第281話、F4UとF6F


 軍令部での黒島第二部長から相談を持ち掛けられた神明第一機動艦隊参謀長は、翌日には横須賀鎮守府管轄下の海軍航空技術廠にいた。


「神明参謀長」

「青木。貴様も来ていたか」


 第一機動艦隊航空参謀の青木 武中佐が頷いた。


「我々第一機動艦隊にも、配属の可能性があるというので、小沢長官から見てこいと言われまして」

「私もつい先日知った」


 神明は顔を上げた。あまり聞き慣れない発動機を唸らせて、単発航空機が飛んでいる。


 奇妙な機体だった。エンジン部が異様に長く、しかも翼はカモメの羽を反対にしたような形――いわゆる逆ガル翼である。

 流星艦上攻撃機も逆ガル翼ではあるが、どうにも鼻が長いせいで違和感を感じる。


「あ、神明少将」


 同じように航空機を見上げていた将校が、神明に気づいた。

 連合艦隊司令部航空参謀の樋端 久利雄中佐だった。先日のマーシャル諸島へお出かけした際、連合艦隊司令部が同行し、そこで急増作戦の詳細詰めを手伝った仲である。


「樋端」


 青木が声を掛けると、樋端も頷きで返した。二人は海軍兵学校51期の同期である。なお樋端は255人中の1番で卒業している。青木は255人中の121番だ。


「連合艦隊司令部の航空参謀が、ここで何を?」

「アメリカさんの戦闘機の視察」


 再び視線を転じると、例の逆ガル翼の単発機が滑走路に下りてくるところだった。神明、樋端、青木が見つめる中、機体はスマートに着陸する。


「へぇ、見事なものだ」


 樋端が呟けば、青木は口を開いた。


「操縦席が後ろ過ぎるな。あれでは空母に下りるのは難しそうだ……」


 確かに――神明は思った。空母という限られたスペースに着艦しなければいけない時、搭乗員にとって大事なのは前方下方の視界だ。

 逆ガル翼で、微妙に視界貢献はしているものの、機首が長いためにそれがマイナスである。長い滑走路が使える陸上機ならともかく、艦上機としては、搭乗員からは不評だろう。


 機体が止まり、整備員が駆けつける中、搭乗員がコクピットから姿を表すと、こちらに気づいて手を振った。


「源田中佐です」


 樋端がボソリと言った。

 海軍兵学校52期。生粋の戦闘機パイロットにして、かつては源田サーカスとも称された曲芸飛行技術の持ち主。開戦時、第一航空艦隊で、南雲中将の下で航空参謀だった源田実中佐である。


「自分で操縦桿を握るのか」

「飛ぶのが好きな奴ですからね」


 青木が目を細める。樋端が言った。


「より正確に言えば、戦闘機乗りですから。戦闘機と聞けば、自分で動かさないと気が済まないんでしょう」


 それが源田実という男である。飛行服姿だと、より精悍に見え、気の強い戦闘機乗りらしいふてぶてしさを感じさせる。――ああいう格好のよさは、子供がパイロットに憧れる一因なのだろう。



  ・  ・  ・



 やがて、着替えた源田と合流した神明たちは、実機を前に話を聞く。


「軍令部第一課としても、どんなものか把握しようと思いまして」


 ここでは一番後輩である源田は言った。彼は今、軍令部第一部第一課員である。海軍における作戦と編成を考える部署である。


「実機を飛ばせとは言われていないだろう?」


 神明が言えば、源田は微笑した。


「やはりパイロットですから。乗ってみないと作戦の参考にならない」

「で、どうだった? 実機は?」

「アメリカさんはいい機体を作りました。そら恐ろしいほどに」


 微笑が苦笑に変わる源田である。


「異世界帝国がいなければ、対米戦もあったかもしれないと思うと、こんな機体と戦うことになっていたかもしれない――」


 振り返り、アメリカから輸入された戦闘機を見やる。

 そこには2機、それぞれ別の機体が駐機されている。1機は、先ほど源田が飛ばしていた逆ガル翼。もう1機は無骨としかいいようがない、ビア樽のように太い胴体を持つ。これを見ると日本機はスマートに見えて、これほどの太ましさは攻撃機かと勘違いしそうだ。


「ヴォートF4Uコルセア、そしてグラマンF6Fヘルキャット」


 前者が逆ガル、後者がビア樽機だ。


「どちらもR-2800ダブルワスプ、2000馬力エンジンを搭載したアメリカ海軍の戦闘機になります」


 これが米海軍が今使っている主力艦上戦闘機である。……そう、これは戦闘機である。

 対異世界帝国との日米同盟の一環として、米国からレンドリースされた兵器である。


「ずいぶんと重そうだ」


 青木が、戦闘機らしからぬ重々しさを感じるアメリカ機を見れば、源田はさらに苦笑した。


「かなりのヘビー級ですよ。どちらも4トン近く、フルでいけば5トン半くらいになります」

「攻撃機か!」


 青木が声をあげれば、樋端は考える仕草をする。


「これ、艦上戦闘機なんだよね、源田君」

「そうです。爆弾が積めますが、艦上戦闘機です」


 自信ありげに、源田は頷いた。


 ――そういえば、源田は単座の急降下爆撃機の研究者だったな。


 先任から引き継いだという話だが、元々は戦闘機と艦爆を合わせたような運用法を熱心に説いていた。爆撃後は戦闘機としても使える、いわゆる戦闘爆撃機の構想だ。


 爆弾が積める戦闘機――重装備で1トン以上増えるというのは、要するにそれなりに爆弾搭載量があるということだから、源田が兼ねてより発言していた戦闘爆撃機としての適性を認めているということだろう。


「実際どうなの? やっぱり、重い?」

「零戦と比べてしまうと、そう感じます。特に低速運動性では零戦がずば抜けています。ただ高速度での運動性となると、この見た目でかなりいいですよ。コルセアもヘルキャットも、零戦とさほど変わらないくらいに」

「そんなにか!」


 青木は先ほどから驚いてばかりである。いや、神明と樋端が反応が薄いせいかもしれない。


「外見からすると、零戦並みには見えないのだが」

「ええ、この見た目の重さの割に運動性もいいとか。やはり大馬力のエンジンが、防弾装備込みで、零戦以上の速度を叩き出す原動力になっています」

「源田君は、防弾装備を積め派のパイロットだっけ?」


 樋端が聞けば、源田は頷いた。


「防弾装備は必須と考えます。零戦の時は、性能のために妥協されてしまいましたが、イギリスとドイツの大空中戦――バトル・オブ・ブリテンを見てきましたから」


 自身もパイロットであるだけに、そのパイロット保護に熱心である源田。一方で、パイロットながら、防弾が重いからと外したがる者も多いと聞く。ここまでの戦いで、搭乗員たちの被害を見れば、どちらが正しかったかなど、言うまでもないだろう。


「でも、これ使えるの?」


 樋端は言った。


「空母で使う艦上機としては、さ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・F4U-1コルセア

乗員:1名

全長:10.16メートル

全幅:12.49メートル

自重:4074キログラム(空虚重量)

発動機:プラット&ホイットニーR-2800-8/8W

速度:671キロメートル

航続距離:2680キロメートル(タンク付)

武装:12.7ミリ機関銃×6 他爆弾装備可能

その他:アメリカ海軍の高速戦闘機。当初はF4Fワイルドキャット(正確にはF2Aバッファロー以降)の後継機として開発された艦上戦闘機だったが、性能はよかったものの、その独特な機体形状と相まって着艦が難しく、艦上機として不適格とされた。当面は海兵隊で使用されたが、のちに改良と運用方法の構築により空母艦上機として使用されるようになった。


・F6Fヘルキャット

乗員:1名

全長:10.24メートル

全幅:13.06メートル

自重:4176キログラム(空虚重量)

発動機:プラット&ホイットニーR-2800-10W

速度:599キロメートル

航続距離:2157キロメートル(タンク付き)

武装:12.7ミリ機関銃×6 他爆装ほか、魚雷装備可能

その他:アメリカ海軍の艦上戦闘機。グラマン社によるF4Fワイルドキャットの後継機として開発された。特筆すべき機構は盛り込まれず、堅実に設計された機体ゆえ、高性能を目指したF4Uコルセアに比べてトラブルも少なく、主力艦上戦闘機の座につくことになる。頑丈かつ、扱いやすい操縦性で、見た目に反して高速時の運動性は高い。

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