第285話、不気味な敵
第五艦隊、襲撃される――サンディエゴの太平洋艦隊司令部に、その報告はもたらされた。
アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官、チェスター・ニミッツ大将は、情報参謀のエドウィン・レイトン中佐から仔細を聞き取った。
「……敵の空母部隊か」
「救助された補給部隊のクルーの証言によれば、間違いなく艦載機だったようです」
レイトン中佐は眼鏡のブリッジを指で軽く押し上げた。
「ですが、肝心の空母は捕捉できませんでした。襲撃は一回のみ。敵は攻撃を終えたら、さっさと引き上げたのでしょう」
「やられたのは、補給部隊だけか?」
「イエス・サー。輸送船とその護衛が少々」
レーダーが敵機を捉えた時には、すでに近くにまで迫っていた。有効な迎撃もできず、ほぼ奇襲を許す形になった。
「主力部隊に被害が出なかったのは、不幸中の幸いと言ってもいいか?」
「そうですね……。完全な奇襲でしたから、これがもし第五艦隊本隊にやられていたら、ハワイ攻略作戦どころではなくなるところだったかと」
日本軍と共同でのハワイ攻略が控えている時に、それはとてもよろしくない。ニミッツは苦い顔になる。ここまで準備し、共闘を取り付けるまでにかかった時間と苦労を考えれば、こちらの都合で延期ないし中止は、太平洋艦隊司令部として立つ瀬がない。
「ソック、どう思う?」
ニミッツは、太平洋艦隊参謀長チャールズ・マクモリス少将に振った。
「第五艦隊がほぼ無傷なのは幸いですが、補給部隊の損害は艦隊行動に影響を与えます。ミッドウェーは占領直後で、施設拡大の真っ最中。作戦の遅延の可能性もあるでしょう」
「日本軍は、マーシャル諸島の攻略を進めている」
ニミッツは太平洋の地図を眺めた。
「ただ、聞くところによると、彼らも思わぬ損害を受けている。……少なくとも、巷で囁かれているクリスマスまでにハワイ、というのは、事実上なくなったといっていいのではないかな?」
レイトンが頷く。
「はい、通信傍受によれば、日本軍も歴戦の空母『カガ』を喪失し、『アカギ』以下損傷艦も少なくないようです」
「また、『カガ』と『アカギ』ですか」
『ソック』マックモリスは肩をすくめた。
「損傷している空母の常連のような気がするのは気のせいでしょうか?」
ニミッツはそれには答えなかった。マックモリスは背筋を伸ばす。
「ハワイ攻略が年明け以降になりますと、艦隊も第三艦隊に?」
「そうだな。指揮官はレイにとらせる」
レイモンド・スプルーアンス中将。ニミッツやキングが推奨する歴戦の提督である。一方で、タワーズら航空派からの受けはあまりよろしくない。
「また、タワーズ中将がゴネませんかね?」
ニミッツとタワーズの確執を知るマックモリスである。そのニミッツは片方の眉を吊り上げた。
「過去はどうあれ、今は私たちは仲間だよ。相変わらずキング大将と関係はよくないらしいが、タワーズのこれまでの功績を無視はしないし、信用しているからこそ、第五艦隊を彼に任せたんだ」
少なくとも、タワーズが海軍航空隊を発展させ、今日まで敵と戦えたことは評価して当然だとニミッツは考えている。だから彼の専門家としての貴重な意見は聞くし、参考にさせてもらう。
「それはともかくとして、この、姿が確認されていない敵空母部隊というのが、不気味だな。レイトン、何かわからないかね?」
「ロシュフォート少佐と確認作業をしていますが、特定にはいましばらく時間がかかるかと」
戦闘情報班=
先の日本軍による真珠湾奇襲――これは日米のハワイ攻略作戦にはない計画ではあったが、おかげでミッドウェー、マーシャル諸島攻略を果たすまでの時間稼ぎになった。
直接攻撃した日本軍はともかく、その場にいなかった米海軍としても、攻撃が敵にどれほどダメージを与えたのかは、以後の作戦にかかわるので確認作業が進められていた。
「ハワイで難を逃れた空母を用いた攻撃か。それとも、まだ確認されていない新たな敵か」
「レーダーの監視を抜け、索敵機による追尾も躱して姿を消した敵空母部隊――」
マックモリスは顔をしかめた。
「既知の敵ならよいのですが、何か新兵器を持った敵だと厄介極まりないですな」
・ ・ ・
ハワイ真珠湾、ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令部。
ヴォルク・テシス大将は、特殊部隊による、ミッドウェーの米補給部隊奇襲作戦の成功報告を受けて、相好を崩した。
「そうか。上手くいったか」
「はい。『プネヴマ』部隊は、ミッドウェー近海の敵補給船団を襲撃し、これに打撃を与えた後、数機の未帰還を出しつつも、敵に捕捉されることなく離脱しました」
テルモン参謀長は続けた。
「……正直、こうも上手く行くとは。さすがです、長官」
「いや、きっかけを与えてくれた日本軍に感謝するとしよう」
真珠湾を奇襲した日本軍の見えない空母部隊。それを聞いた時、どういう仕組みだろうかと考察したテシスは、自分たちでもできないかを考えた。
その結果、一部の上級魔術師が用いる、姿消しの魔法に行き着き、さらに調べたところ、本国の魔術兵団が研究していた、あらゆる索敵から逃れる『幽霊師団』構想に突き当たった。その理論を読み解き、再現可能な部分を検証した結果、魔核で増大した魔力を利用し、『艦艇を消す』ことに成功。レーダーにも目視も躱せる技術を『遮蔽』と名付け、残存している軽空母2隻に、さっそく魔術師を乗せて、ミッドウェー奇襲を敢行した。
遮蔽魔法で姿を消した軽空母2隻に満載したミガ攻撃機は、垂直離着陸が可能な新型。目一杯積み込んできた攻撃隊で、米海軍のミッドウェー攻略部隊に燃料・物資を補給する船団の攻撃に成功した。
「しかし、もったいないです」
「何がだ?」
「攻撃目標が、補給船団だったことです。敵主力にも痛打を与えられたでしょうに……」
残念がるテルモンだが、テシスは気にしなかった。
「実戦運用は初めて。成功するかも怪しいぶっつけ本番だったのだ。守りの固い主力よりも、比較的手薄な輸送船団でテストができたと思えばよい」
今は実際の運用データが欲しい。使い方次第で、以後の戦いでも活用できそうな新兵器である。成功したが、実はギリギリだったとか、運用の難しい面があって、運がよかっただけ、という可能性もあるのだ。
日米軍との決戦が不可避である以上、その時に充分使えるようにしておけば問題はない――そうテシスは考えている。
もし問題なく運用が可能ならば、テシスは決戦に有効な切り札を得たことになるのだから。
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