第82話、マレー沖海戦 ――水上砲雷撃戦――


 異世界帝国軍、デフテラ艦隊旗艦、戦艦『リヴェンジ』。指揮官であるデフテラ中将は、日本艦隊の動きに眉をひそめた。


「同航戦に乗らないか。取り舵80。反航戦だ」

「敵は、こちらの待ち伏せに気づいたのでしょうか?」


 ラリアー参謀長が指摘すれば、デフテラは首を傾げた。


「さあな。偶然か、あるいは気づいているかもしれん。反航戦ののち、我が艦隊の後方へ回り込もうとするなら、そこで駆逐戦隊に狙わせる」

「では、待機中の三十六駆逐戦隊に移動命令を出します」


 参謀長は通信長を呼び、潜らせている潜水駆逐艦6隻に移動を命じる。


『リヴェンジ』『ロイヤル・ソブリン』の二隻は、42口径38.1センチ連装砲を発砲する。


 異世界帝国によって再生されたこのR級戦艦は、乗員が削減され、ある程度自動化が進められている。装備や武装も一部変更が加えられているが、基本的な性能はほとんど変わらない。


 それは異世界帝国が、地球で手に入れた兵器は、あまりいじらないことで、改装の手間を減らし、資材の節約を図っているからである。


 基準排水量2万8000トン。全長190メートル。機関出力4万馬力、23ノット。主砲は38.1センチ連装砲四基八門。他15.2センチ単装速射砲等で武装。


 鹵獲ののち、沈められた際の損傷を埋め立てた痛々しい姿であるが、それ以外に変化はほぼない。……つまり、1940年レベルから見て、低速旧式戦艦のままということだ。


「敵艦隊は、速い……!」


 デフテラは双眼鏡を覗き込む。敵の大型巡洋艦――雲仙型は、まるで快速の巡洋艦のように白波を蹴って突き進んでいる。



  ・  ・  ・



「四水戦へ。敵巡洋艦列を雷撃せよ。六戦隊は取り舵をとり、敵艦隊の頭を取れ!」


 第二艦隊、南雲忠一中将は命じた。


 自身が率いる第四戦隊、雲仙型4隻と第五戦隊の伊吹型重巡洋艦2隻はそのまま、敵艦隊の後方へ回り込むように機動。対して、西村少将指揮の第六戦隊――重巡洋艦4隻は、敵の針路を横切るように移動させる。


 敵は反攻戦――つまりすれ違うように動いているので、第二艦隊と戦うつもりなら、その頭を押さえることも可能だろう。


『「那珂」より入電。四水戦各隊、魚雷発射完了!』


 大型巡洋艦戦隊の左舷側を併走する第四水雷戦隊が、敵戦艦列より、こちらに近い敵巡洋艦列に対して、雷撃を敢行した。


 第四、第七、第九駆逐隊の8隻の駆逐艦は、トラック沖海戦後、魔技研の準備していた魚雷誘導装置と、誘導機能付き魚雷に換装し、今回の南方作戦に臨んでいる。


 現状、魔式誘導魚雷は、標的を捉え続ける必要なため、撃ってからの離脱範囲が制限されるのが欠点ではあるが、誘導できる分だけ、命中率は比較にならない。

 しかし反航戦だから、水雷長が覗いている誘導眼鏡も、後方へと流れてしまうだろう。


「四水戦は反転して、敵巡洋艦戦隊を視野に収め続けよ。砲撃等は四水戦司令官に一任する」


 軽巡『那珂』を先頭に、駆逐艦8隻が取り舵をとって反転する。


 その間も、南雲の乗る『雲仙』、そして次に続く『劒』の周りに、敵戦艦の砲弾が落ちて水柱を上げた。

 白石参謀長は口を開いた。


「敵は本艦と『劒』を狙っているようですが、まだ捉えきれていませんな」

「うむ。それに、敵戦艦の射程は思ったより短いな」


 南雲は敵戦艦を見やる。距離はおよそ2万メートルほど。この時代の戦艦であれば2万5000メートルくらいから砲撃することを思えば、比較的近い。


「艦長、こちらも反撃してみよう。やれるな?」

「はい、長官」


 雲仙艦長の中岡信喜大佐が答えた。


「こいつの30センチ砲は、3万メートル以上届きます」


 回収、改装した大型巡洋艦は、主砲もまたオリジナルよりも改良され、近代化改装も施されているため、威力や射程距離などが向上している。


 ただし、戦艦の主装甲を抜けるとは言っていない。南雲も、大型巡洋艦の12インチ砲で、15インチ砲搭載戦艦を、簡単に打ち破れるなどという妄想は持っていない。

 対巡洋艦戦には強力な一方、戦艦を相手にするにはどうにも非力な大砲である。


 白石が唸る。


「それにしても、敵はR級戦艦を再生させたはよかったですが、まさか砲も元のままでしょうか?」


 イギリス海軍のR級戦艦は、第一次世界大戦に参戦した古株だ。その主砲も38.1センチ砲と当時最強格でありながら、最大射程は2万メートル前後である。


 そして1940年代までに、他の38.1センチ砲搭載のクィーン・エリザベス級や、レナウン級など一部艦の38.1センチ砲は、仰角が引き上げられ、射程が伸びた改良型になっていた。

 しかし型も古く、何より低速と使い道を持て余していたR級は、大規模な改装の機会には恵まれなかった。一応、強弾を使用することで、2万6000メートル程度まで飛ばせるが。


「もし、砲が改装前の旧式砲のままなら、第一艦隊の戦艦でも完封できたかもしれないな」


 南雲は思った。敵の射程外から一方的に砲撃する。敵は23ノットの低速ゆえ、こちらに追いつくこともできず、また逃げることもできない。


 敵戦艦、そして空母は、こちらの左舷側を並行に、ただし進行方向は逆に進んでいる。


「こちらの砲撃は、適当に戦っています感を出せばよい。敵の艦尾に食らいつくように移動せよ」


 どうせ当たっても、その装甲は抜けないのだ。敵に引導を渡すのは魚雷である。


 大型巡洋艦『雲仙』が、30.5センチ連装砲を発砲した。元ケーニヒ級戦艦である雲仙型の4隻も砲撃を開始する。『劒』(グローザー・クルフュルスト)、『乗鞍』(マルクグラーフ)、『白根』(クローンプリンツ・ヴィルヘルム)が、相次いで砲撃する。


 ――そういえば、第一次世界大戦で、イギリス海軍とドイツ海軍がユトランド沖で大海戦をやったが、このケーニヒ級も、向こうのR級も参戦していたんだったか……?


 うろ覚えの南雲である。なお、ケーニヒ級戦艦は、しっかりユトランド沖海戦に参加し、イギリス艦隊と交戦しており、R級戦艦では2隻が参加。うち1隻が、『リヴェンジ』だったりする。



  ・  ・  ・



 戦闘は、南雲の睨んだ通り、雷撃が勝負を分けた。最初に異世界帝国を襲ったのは、第四水雷戦隊が放った誘導魚雷だ。


 距離1万8000メートルと、通常の魚雷よりも遥かに遠い位置からの雷撃は、日本海軍が開発に成功していた酸素魚雷あってのものであったが、それに誘導装置まで加わった結果、恐るべき命中率を発揮した。


 放たれた53本の魚雷は、4本ほど誘導不備を起こして迷走したが、残りが異世界帝国軽巡洋艦4隻と、駆逐艦2隻に突き刺さり、瞬く間に撃沈させてしまった。

 シンガポール駐留艦隊のキリアキ少将は、彼の旗艦もろとも吹き飛び、戦死した。


 これに驚いたのは、デフテラ中将である。彼や異世界帝国兵たちは、日本海軍の魚雷が2万メートルを超える長射程でも使えるということを知らなかった。


 他の国も含めて、当時の魚雷での射程は艦艇用で最大1万3、4000メートルほど。航空機や潜水艦用となるとその半分程度かそれ以下であり、それと比べて、いかに日本海軍の酸素魚雷の射程が規格外だったかわかるというものだ。……ただし当たるかどうかは別問題である。


 かくて、巡洋艦戦隊をほぼ一瞬で全滅させられてしまったデフテラ艦隊だが、彼らを次の刺客が襲った。


 西村少将の第六戦隊である。南雲の巡洋艦列から離れて、敵の頭を押さえるように移動していた第六戦隊の『鳥海』『足柄』『羽黒』『筑摩』は20.3センチ砲を撃ちまくりつつ、密かに誘導魚雷を発射。

 これらの魚雷が戦艦『リヴェンジ』『ロイヤル・ソブリン』、空母『アークロイヤル』に命中。『ロイヤル・ソブリン』『アークロイヤル』は凄まじい爆発と共に轟沈し、『リヴェンジ』もまた、大量の浸水に見舞われて大傾斜、そして沈んでいった。


 また海に潜んでいた潜水駆逐艦は、雲仙型、伊吹型の艦列へと迫ったが、第二水雷戦隊の各艦の魔式水中測距儀によって、待ち伏せが発覚し、新式対潜装備によって撃滅された。


 結果、『雲仙』や『劒』が至近弾による損傷、『鳥海』『足柄』が副砲による軽微なダメージを受けた以外、大きな損害もなく、第二艦隊は、異世界帝国艦隊に完勝したのだった。

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