第83話、異世界帝国太平洋艦隊は――
日本軍による南方作戦は、順調に推移した。
仏印を巡って戦っていた陸軍は、南部からの逆上陸作戦でタイの解放を順調に進めていた。
フィリピン方面は、異世界帝国東洋艦隊の壊滅により、抵抗はあるものの、こちらも当初の想定通りに進行している。
マレー半島に上陸した陸軍は、マレーシア、シンガポールへと着々と進軍。またB作戦――旧英領ボルネオ島攻略も開始され、その上陸部隊をマレー作戦から引き続き第二艦隊が護衛を担当した。
B作戦に続き、E作戦――オランダ領インドネシア、蘭印作戦に向けての準備も進められていた。特に、いま日本が必要としている石油ほか資源の確保のためにも、インドネシアの異世界帝国軍を駆逐することは重要だった。
この南方作戦にあたり、現地を植民地としているアメリカ、イギリス、オランダからは黙認ないし進駐を認められている。全ては異世界帝国に対抗するための承認であった。
一方、その異世界帝国も、日本軍の東南アジア進出は、決して無視できる状況ではなかった。
ユーラシア大陸制圧を進める異世界帝国陸軍は、中東と東南アジアからの北上で、通り道にある国を制圧し、中国、ソ連への侵攻を計画していた。しかし東南アジア一帯が奪回されることで、その攻撃計画に大きく狂いが発生する。
陸軍は、東南アジア一帯の再奪回を計画。海軍――インド洋の東洋艦隊残存部隊と、太平洋艦隊に同海域に進出し、制海権の確保と日本艦隊の撃滅を要請した。
・ ・ ・
中部太平洋、ハワイ、オアフ島異世界帝国太平洋艦隊司令部。司令長官であるグラストン・エアル大将は、艦隊西進の準備に取り掛かっていた。
「日本軍は、マリアナ諸島を攻撃して以来、中部太平洋への攻撃を行わなかった」
「すべては、東南アジア一帯への攻撃のための布石だったのでしょう」
太平洋艦隊参謀長ケイル中将が、太平洋を中心とした世界地図を見下ろす。日本軍は、同地を占領していた異世界大戦陸軍を駆逐しつつある。
「主戦場が大陸に移っているので、有力な部隊がなく、防備も比較的手薄でした」
「現地の抑止力としては、東洋艦隊がその任を担っていたからな」
強力な艦隊が制海権を握っていれば、敵国も簡単には近づけない。輸送船も撃破ないし、拿捕されるとなれば、軍艦の護衛が必要となる。だが多数の戦艦、空母が待ち構える海域へ入るとなれば、生半可な戦力では返り討ちにあうのがオチである。
――メトポロンの仇はとってやらねばな。
エアルは腕組みしながら、戦死した同僚である東洋艦隊司令長官に瞑目する。
「ともあれ、東南アジアは東洋艦隊から、我が太平洋艦隊の受け持ちとなった。マリアナが陽動だった以上、我々は東南アジアへ乗り込み、奪回せねばならない」
「ハワイを出た後の進撃ルートは二つ――」
ケイルは指揮棒を持って、地図を指した。
「ウェーク島、マリアナ諸島を経由し、フィリピンへ乗り込む北ルート。マーシャル諸島、トラック諸島、パラオを通り、西進する南ルート」
「北ルートならば、フィリピンへ行くフリをして、小笠原諸島、日本本土へ乗り込めるな」
エアルがニヤリとすれば、ケイルは睨むような顔になった。
「今回の任務は、東南アジアの奪回であります。日本本土攻撃は、作戦には含まれませんが」
「物のたとえだ。我々が大艦隊を擁して、マリアナ諸島へ来れば、日本軍を惑わせることができるだろう」
本土か、フィリピンか。日本の、特に海軍は、その二つに備えるに充分な戦力はない。分散すれば各個撃破されるだけだからだ。
「情報部によれば、日本の連合艦隊とやらは、その主力を東南アジア侵攻に用いているという。こちらが本土を襲う素振りを見せれば、慌てて引き上げてくるのではないか?」
「そこを我が潜水艦隊が、東南アジア一帯に侵入し、敵の輸送路を叩く、と」
「まあ、それも一つの案ではあるがな」
エアルが視線をわずかに逸らした。通商破壊の重要性は認識はしていても、派手な決戦を好む。エアルをはじめ、多くのムンドゥス帝国指揮官たちに見られる傾向だったりする。
「南ルートの利点は?」
「はっ。我が艦隊が進軍中、ニューギニア方面の航空支援が受けられること」
ケイルは続けた。
「パラオから進軍する際、フィリピンの北へ行くのか、あるいは南から行くのか。敵を迷わせる効果を期待できるかと」
「南から行けば、そのまま蘭印も近い」
「現在、日本軍が侵攻中ではありますが、我が太平洋艦隊が到達するまでに充分な防衛態勢を準備する時間はないでしょう」
日本軍が占領したとしても、守る準備はさせない。その点で言えば、南ルートはスムーズな侵攻が可能だろう。もちろん、迎撃してくるであろう、連合艦隊を撃破した後の話ではあるが。
「蘭印などは後回しでもよい。フィリピンだ。フィリピンさえ奪回してしまえば、日本軍の輸送路を遮断できる」
英領ボルネオ島、蘭印、マレーなどに上陸した敵の戦力補充を阻み、干上がらせることができる。
「進撃は北ルートを使う」
エアルは決断した。
やはり日本本土襲撃の可能性という、日本軍を強く揺さぶることができるルートのほうが、敵の士気にも影響するだろう。
「いっそ、連中がマリアナ諸島を奇襲したように、日本本土を奇襲してやるのもよいかもしれない」
「……陸軍は、わざわざ日本本土を攻撃することに、いい顔をしないでしょうな」
「連中のコツコツ順番に、というのは確実なのだろうが、時間がかかり過ぎるのが難点だな。わざわざ敵に戦力を整える時間を与えてしまっている」
エアルは眉をひそめる。今回、陸軍は大規模な増援を派遣するとして、太平洋艦隊の出撃もそれに合わせるよう通達がきている。
つまり、即時反撃は無理。現地軍は、当面ほとんど増援なしで、日本軍と戦うことになるのだ。
ケイルは咳払いした。
「我々の敵は、日本軍だけではありません。アメリカ軍にも警戒しなくてはいけません。我が太平洋艦隊も、かの国の警戒し、ハワイに戦力を残していかねばならない……」
「そうは言っても、今のアメリカ太平洋艦隊には、ハワイを攻撃する戦力などないよ」
戦力回復に務めているアメリカ海軍である。大型艦はほとんど残っていない彼らは、本土近海に留まっている。……戦力を整えた暁には、日本軍以上に強力な敵となるだろうが。
「それでも防衛戦力は残していかねばなりません」
戦艦4、空母3、4隻を中心とした戦力をハワイ防衛に残す。もっともハワイにも複数の飛行場があり、そこに配備された航空隊も利用すれば、置いていく空母は小型空母戦隊でも事足りるだろう
「その上で、日本本土攻撃に戦力を割くのは――」
「戦艦・空母3、4隻ずつ割いたとしても、残りの主力でも充分、連合艦隊の主力と戦える」
エアルは力強く告げた。
「何せ我々には、ハワイ沖で沈めたアメリカ艦隊の艦艇を再生し、戦力に加えている。真珠湾防衛、日本本土奇襲、そして東南アジアの敵艦隊の撃滅。これを同時にこなせるほど、数は揃っている」
日本軍とアメリカ軍が連合して攻めてくる、という事態でもない限り、異世界帝国海軍は、太平洋艦隊を結集する必要がない。
……仮に連合を組んでも、今のアメリカ海軍は、大西洋にも艦艇を割り振っている以上、脅威ではないが。
「まずは日本軍だ。日本艦隊を撃滅し、フィリピンを奪回する!」
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