第286話、ハワイ作戦に向けて
1943年12月。
都内、とある料亭。第一機動艦隊司令長官、小沢治三郎中将は、神明参謀長と、第二戦隊司令官宇垣纏中将、第八航空戦隊司令官山口多聞中将と、晩餐をとりつつ、今後について話し合っていた。
「我が海軍は、マーシャル諸島の攻略を終えた。まずは山口、お疲れ様」
小沢が箸を向けると、山口は笑みを浮かべた。
「いやいや、自分は行ったり来たりで、全体を通していたわけじゃありませんので」
彼の率いる八航戦は、第二機動艦隊の所属である。だが、ハワイ・真珠湾奇襲で、本隊とは別行動を取り、その後、艦載機を内地に送った都合上、一時離脱を余儀なくされた。
もっとも、その頃、マーシャル諸島の異世界帝国軍に航空機はほぼなく、第二機動艦隊の残る空母でも、制空と攻略支援は充分ではあった。
「まあ、真珠湾をよく叩いてくれたよ」
小沢はニヤリとした。
「山口の八航戦が空襲したことで、ハワイの基地能力、艦隊戦力が低下している。おかげで第二機動艦隊はマーシャル諸島の攻略を完了し、敵太平洋艦隊が動けないうちに、基地化も進められる」
敵の反撃で、初撃こそ手痛いダメージを受けた第二機動艦隊だが、作戦を果たしてトラックに帰還。転移網を用いて順次、内地に帰投を果たした。
「当初の想定とは、だいぶ違った形になりましたが」
山口が言えば、宇垣は頷いた。
「敵艦隊が出てきたならまだしも、基地攻略だけでここまで被害を受けるとは、誰も思っていなかったのではないか」
「慢心だった。そう思われても仕方のないところはある」
「教訓にはなった」
小沢が一杯呷る。
「敵は飛行場以外からでも航空機を飛ばしてくる。飛行場を叩いただけで満足してはいけないということだな」
山口、宇垣は同意した。
「第二機動艦隊は、喪失した航空機の補充、損傷した艦は修理が行われている。そこのところ、どうなんだ、神明?」
「小破までの艦はともかく、『赤城』『蒼龍』『瑞鳳』は、おそらくハワイ作戦には間に合わないでしょう」
日米合同艦隊による、ハワイ攻略作戦。その作戦と準備が着々と進められている。当初の予定では、何もかも上手くいっていれば12月の作戦発動もあったのだが、現在は来月あたりになるだろうと思われる。
マーシャル諸島で大きなダメージを受けた『赤城』『蒼龍』『瑞鳳』は、内地帰還と共に作業が行われ、特に『瑞鳳』はエレベーター周りも改装工事することになった。
しかし、と、宇垣が眉をひそめた。
「マーシャル諸島で沈められた『紅鷹』『黒鷹』が、回収できなかったそうじゃないか」
「ええ、マロエラップに展開した丙部隊の撃沈艦の多くが、すでに存在しなかった」
神明は淡々と告げる。
マーシャル諸島の戦いで撃沈された艦艇は、いつものように魔技研の回収部隊がサルベージを行った。だが結果は、発見できなかった。
「やはり、連中に持ち逃げされたか」
山口の言葉に、神明は目を伏せる。
「おそらく。異世界帝国軍に先に回収されたのでしょう。撃沈直後、第二機動艦隊は集結を図り、丙部隊はマロエラップを離れた」
「その隙を狙われたということか」
山口の表情が苦り切る。
「連中もこちら同様、艦を再生させて戦力に組み込むか。我が戦力が敵に利用されるのは痛恨の極み」
「まあ、『加賀』と『大龍』が回収できたのは、不幸中の幸いだ」
小沢は言ったが気休めのようなものだった。撃沈された『加賀』『大龍』は修理、再使用されるだろうが、これもまたハワイ攻略作戦には間に合わない。
「敵も回収したとはいえ、我々がハワイに攻め込むまでに戦力化するのは厳しいだろう。山口が真珠湾を叩いたことで、修理施設にも損害を与えているから、利用される前にハワイを攻略すればよい」
「広く浅く」
八航戦の司令官は苦笑した。
「艦隊と燃料タンクだけを叩いていたら、今頃、急ピッチで再生と改修作業をされていたかもしれない。くわばらくわばら」
ハワイ奇襲を、連合艦隊司令部に提案した山口だったが、そこに居合わせた神明と、連合艦隊司令部航空参謀の樋端の助言を受けていなければ、また違った展開になっていたかもしれない。
「本当なら、もう少し時間に余裕があればいいのだが、真珠湾の施設と艦隊の復旧を考えれば、攻略を急ぎたいというのもわかる話だ」
小沢は言った。
「例の、第九艦隊から派遣された潜水機動部隊が、どれくらい敵さんを妨害してくれるかにもよるな」
視線が神明に集まる。潜水機動部隊の提案は、神明が出したものだ。
曰く、艦載機搭載数の少ない軽空母に、潜水機能を持たせて、長距離索敵と輸送船狩りを行う通商破壊空母として運用する、というものだ。
これを軍令部は承認し、第九艦隊で編成された潜水機動部隊が、マーシャル諸島より先のギルバート諸島に進出した。
鹵獲したグラウクス級軽空母を潜水型に改装した軽空母『龍飛』に、潜水型軽巡洋艦と、Uボート改装の伊500型潜水艦6隻をつけた小部隊は、第六艦隊と協力しつつ、ハワイ、オーストラリア間の輸送船狩りを行っている。真珠湾への補給物資、燃料を積んだ輸送船を、発見次第撃沈していた。
「これは面白いアイデアだと思う」
宇垣は薄ら笑みを浮かべる。
「潜水艦に水偵を載せて索敵するのは考えられていたが、搭載数の都合上、数が必要だった。しかし、空母となれば、たとえ艦載機が少なくても、従来の潜水艦での運用に比べて格段に活用しやすい」
「艦載機も無理矢理小型化したものでなくて、通常の艦上機が使える」
山口が口を挟み、宇垣はさらに言った。
「何よりいいのは、使い道に困る、ハーミーズやイーグルといった、艦載機が少なく、機動艦隊で行動させるには効率のよくない空母を、活用できるということだ」
通商破壊空母は、数十機の航空機を同時運用する必要はない。索敵機を出す、いわゆる偵察専門空母として活用できる。
「この通商破壊空母は、艦隊決戦の際、偵察艦として本隊とは別行動しつつ、索敵に協力できるのではないか」
そうすれば、機動艦隊本隊の偵察機の節約にも繋がる。この宇垣の案に、小沢は笑みを浮かべる。砲術屋の定評のある宇垣だが、中々どうして航空も潜水艦も話せる。
「いいな、それは採用させよう」
通商破壊空母は、第一機動艦隊の管轄ではないが、ハワイ攻略作戦に活用できるなら、ぜひ参加も検討させたい。
神明は口を開いた。
「わざと敵に発見させる囮として活用する手もありますね。潜水型空母は、海中に潜れば対潜装備でなければ攻撃できませんし、偵察空母と見れば、敵も無視はできない……。わずかといえど、敵航空隊を誘い出して空振りを誘える」
「本隊へ向かってくる敵機の数を、多少減らせるということか……。それも悪くない」
うんうん、と小沢は頷いた。夜は更けていく。
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