第81話、南雲艦隊、敵艦隊と会敵す


 異世界帝国シンガポール艦隊――デフテラ艦隊の進撃を阻止すべく突進した第二艦隊主力部隊は、馬来部隊と深夜に合流を果たした。


 しかし会敵予想海域に到着したものの、肝心の敵艦隊の姿は発見できなかった。


「どういうことだ?」


 南雲中将は訝しむ。夜間ということに加え、天候がよくないのか月明かりも乏しい。この暗さで、敵を見逃しているのか?


 水上偵察機を出して捜索させるが、やはり、敵艦隊は見つからない。


「第六戦隊も、敵を発見できないようですな」


 白石参謀長が言った。


 第六戦隊――『鳥海』を旗艦とする重巡戦隊である。指揮官は、第四水雷戦隊司令官から六戦隊司令官となった西村祥治少将だ。


 西村は、見張りの神様の異名を持ち、熟練の見張り員にも負けないほど水平線上の見張りを得意としていた。そして生粋の水雷屋でもある。


 第二艦隊は、敵影を求めて捜索するが、敵発見の報告は、意外にも警戒中の潜水艦『伊31』からだった。


 そしてその位置から、南雲と白石は顔を見合わせた。


「逃げた」


 デフテラ艦隊は、夜になると針路を東へと変えたのだ。この意図するところは――


「敵は我が方との夜戦を嫌って、後退。もしくは迂回しようとしているようです」


 このまま進めば、第二艦隊と夜戦確定ルートだった異世界帝国艦隊は、距離を置いて、会敵予想時間を遅らせることにしたのだ。


「明け方ないし昼間での戦いをご希望か」


 南雲の表情は曇る。白石は海図を指し示した。


「シンガポール近辺、あるいは周辺の航空基地から爆撃機の支援を受けるつもりかもしれません」

「今から突っ込んでも、夜が明けるか」

「あるいはこちらを船団から離すのが目的かもしれません。護衛が手薄な船団を敵航空機が攻撃すると」

「四航戦と水上機母艦の艦載機は船団から外せんな」

「はい。これらの艦載機は、陸軍の航空支援にもついていますから、我が方の援護まではとても手が足りません」


 白石の発言に、南雲は頷いた。


 第四航空戦隊は『隼鷹』『龍驤』、残る水上機母艦は『日進』『神川丸』である。『隼鷹』はともかく、残る艦は艦載機搭載数もさほど多くない。


「とはいえ、ここで引き返して状況が改善するわけではない」


 南雲は告げた。デフテラ艦隊は一時距離を取っただけで、朝となれば針路を戻すだろう。そうやってウロウロすることで、第二艦隊を引き寄せ、その隙に航空攻撃や、潜水艦を送り込んでくるかもしれない。時間をかけても、いいことなど何もない。


「このまま、敵艦隊へ突撃。今日中に決着をつける!」


 第二艦隊は速度を上げて東進した。あわよくば、明け方前に接敵できれば――と考えたが、結局、デフテラ艦隊を目視したたのは、水平線に朝日が昇った頃となった。


 新たに発進した水上偵察機の報告で、彼我の戦力は判明する。



・第二艦隊:南雲忠一中将


 大型巡洋艦『雲仙』『劒』『乗鞍』『白根』

 重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』『鳥海』『足柄』『羽黒』『筑摩』

 軽巡洋艦『由良』『那珂』

 駆逐艦『巻雲』『風雲』『雪風』『初風』『親潮』『霞』『霰』『陽炎』『不知火』『嵐』『野分』『曙』『潮』『朧』『朝雲』『山雲』『朝潮』



・異世界帝国艦隊:デフテラ中将


 戦艦:『リヴェンジ』『ロイヤル・ソブリン』

 空母:『アークロイヤル』

 軽巡洋艦:『エンタープライズ』『モーリシャス』『ダーバン』『ドラゴン』

 駆逐艦:『ジュピター』『エンカウンター』『ストロングホールド』『スコット』

(他、潜水型駆逐艦6隻が潜航中)



 日本艦隊は、戦艦こそないものの巡洋艦戦力で、異世界帝国を圧倒していた。また水雷戦隊も、一部空母や水上機母艦の護衛で割かれているとはいえ、第二水雷戦隊、第四水雷戦隊の二個戦隊であり、これも異世界帝国を上回る。


 南雲は怪訝な顔になる。


「妙だな。敵は空母の艦載機を出さないのか……?」


 先日まで、空母機動部隊を率いていた南雲である。水上戦闘が近いともなれば、空母は艦隊から切り離すべきだ。仮に想定外の遭遇戦だったとしても、戦力を補う意味でも艦載機を出して、第二艦隊を攻撃すれば多少のダメージを与えることも可能なはずだ。

 それに関わらず、攻撃隊を飛ばさない理由とは?


「何らかのトラブルか……。あるいは、艦載機を搭載していないとか?」

「そんな空母を連れてくる意味があるか?」


 仮に艦載機を積んでいないなら、シンガポールに留めておけばよい。航空機のない空母など、ただの大きいだけの艦である。


「空母がいる、というだけで、我々を警戒させる目的かもしれません」


 白石は、いまいち自信なさげに言った。


「我々は空襲を警戒していましたから、空母の存在をちらつかせて、こちらの突撃を踏みとどまらせようとしたとか」

「確かに。できれば、航空機の邪魔がない夜戦を挑みたかった」


 南雲は、しかしそこで表情を引き締めた。


「まあよい。飛ばしてこないということは、もしかしたら、すでに別の任務に飛ばしているのかもしれん。我々はこのまま敵を叩く!」

「はっ!」

「……参謀長、敵駆逐艦の数が少ないようだが」

「おそらく海中にいて、砲撃戦の最中、こちらの側面を奇襲するつもりでしょうな」


 白石はきっぱりと告げた。トラック沖海戦で、第二艦隊がやられた側面襲撃。


「我々の姿は敵も確認しているでしょう。しかし空母を引き連れたままです。これは我々を誘い込むつもりかと」

「こちらが敵の航空攻撃を嫌って、空母を狙おうと突進したところを雷撃か。小癪な手を考える」


 南雲はしかし、自信に満ちていた。


「それでも、我々はただ、進むのみだがね。――全艦、突撃開始せよ!」


 機関出力最大。艦隊速度34ノット!


 第二艦隊は、敵艦隊めがけて突撃を開始した。その陣形は、三列の単縦陣。北から第四水雷戦隊の軽巡『那珂』に率いられた駆逐艦8隻。


 中央が、大巡『雲仙』『劒』『乗鞍』『白根』、重巡『伊吹』『鞍馬』『鳥海』『足柄』『羽黒』『筑摩』の10隻。


 南列が、二水戦『由良』に率いられた駆逐艦9隻となっている。


 対する異世界帝国は、二列の単縦陣を形成している。戦艦2、空母1、駆逐艦2の列と、軽巡洋艦4、駆逐艦2の列からなる。


『敵左列、面舵を取りました! 北へ転進!』


 見張り員からの報告が、『雲仙』の艦橋に響く。南雲は唇を歪めた。


「なるほど、敵はそっちに我々を誘導したいわけだ」


 こちらが取り舵を取って、同航戦を挑むならば、その先に、敵の潜水艦型駆逐艦が待ち伏せているのだろう。


 その手には乗らない。


「こちらはそのまま直進。敵艦隊の後ろへ突っ込む!」

『敵右列も面舵。左列と同航の模様!』


 こっちは北へ抜けて船団へ向かうぞ、と言わんばかりの機動である。それが嫌なら同航戦をやろう、と言うのだろう。


『敵戦艦、発砲!』


 二隻の敵戦艦が、主砲の発砲煙を噴き上がらせた。さすが戦艦。噴煙の勢いが違う。


「ようやく発砲か」


 南雲は、首から下げた双眼鏡で、敵を覗き込む。敵の艦影は、どこか懐かしさを感じる定番スタイル。異世界帝国の物というより、仮想敵として頭に叩き込んだイギリスの戦艦のシルエットに似ている。


 ――ああ、そうだった。あれもイギリスさんから鹵獲した艦だったな。


 事前の偵察報告から、敵がR級戦艦を使っているというのは知っていた。可哀想だが、敵戦艦、そして空母には、もう一度水底へ沈んでもらう。

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