第80話、南雲、走る


『敵戦艦2、空母1を含む、敵艦隊を発見!』


 その日、警戒中の潜水艦『伊32』が、シンガポール北方、ティオマン島の東を抜ける異世界帝国の艦隊の存在を通報した。


 第十五潜水隊に所属する伊32は、今年五月に就役したばかりの新鋭艦だが、異世界帝国との戦いで、第六艦隊の潜水艦部隊の被害は相次いでおり、南方作戦に動員されていた。


 潜水艦からの通報は、ただちに近くにいる第二艦隊にも届いた。


 旗艦、大型巡洋艦『雲仙』の南雲忠一第二艦隊司令長官は、ただちに艦隊集結を命じると、発見された敵艦隊に対して移動を開始した。


「敵の狙いは、マレー半島に上陸した陸軍と、それを乗せてきた船団だろう」


 海図を見やり、南雲が言えば、参謀長を務める白石萬隆かづたか少将は、首を傾げた。


「敵は出てきましたな。このまま来ないかもと思いました」

「敵東洋艦隊の主力を、山本長官の第一艦隊が撃滅したからな」


 南雲は言った。


「現地司令官が、次の行動を決めかねていたやもしれん。この南シナ海には、我ら第二艦隊に加え、山本長官の第一艦隊もいる。正面から挑めば、奴らとて無事では済まないとわかっているだろう」


 シンガポール防衛か、あるいは日本海軍の主力艦隊二つが存在していることを不利と判断し、インド洋へ逃げるか。それとも日本軍へ積極的に反撃に出るか?


「どうやら、敵は反撃を選択したようです」


 白石は真顔になる。


「表面上、数は少ないようですが、あちらは戦艦を二隻を持っています。それに、表面上見えないだけで、潜水艦型駆逐艦を伴っているかもしれません」

「……」


 南雲は、白石の顔を見た。


 トラック沖海戦では、第二艦隊は、敵潜水型駆逐艦の側面突撃を受けて、大損害を受けた。艦隊決戦において第一艦隊の援護ができず、重巡多数を損傷ないし沈没させられた。精鋭である第二水雷戦隊にも、多くの被害を出した。


 当時の旗艦『愛宕』も撃沈されたが、その際、白石は第二艦隊参謀長として敵の攻撃を目の当たりにしている。当時の第二艦隊長官の近藤信竹中将は負傷し、今は本土で療養中である。


「大丈夫だ」


 南雲は力を込めて言った。


「今度は、我々が必殺の魚雷を敵艦隊に叩き込んでやる!」


 前は第一航空艦隊の司令長官だった南雲だが、彼は航空畑の人間ではなく、生粋の水雷屋だった。


 戦艦こそない第二艦隊だが、その巡洋艦、駆逐艦には新型の誘導型酸素魚雷が積まれている。それはこの雲仙型大型巡洋艦も同様だ。


 この雲仙型大型巡洋艦は、元はドイツ帝国海軍のケーニヒ級戦艦を魔技研が再生、大改装した艦である。


 基準排水量2万6000トン。全長190メートル、全幅29.5メートル。機関出力15万2000馬力を発揮し、水抵抗軽減魔法処理で34ノットの高速性能を誇る。


 主砲は50口径30.5センチ連装砲四基八門。……実は、戦艦時代は同主砲を、五基一〇門搭載していたので、門数は若干減っている。だがその主砲撤去分は、機関スペースに充てて、新型への換装も含めて、元の21ノットから大幅に速力を増しているのである。


 そして、一応巡洋艦ということもあって、魔技研は61センチ四連装魚雷発射管四基を搭載させている。


 本来の大型巡洋艦の用途として、突入する水雷戦隊の火力支援、対巡洋艦の観点から、魚雷は不要ではないか、と大型巡洋艦(超甲巡)案時点で言われていた。


 が、砲戦で仕留めるのが困難な大型艦と交戦する際、切り札があったほうがよいということと、魔法防弾で、発射管を重要区画並の重防御で守ることが可能となったことで、雷装が積まれることになった。


 どちらかといえば、大型巡洋艦としては補助、防御向けの魚雷装備であるが、南雲は、ただ受け身で使うつもりなど毛頭なかった。


 34ノットの高速力が発揮可能な雲仙型ならば、水雷戦隊の先頭に立って突撃し、敵巡洋艦を蹴散らし、戦艦に魚雷を撃ち込む――それぐらいの気概で当たるつもりであった。


「六戦隊と四水戦と合流を急げ。我々が駆けつける前に、各個にやられても困る」


 マレー上陸部隊を護衛しているのは、第二艦隊から分離した馬来部隊である。重巡洋艦『鳥海』を旗艦とする重巡4隻と、第四水雷戦隊を中心とする。彼らも、敵が現れれば、船団を守るために、敵艦隊へ突撃を敢行することは想像できた。


 第二艦隊主力艦隊は、敵シンガポール艦隊を目指し、波を切って南東へと突っ走った。



  ・  ・  ・



 南雲の想像通り、異世界帝国軍デフテラ艦隊は、馬来部隊へと向かっていた。


 この頃になると双方とも偵察機の情報が入って、その戦力についても大方掴んでいる。そしてその動きを見て、相手の狙いも。


「奴らは、夜戦を挑みたいのだろう」


 異世界帝国軍、デフテラ中将は、旗艦、戦艦『リヴェンジ』の艦橋にいて、偵察情報を吟味していた。


 デフテラ艦隊が突っ込んでくるとみて、マレーの敵艦隊は迎え撃つ姿勢を取りつつ、速度は上がっていない。完全に待ちの状態だ。

 一方で、カンボジア方面の情報では、そちらを砲撃していた有力な敵艦隊は、高速で突進中。

 このままいけば、デフテラ艦隊は、二つの日本艦隊が合流する頃にぶつかることになり、時間にして真夜中となるだろう。


「さすがに夜に複数の重巡とぶつかるのは、よろしくない」

「そうですな」


 参謀長のラリアー少将は同意した。


 デフテラの手持ちは、戦艦『リヴェンジ』『ロイヤル・ソブリン』、空母『アークロイヤル』、駆逐艦4と、シンガポール駐留艦隊のキリアキ少将率いる軽巡洋艦4、駆逐艦6である。


 戦艦、空母の艦名からわかる通り、元はイギリス海軍のインド洋に展開していた東洋艦隊の艦艇を、浮上させて再生、鹵獲したものを使っている。


 別名R級と呼ばれる旧式戦艦が主力のデフテラ艦隊である。日本海軍の重巡洋艦戦隊とまともにぶつかれば、おそらく大きな被害は免れないだろう。


「こっちは戦艦のパンチ力が頼りなのだ」


 明るい昼で、威力に物を言わせて1隻2隻と敵大型艦を脱落させ、早期に数を互角近くまで減らしておきたい。


 空母は……正直、囮以外の役に立たない。何故なら、インド洋から運んできた艦載機の大半は、シンガポールの防空部隊に配備されたからだ。現在『アークロイヤル』に載っているのは、数機の戦闘機のみである。敵の空襲があれば防空任務に使うが、敵艦隊を攻撃どころではない。


「敵は巡洋艦主体の快速部隊です」


 やや肥満体の参謀長は口元を歪めた。


「この低速艦隊では、一度敵に捕捉されれば、逃げることも不可能でしょう」

「敵は船団を守らないといけない。しかし我々は、リコンスロポス将軍の要請のため、上陸した日本軍を砲撃せねばならない」


 つまり、数的劣勢だからといって、シンガポールへ逃げるわけにもいかないということだ。


 ここまでずっとデフテラの表情が優れないのはそれだ。こちらも高速部隊ならば、まだ何とか手はあっただろうが、足の遅さは如何ともし難い。何をするにしても、その低速が戦略、戦術の幅を狭めている。


 デフテラの思考の中に、快勝する自艦隊はない。どれだけの敵を道連れにできるか――それしか思い浮かべられなかったのである。

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