が呼ばれたのか、須賀にもわかっていない。気づけば軍令部行きに付き合わされている。

 伊藤中将に、神大佐、神明大佐の三人が揃っている場面を、後ろから見ているだけでも、何とも不思議な気分になるのだった。


 かくて、軍令部に到着した後、須賀は上官たちとは別行動となった。


「やあ、君が須賀義二郎……中尉だね。井上だ、よろしく」


 軍令部員である井上中佐は、須賀を別室に案内した。


「軍令部は初めてかね? まあ、初めてだろうな」

「は、はい」


 場違い感が半端なかった。


「中尉は、第九艦隊の戦闘機搭乗員だったね?」

「はい、中佐」

「しかも、前線で実際に敵機と戦っている」


 井上は自身の事務机につくと、須賀に用意してあった椅子に座るように命じた。――何が始まるんだ?


「今日、君に来てもらったのは他でもない。海軍が計画している次期新型艦上戦闘機について、異世界帝国と戦った経験者の意見を聞きたくてね。分かりやすく言えば、零戦の後継機だ」

「零戦の後継機……」


 次の新型戦闘機という、戦闘機乗りとして期待膨らむ単語。同時に少しの緊張も感じる。


 井上は、机に書類を置いた。


「十七試艦上戦闘機計画要求書……」

「見てもいいよ」


 ざっと流し見をする須賀。新型戦闘機の性能に関する要求項目と、その数字が記されている。あくまで、こういうのを海軍が欲しいよ、という数字であって、実際にこの通りにできるとは限らない。


「担当するのは三菱なんだがね。先月、それを提示したんだが、それで終わりというわけではなくて、メーカーはもちろん、それを使うことになる戦闘機関係の専門家や搭乗員からの意見を色々聞いて、修正したりする」

「この要求書で完成ではないんですか?」

「ああ、説明会で出た意見、実際に作るメーカー側の話で、妥協することもあれば、より要求が厳しくなることもある。前線の実情、現場の強い要望などなど」


 井上は肩をすくめた。


 要求がコロコロ変わるのは、メーカー側としては嫌じゃないだろうか、と須賀は思う。そこまで立てた見通しや予定がひっくり返されることもあるということだから。


 とはいえ、現場のパイロットとして合う合わないはあるから、こういうのも大事なのかもしれない。実際に使うのはパイロットなのだから。


「……それを見たところで、何か思いついたことはあるか?」

「艦上機ですよね。この離陸滑走距離の項目ですが、今の空母は、艦載機用射出レールを装備しているからいらないかな、と……」

「うん、その要求書を書いたのは今年の4月だ。その頃は、まだカタパルトはなかったからね」


 トラック沖海戦も4月。あの頃はまだ魔技研の装備や技術は、海軍にはなかった。


「そういえば、魔技研は、新型の降着装置を空母に装備させていたね。降着速度の要求ももう少し緩めても大丈夫かな」


 空母に着艦する時、航空機の速度を調整して降りやすくする装備が、今の海軍の空母に搭載されている。速度を落とし過ぎて失速からの墜落する率がかなり低下し、着艦事故を減らしている。


 感じとしては、大型巡洋艦『妙義』が水上機を収容する時、能力者の見えない手で掴むのに似ている。


 牽引装置、と書かれた資料を見たことがある須賀である。


 要求書で一通り話した後、井上はお茶を用意した。


「――新型戦闘機の優先度は、かなり高い」


 井上は言った。


「大陸では圧倒的に強かった零戦だったが、異世界帝国相手には苦戦を強いられている。こちらの戦闘機より優速で、武器もまあまあ強力だ。海軍の誇る空母航空隊は、初戦のトラックで壊滅した」

「……そうですね」


 須賀は、そのトラック沖海戦の数少ない生き残り戦闘機乗りである。


「零戦が、決定的に優勢でない以上、敵機を凌駕する新型機の開発と配備は急務と言える」


 井上は、別の資料を引っ張り出す。魔技研と武本重工製の航空機の資料だった。


「航空本部もまあ、てんやわんやだよ。こんなものを持ち込まれたら、これまでやっていた計画や開発のやり直し、中断とか、各メーカーを巻き込んでそりゃあもう、ね」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。九九式艦上戦闘機とか、君が乗ってる一式水上戦闘機とか、魔式エンジン搭載の新式高高度迎撃機とか……。兵器で言えば、ロケット弾や誘導弾だってある」


 井上は別の仕様書を、須賀に見せた。


「これ、三菱で作らせていた十四試局地戦闘機なんだけどね。要求に性能が届いていない上に、振動問題とか色々トラブっていたんで、試作中止が決まった」

「中止ですか……」

「そう、何故なら、魔技研が新式高高度迎撃機を提案――というか、もうモノができているからね。それに劣る局戦を作れって、馬鹿みたいだろう? 金も人も資材も、時間もドブに捨てるようなものだ」


 バッサリと井上は切った。


「この十四試局戦は、零戦を設計した堀越氏のチームが担当していたんだけど。今は没戦より、十七試艦戦のほうが重要だからね。堀越氏には、そっちを担当してもらう。それでなくても去年の十六試は、余裕がないってやる前から没っているんだからね」


 それはそうだ。須賀は納得した。


「異世界帝国のせいとはいえ、三菱への割り振りはかなり変わっている。零戦の改良型もやっているが、しょせん新型への繋ぎだ。一式陸上攻撃機の製造についても、変更が加えられた。陸上攻撃機が展開する島嶼が少ないというのもあるが、空母が増えたことで、単発機の生産が優先されている」


 魔技研の再生空母が一気に増えた。元からあった『赤城』や『翔鶴』などに、それら加わったことで、その数が一気に倍に増えた。


 そもそも、海軍の陸上攻撃機は、不足する空母航空戦力を補うために増強されてきた、という経緯がある。空母があるなら、わざわざ複数のエンジンを使う双発大型機を、攻撃機として使う意味が薄くなる。結果、優先度は下がるわけだ。


「三菱も大変ですね」

「大変なのは三菱だけじゃないよ」


 井上は、さらに一枚新しい資料を出した。


「たとえばこれ。十六試艦上攻撃機――艦上爆撃機と艦上攻撃機を一機種に統合しようってんで、新型を作っている最中なんだが、担当している愛知航空は、いまある機体の量産と改良に大忙しで、こいつの完成が遅れそうなんだよな」


 新型艦上攻撃機――海軍も色々新型を作っている。


「まあ、幸か不幸か、魔技研の技術が入ってきたから、それを投入したらどうかって話になってる。特に軽量化魔法ってやつ? あれがあれば、ある程度の重量超過も帳消しにできるから、設計も楽になるって話だ。魔技研の技術といえば――」


 井上は、一式水上戦闘攻撃機に使われている技術について問うてきた。須賀はわかる範囲で答え、わからないことは、九頭島にいる坂上博士を紹介しておいた。


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十七試艦上戦闘機:のちの烈風。

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