第284話、アメリカ海軍第五艦隊


 ミッドウェー島。ハワイ諸島の北西に位置するアメリカ合衆国領であり、小さな環礁には、大きなものでサンド島、イースタン島があり、他にスピット島やサンド小島などが存在する。


 一度は異世界帝国により占領されたミッドウェーだが、アメリカ海軍はここを奪回した。


 日本海軍がマーシャル諸島の攻略に掛かっている間の出来事であり、ハワイに駐留する異世界帝国艦隊が、ミッドウェーに出撃することはなかった。


 日米共闘における第一弾。ハワイ攻略に向けた前哨戦として、北はミッドウェー、南はマーシャル諸島を同時侵攻することで、異世界帝国太平洋艦隊を牽制する。

 そしてそれは上手くいった。


 日本は間もなく、マーシャル諸島を奪回をするようで、米海軍もまたミッドウェーの占領、物資の持ち込みでハワイ攻略に向けての準備を進めていた。


 アメリカ第五艦隊司令長官、ジョン・ヘンリー・タワーズ中将は、エセックス級航空母艦二番艦『レキシントンⅡ』を旗艦とし、ミッドウェー環礁内にいた。


 レキシントンは、異世界帝国との太平洋での激突となる第一次ハワイ沖海戦で撃沈された。しかしその艦名は、戦中に就役した新型空母エセックス級の二番艦につけられることで、復活した。


 ただ、個人的には『レキシントン』という名前は、不仲であるアーネスト・キング合衆国艦隊司令長官兼作戦部長を思い出してしまい、タワーズは複雑な心境になる。そのキングは、かつて『レキシントン』の艦長をしていて、タワーズとは因縁深い相手である。


 タワーズは、バリバリの航空屋だ。戦艦が海軍の主力として幅を利かせていた頃から、米海軍航空隊を盛り立て、その地位向上に活躍した男である。航空関係の役職を歴任し、現在の海軍航空戦力とその人員育成、補充などで腕をふるった。


 現在、米海軍にいるパイロット上がりの航空将官たちにとって親父的存在であり、トップであった。


 政治やメディアとも積極的に関わり、現在の太平洋艦隊司令長官であるニミッツなど、関係のよくない者も少なくないタワーズだが、彼は裏方で満足する男ではなく、前線での指揮官として活躍することも熱望していた。

 第5艦隊の前任者であり、アナポリス1906年組の同期であるフランク・ジャック・フレッチャーが、第二次ハワイ沖海戦の責任を取る形で閑職に回されたことで、上手くその後任に滑り込むことができたのである。


 かくて、第5艦隊はミッドウェー攻略を成功させたのだが――


「日本人に先を越された」


 タワーズは口をへの字に曲げる。


「真珠湾奇襲を、最初にやったのはオレだぞ!」


 戦前である1932年、演習において、空母『サラトガ』『レキシントン』を用いたハワイ奇襲を計画した。日曜日、荒天、闇夜と条件を重ねて、見事奇襲は成功。もっとも、基地航空隊と潜水艦の反撃で、自軍にも損害判定が下されたが。


「日本人に真似されたのは気にいらないが、何はともあれ、真珠湾の敵艦隊はダメージを受けている。今こそ、計画を早めてハワイ攻略戦を開始するべきじゃないか!」


 マーシャル諸島を攻略中の日本海軍が、ハワイ真珠湾を奇襲攻撃した報告は、太平洋艦隊司令部から、タワーズのもとにも届けられている。


 日本軍の空母機動部隊が与えたダメージについては、まだ分析中ではあるものの、敵主力艦隊が全力で出撃できない程度には被害を与えたようだ。


 だからこそ、今、ハワイを叩くべきではないのか? 日米共闘の名のもとに、共同でハワイを攻略しようと準備しているが、今なら艦隊が全力を出せない時。日本軍はまだマーシャル諸島だが、損害からの回復待ちの異世界帝国艦隊が戦力外ならば、合衆国艦隊だけで攻略できるのではないか。


「ニミッツは、サンディエゴにいて前線を知らん」


 タワーズは参謀たちの前で言った。


「せっかく日本軍が好機を演出してくれたのだ。ここは我々も動き、ハワイを異世界人から取り戻す。合衆国は勝利を求めているのだ。これは、千載一遇なのだ!」


 彼には、ハワイ攻略を早めたい理由があった。

 それは、太平洋艦隊司令長官のニミッツや、合衆国艦隊司令長官のキングから、タワーズは良く思われていないからだ。


 何とか第五艦隊の指揮官の座に就けたものの、決してこのポジションが守られる保証がなかった。前線指揮官不足――たとえばハワイ沖海戦で戦死したウィリアム・ハルゼーがいたら、果たしてこの位置にいられたかわからない。


 現太平洋艦隊司令長官のニミッツとは、彼が航海局長時代に因縁があった。正確には当時タワーズは航空局長で、海軍航空隊の規模拡大に邁進していたが、人材育成の件で現行制度に批判的であり、それでニミッツが迷惑を被ったために敬遠されるようになった、という話である。


 とかく、空母部隊の指揮官は、パイロット経験者であるべき、と主張するグループのトップであるタワーズは、ニミッツが、パイロット経験者ではないスプルーアンスを第三艦隊の指揮官に抜擢したこともまた、対立を生んだ。


 結果、今回のハワイ攻略に向けた前哨戦であるミッドウェー占領に、タワーズの第五艦隊が使われたものの、日本軍との足並みを重視し、スケジュールが遅れるようなことになれば、指揮が第五艦隊から第三艦隊に変わる恐れがあった。


 ニミッツは、タワーズとスプルーアンスで比べれば、当然後者を押すから、故あれば指揮官引き継ぎに躊躇がないだろう。パイロットグループのトップであるタワーズとしては、自分の派閥の将校たちの地位向上のためにも、ハワイ攻略という大手柄を得たいと考えていた。


「提督! 艦隊役務群より緊急電です!」


 その時、旗艦の作戦室に通信士官が飛び込んできた。


「敵航空機による空襲! 補給船団が攻撃を受けています!」

「何だと!?」


 タワーズは驚愕した。敵の空襲とは――


「ここはミッドウェーだぞ。ハワイから1300マイル以上離れているというのに……重爆撃機か?」

「いえ、それが、小型の航空機が大挙飛来したようです。おそらく空母艦載機かと」

「馬鹿な……奴らの空母戦力は弱体化しており、さらに日本軍のパールハーバーへの奇襲で壊滅したのではなかったのか!」


 タワーズは唸った。まさかミッドウェーにまで、敵空母部隊が出撃してきていたとは。


「哨戒機やレーダーは何をしていたのだ? ここまで踏み込まれて、何故察知できなかったのだ!」


 タイミングも最悪だった。すでに時間は夕刻を過ぎており、今、航空隊を出すと完全に夜の収容になり、無理に出せばどれだけが事故るか想像できなかった。


「リーの戦艦部隊に連絡! 補給部隊の救援と敵空母部隊を捜索! 発見できればこれを攻撃せよ!」


 ウィリス・リー中将率いる、戦艦『ワシントン』以下戦艦群を動かす。航空参謀が口を開いた。


「よろしいのですか?」

「今からでは航空機を出せん。明るくなるまで敵の発見に務め、可能ならばそのまま始末。追いつけなくても、場所さえわかれば、朝には我が空母部隊で攻撃する!」


 しかし、タワーズの意気込みとは裏腹に、第五艦隊補給部隊を襲撃した異世界帝国機は去り、その母艦の位置を特定することはできなかったのである。

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