第282話、性能と運用できるかは別問題


 アメリカから送られた艦上戦闘機、F4UコルセアとF6Fヘルキャット。これらを見ながら、樋端は言った。


「正直、このままだと重すぎて、空母での運用は限られるのでは?」

「……難しいですね」


 源田は首を傾けた。


「いい機体ではあるのですが、空母に載せるとなると、着艦に些か問題があります」

「両機とも4トンはあって、全部の装備をひっくるめて5トン半くらい」


 青木が思案する。


「発艦は魔式カタパルトがあるので問題ないとして、着艦が問題ですね。呉式は最大重量4トンの航空機まで。新型の三式は6トンまで……装備している空母は――」

「今回の内地帰還で、第一機動艦隊所属の空母は、すべて三式制動装置に換装されている」


 神明は答えた。つまり、大鶴型、翠鷹型、翔鶴型、白鷹型、瑞龍型潜水型空母などは、新型の三式制動装置を装備しているため、F4U、F6F双方の着艦に対応している。


「だが、それ以外の空母では、現状では着艦に耐えられない」

「エレベーターの方はどうです?」


 青木は、アメリカ機を見た。


「ずいぶんとズングリしていますが、エレベーターに収まりますかね……?」


 空母は格納庫と飛行甲板を行き来するためにエレベーターを用いる。当然、そのサイズをオーバーする航空機は、使用できない。

 格納庫の面積もあるから、艦載機は小型に作ろうというのは昔から言われているが、それでは陸上機に性能で劣る場合が多いため、昨今、機体は大型化しつつある。


「そこはアメリカさんも、空母運用を前提の艦載機で作っていますから」


 源田が説明した。


「F4Uが、縦10.16メートル、横12.5メートル。F6Fは縦10.24、横13メートル。ただし両方とも翼が折りたためるので、前者が5.19、後者が

4.93メートルになります」

「4.93! 2機同時にエレベーターに載りそうだ!」


 青木が声を上げた。樋端がF4Uコルセアを見る。


「印象より小さいですね。もっと大きいイメージがありますが」

「サイズで引っかかりそうなものはない、ということか」


 F4U、F6F共に翼を畳んだ状態で運用すればいいのだから、空母のエレベーターなどの改装をしなくても使える。

 もちろん、着艦制動装置が新式の三式ではなく、従来の呉式四型のままの空母では、着艦不可のため、無理ではあるが。


「まあ、F4Uは着艦にやや問題があるので、飛行甲板の狭い軽空母では、もともと使えないと思います」


 実機を飛ばした源田はそう評した。エンジンからコクピットまでが長く、そのせいで着艦時に重要である前方下方がやや見難いのだ。


「特にアメリカ人サイズで作られているせいか、コクピットが広いんですが、おかげで座席の高さがどうにも……。そこを改善すれば、たぶん前方下方視界の問題もマシになると思います」


 東洋人と西洋人の体格差も、着艦しやすさに影響している。そう聞いて、樋端が自身の頭を撫でた。


「そうなると、せっかくのアメリカ製戦闘機は、陸上基地に配備ということになるか」


 陸上の飛行場ならば、滑走路が長いために制動装置は必要ない。源田は頷いた。


「日本機に比べて大きく折りたためるので、空母にたくさん載せられるのが長所ですね。なので積極的に運用したいところではあります。機体も頑丈ですし、何より扱いやすい」


 そこで源田は皮肉げな顔になった。


「実は、アメリカさんから機体の運用や操縦の手引き書もついていたんですが、これがまあ、絵ばかりで。日本人を馬鹿にしているのか、と思ったんですが、これを見ながらやってみるとまあ、わかりやすい。整備の者たちに聞いたら、好評のようでした」

「日本人は、やたらと難しい言葉を使いたがるからな」


 神明がそう言ったせいか、青木も苦笑した。


「何事も難しい用語を使ってますよね。読む方も結構面倒な……。もう少しわかりやすく書いてくれればいいのに、と思うこともしばしばあります」

「なまじ日本人は、識字率が高いからな。そもそも、文字が読めない奴が軍隊にはいないという前提がある」


 基本は海軍は、陸軍より学力が高めである。だったらわかるだろ、と妙なところで学をひけらかしたがるのは、役所も軍隊も同じである。


「……第一機動艦隊の空母は、この米軍機も対応できる」


 神明は発言した。


「ただ、搭乗員たちは零戦五三型で、いま練成を進めている。ここにきて、コルセアなりヘルキャットなり寄越されても、搭乗員がまた一からやり直しだ」

「第一機動艦隊参謀長としては、練度の面から反対ですか」


 樋端が見れば、神明は片眉を動かした。


「日米合同のハワイ攻略戦が、近いのだろう? 連合艦隊司令部としては、せっかくの一機艦の搭乗員たちの練度をリセットして鍛え直す猶予があると考えるか?」

「……ないですね、おそらく」


 樋端は視線を、F6Fへと向けた。


「アメリカさんの都合もありますから」

「機体の補充という面なら、我々より第二機動艦隊の方では?」


 青木が言えば、樋端は口元を引くつかせた。


「しかし、二機艦の空母は、米機運用が無理だろう。いや、補充時に改装をすれば問題ないか。搭乗員が新機体に慣れる余裕があるか、という問題があるが」

「性能自体は悪くないですよ」


 源田が口を挟んだ。


「F6Fは最高時速610キロくらいは出るので五三型より若干優速です。F4Uにいたっては、670キロは出るので、エントマとかいう異世界帝国の高速機とも互角のスピードで立ち回れます」

「670か……」

「確かにそれだけの速度が出せる機体があれば頼もしいですが……」


 青木はそこで眉をひそめた。


「着艦が難しいんだよな、F4Uは」

「ここに来る前――」


 神明は言った。


「軍令部第一部長と第二部長に話したんだがな、そこでとある相談を受けた」

「相談、ですか?」


 樋端が興味を持つ。


「この重量機を軽量化処理したら、制動装置の工事をしなくても、積めるのではないか……とまあ、実にシンプルな話だよ」


 つまり流星艦上攻撃機の時と同じだ。魔技研の軽量化魔法処理で、無理矢理軽くして、空母で運用できる重量にしてしまおうという話である。


「結局改修が必要ではあるがな。ただ、アメリカ製2000馬力エンジンを搭載した軽量機が、どれくらいのスピードアップするか、興味はあるがね」


 次期主力艦上戦闘機、それがいつ実戦配備されるかわからない。その繋ぎとして、この米機改修型を機動艦隊で運用するのは、可能性としては充分あった。


「そういえば、次期主力艦上戦闘機は、どうなっているんだ?」

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