第283話、紫電と烈風
日米共闘により、米国製の兵器がレンドリースされていた。海軍でも、F4Uコルセア、F6Fヘルキャットといった戦闘機が送られてきた、その扱いについては、軍令部も連合艦隊も思案中といったところであった。
そもそもの原因を上げれば、零戦の後継機がいまだ存在していなかったことにある。
つまり、これ以上新型開発が遅れるなら、これら米国製艦上戦闘機を、零戦の改良型にかえて、運用することになるということだ。
「すでにF4UとF6Fが入って、海軍としては保険ができたというところなんでしょうが」
樋端が言えば、青木は首を捻る。
「ただ、米国製戦闘機を、我が海軍の規格に合わせる手間もあるわけで」
このまま即使えるというものでもない。
十七試艦上戦闘機――零戦の後継機として、三菱に発注した新型機はまだ完成しないのか?
「川西航空機が戦闘機案を航空本部に持ち込んで、作った機体があったと思うが」
「紫電という陸上戦闘機だろう? 確かそうだったよな、源田君」
樋端が問うた。源田は首肯した。
「はい、強風という水上戦闘機を陸上戦闘機に改造したもので、艦上機ではないですね」
「そう、それだ。今年の7月に、海軍に採用されて量産されたやつ」
青木が言った。
「一機艦はインド洋でバタバタしていたからよく知らないんだが、それはどうなんだ? 艦上戦闘機に改造して、零戦の後継機にはならないか?」
「確かに、スピードは出ましたよ。F6Fより速く、630か40キロくらいは出たと思います」
「おお、いいじゃないか」
「ただ、着陸性能に難があって、要するに足回りです。これは改善されたようですが、他に前方視界の不良などトラブルも多く、肝心の陸上基地の配備も遅延しています」
源田は渋い顔だった。
「川西でも、紫電の出来に不満があって、改良型を作っています。そんな状況なので、艦上戦闘機化は、現状難しいかと」
「そうか……」
「ただ、十七試艦上戦闘機――試製烈風は、もう形になっていますよ」
源田の言葉に、樋端と青木は目を見開いた。
「できた、だと?」
「近々、テスト飛行をするようです。正直に言えば、これが額面通りの性能を発揮するなら、F4UやF6Fは艦爆にしてもよいと思えるくらいのものですよ」
軍令部の課員は、自信たっぷりだった。これには連合艦隊側の航空参謀たちは複雑な顔になった。何故、それをこちらにも伝えないのだ、と青木の顔に書いてあったが、実戦部隊に、試作機の動向をいちいち伝えなければいけないという決まりはない。
「知ってましたか? 参謀長」
青木が神明に確認してくる。
「魔技研が協力している件は知っていたが、進捗は知らない。そもそも知ったところで、機動艦隊や連合艦隊では、精々飯の種になるくらいで何もできないしな」
「それは……そうですが」
気持ちに賛同してもらえず青木は肩を落とした。樋端は、淡々と源田へと視線を向けた。
「山本長官も、新型戦闘機には多大に関心をもっている。試製烈風の話はよい土産になりそうだ。……そんなに凄いのか?」
「ええ、最高時速は680ないし90は行けるのでは、と思われます。新機軸の可変翼を採用していて、零戦に匹敵する格闘能力を有しながら、高速の一撃離脱もこなせる機体となっています」
源田の声に熱がこもる。明らかに興奮しているようだった。樋端が眉を動かす。
「可変翼?」
「水上機に用いられている魔力フロートの技術を応用し、魔力で主翼の形状をある程度変えられるようになっているんです。速度や機体の状態で、最適な形というのは違うものなので、高速飛行時と格闘戦闘時、それぞれに適した翼に変化するというわけです」
魔技研が協力というのは、そこである。
魔力式フロートは、その名の通り、魔力でフロートを作る。水上機にとって、離着水時に用いられる重要なフロートだが、飛行する時はただのデッドウェイト。なので解除することで重量と空気抵抗が減少、陸上機並みの運動性、スピードを発揮することができるのである。
その魔力でフロートが作れるなら、翼の形を大きくすることもできるだろう、という発想から、試製烈風に、魔力式の翼が採用されたのである。
「この可変翼のおかげで、格納時の幅も、グラマンF6Fの折り畳み並みとなって、空母での搭載可能数も向上すると見られています」
「いいこと尽くめだ」
青木が感心を露わにする。源田はニヤリとした。
「さらに武装に20ミリ機銃2門、航空機用光弾砲を2門搭載します。光弾砲は対艦、対建築物や車両への攻撃で威力を発揮しますし、弾道が直進するので戦闘機相手にもでも充分使えます。武装バリエーションとして、光弾砲4門型も計画されているとか……」
爆弾搭載力は、F4Uコルセアには劣りますが、と源田は言った。聞いていた青木にはすっかりその熱が伝わった。
「烈風か。早く機動艦隊にも配備されないものか。待ちに待った新型戦闘機だ。楽しみだ」
源田共々喜ぶ青木だったが、神明はすっと視線逸らした。そして樋端は、それを見逃さなかった。
「……何か? 気になることでもありますか?」
「気になるというか――」
視線をF4UとF6Fに向ける。
「源田は、試製烈風にお熱のようだが、この米国機に軽量化処理を施したら、烈風が霞んでしまわないか、それが心配でな」
「あー……」
せっかく国産新型戦闘機に興奮しているところに、冷や水を浴びせることになるのでは、と神明は心配したのである。
「まあ、黒島さんに『やれ』、と言われたから、やるんだけどな」
軍令部第二部長の相談、というか要請は、F6F、F4Uの軽量化による性能変化の確認と試験。せっかくの手元にあるものを無駄なく使おうという、日本のもったいない精神の発露である。
・ ・ ・
翌日、九頭島へ運び込まれたF4UコルセアとF6Fヘルキャットは、武本重工業の航空開発部門によって、早速、軽量化改造が施された。
七航戦の戦爆乗りの宮内桜大尉、大和航空隊の須賀義二郎大尉が呼ばれ、軽量化米国製戦闘機の飛行試験と検証が行われた。
「早っ、とにかく早っ!」
宮内は、1トン以上軽くなったF4Uは、最高時速700キロを超えた。F6Fも最高時速650キロ前後と、異世界帝国のエントマほどではないが、零戦五三型を引き離す性能を見せた。
「見た目が酷く重そうなのに、操縦桿がかなり軽く、運動性もいいですね。扱いやすい」
須賀はF6Fをそう評した。
しかし、F4Uに乗った宮内は――
「使いづらっ! しかも何、座席低くて外が見にくくていけねえ!」
日本人女性には、コルセアのコクピットは合わなさ過ぎた。F6Fに乗った須賀は、後方視界の悪さを指摘した。
「装甲板が入っているんでしょうけど、旋回しないと後ろが見えないです」
後方確認は、僚機の助けが必要――そこからF6Fヘルキャットは、複数機の連携運用が基本になると考えられた。
カタログスペックとして見る分には、新型戦闘機としての採用も充分あり。F4Uは強力かつ高速であり、F6Fは経験の浅いパイロットにも扱いやすい点が認められた。ただし日本人の規格に合うように調整、改修が必要という結論が出た。
何度か試験を行った後、神明は報告書を軍令部と連合艦隊司令部に送りつけるのだった。
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