第287話、日米投入可能な空母について


「おい、山口。お前、食い過ぎじゃないか?」


 都内、某料亭。小沢治三郎がたしなめれば、当の山口多聞はけろりとしている。


「せっかくあるんだから、食べなきゃ損ってやつですよ」

「小沢さん、山口はこういうやつなんです」


 宇垣纏は、同期の山口がモリモリ食べる様を若干の呆れも混じった目で見る。山口の健啖家ぶりは、同期たちの中でも話題である。クラストップはそれでなくても目立つのだ。


「おい、神明。お前は食ってるか? ただでさえ、一番細っこいじゃないか」


 山口は、この席で一番後輩である神明龍造に言うのである。


「よろしければどうぞ」

「おう」


 神明が譲れば、催促したわけではないが遠慮なくもらっていく山口だった。小沢もその様子に呆れつつ、話題を戻した。


「次のハワイ作戦は日米合同になる。アメリカさんも空母機動部隊を繰り出してくる」

「それなんですが、アメさんは何杯空母を太平洋に持ってきているんですか?」


 山口は問うた。


 第一機動艦隊側では、ハワイ攻略作戦に向けて、米海軍の代表者を交えた会議にも数度参加している。だが第二機動艦隊で活動していた山口は、まだ情報が部分的にしか共有されていなかったのだ。


「神明」


 小沢が振ると、第一機動艦隊参謀長は答えた。


「正規空母6隻、軽空母4隻が主力です。他に護衛空母が補助についていますが、船団護衛や上陸船団護衛に用いるらしいので、戦力としては数えないほうがいいでしょう」

「10杯か……。さすがアメさん。洋の東西で戦力を分けているにしては、数が多いな」

「山口。今はアメリカも大西洋艦隊は、ほぼ活動していないぞ」


 宇垣がコメントした。


「イギリスは本土から撤退した。ヨーロッパは完全に異世界帝国に飲み込まれた。イギリス本土は絶望的な戦いを続けている。すでに女王陛下や政府はカナダへと亡命した。ドイツも先月あたりから完全に通信が途絶えた」

「そんな話、初耳だぞ!?」

「大本営は発表しなかったし、世間でも知られていない情報だ。正直、発表して国民の士気が上がるものでもないしな」

「どこで知ったんだ、そんな情報」

「マーシャル諸島に二戦隊が出ることになった時、乗り合わせた連合艦隊司令部から聞いた」


 神明が海氷を採取したいと言い、連合艦隊司令部がそれに乗っかって前線に出張った件である。足代わりにされたのが、宇垣指揮の第二戦隊、戦艦『大和』である。

 小沢が口を開いた。


「そんなわけで、いま大西洋は完全に、異世界人の庭だ。米海軍も、大西洋ではしばらく大きな戦いがないだろうと、戦力を太平洋に振り向けられたという寸法だよ」


 一線級の空母が10隻ある、ではなく、10隻しかない――というのが、米海軍の現状だった。

 米海軍は、パナマ運河が敵に占領されて使えないため、北方ルートを開拓し、そこを自分たちの庭としてきっちりガードし、太平洋へ戦力を送り出していた。


「そうなるとアメさんにとっても、今回のハワイ攻略は、是が非でも成功させたいんでしょうな」


 アメリカの世論的にも、明るい話題が欲しいところだろう。本土を攻め込まれ、盟邦であるイギリスがほぼ敗北し、孤立を深める中、厭戦気分が国民の間で漲り出しているのではないか。


「アメリカからの輸入もある。勝ってもらわないと困るのは日本も同じだ」


 小沢は腕を組んだ。


「現状、日本には11個戦隊30隻以上の空母がある。護衛空母や通商破壊空母、修理中の艦を除いても、だ。ただ艦載機の搭載数が少なく、単純にアメリカの空母と比べて、隻数ばかり多くても見合っているかといえば疑問符もつく。が、少なくとも戦力としては、日本はアテにされている」

「異世界人の艦隊はどうでしょう?」


 宇垣が尋ねた。


「空母の数は、あちらはかなり劣勢だったと記憶していますが」

「うむ、先日、山口が真珠湾を叩いた時に、空母は、大型のものが2隻、それ以外は小型だが17、8はあったと報告を受けた。そのうち4隻の小型空母の撃沈を確認したから、15、6隻は稼働しているとみていい」

「大半は小型空母ですか。それならば、日米合同艦隊が優勢ですな」

「しかし、ハワイの基地航空隊がいることを忘れてはならない」


 小沢は眉間にしわを寄せた。


「それを含めると、かなりの大兵力となるだろう。敵艦隊とどこで戦うかにもよるが、艦隊と基地航空隊、双方を相手にしなくてはいけないから、合同艦隊も言うほど楽観はできん」


 その楽観したマーシャル諸島攻略で、思わぬ痛手を被った。『赤城』『加賀』など大型空母が離脱を強いられ、ハワイ作戦には参加できない。


「ただ、こちらも、空母の隻数では不足を埋められました」


 神明は発言した。


「元イギリスの空母が、改装を終えて実戦に間に合います」


 東洋艦隊で撃沈した空母『イラストリアス』が『鎧龍』、『フォーミダブル』が『嵐龍』となり、巡洋戦艦『フッド』が『飛隼』、『レパルス』が『海鷹』として配備される。


 前の2隻は装甲空母であり、同じく改装の『黒龍』、『大鳳』と同一戦隊に配備される予定だ。これら装甲空母戦隊は、前衛部隊に同行する。


 巡洋戦艦から空母に改装された2隻――『飛隼』は、規模が近い翔鶴型2隻と戦隊を組み、『海鷹』は、マーシャル諸島攻略で僚艦を失った『瑞鷹』とコンビを組むことになっている。それに合わせて、航空戦隊の編成も一部変更が出ていた。


 現状、問題がなければ9個航空戦隊、26隻の大小空母が、機動艦隊として出撃する予定である。


「アメさんの空母も入れて36隻……。これならハワイの基地航空隊と敵艦隊の空母を合わせても圧倒できるのでは?」


 山口が言えば、しかし小沢の表情は渋いままだった。


「そう簡単なものではないのだ。日米間の運用の違い、連携の問題もあるし、そもそも敵がマーシャル諸島で使った、飛行場以外からの発進などをやられると、単純に敵の数が読めなくなる」


 さらに米側の艦に、防御障壁がないと思われるのも気がかりである。敵重爆撃機が光線兵器を使用した場合、アメリカ軍が大損害を受ける可能性も高かった。


「戦術でいえば、懸念があります」


 神明は淡々と言った。


「我々は、敵飛行場、艦隊、異世界人全部を叩かなくてはいけないですが、敵は、米上陸船団さえ壊滅させたら、防衛に成功してしまうという点です。日米合同艦隊が航空戦力で圧倒していたとしても、その点をつかれて上陸船団を失えば、艦隊が残っていようとも、ハワイ攻略は頓挫します」

「むぅ……確かに」


 山口が顎に手を当て考えれば、宇垣は片方の眉を吊り上げた。


「敵がこちらに対して劣勢と感じているならば、より一層、艦隊に目もくれず、船団狙いを起死回生の手とする可能性もあるのか……。盲点だった」


 戦いとなれば制空権を取るのが必定。しかしそれが叶わぬとわかっていれば、一点突破で逆転の手を最初から打ってくることも考えられた。

 そこで小沢は、意地の悪い顔になる。


「神明、貴様が敵の司令官として、日米合同艦隊とどう戦う? 貴様の意見を遠慮なく言ってみろ」

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