第222話、第一群を狙う刺客
サウルー中将が困惑した日本軍の航空機は、二式水上偵察機と護衛の一式水上戦闘機だった。
もちろん、ムンドゥス帝国艦のレーダーで機種までは特定はできない。
だが驚くのはこれからだった。見張り員と水上レーダーが、その存在を発見したからだ。
「敵と思われる大型艦、接近中! その数1」
「たった1隻……」
サウルーも双眼鏡を使い、それを見ようとする。敵機動部隊のいる方向から向かってきた敵艦。前方警戒艦だろうか。しかし――
「大きい。……戦艦だぞ」
現れた1隻は、明らかにムンドゥス帝国でも主力であるオリクト級以上の巨艦のようだった。距離が遠いのにそれがわかるということは。
「もしや、ヤマトとかいうやつか……!」
日本海軍最大最強と噂された戦艦であり、メギストス級大型戦艦に匹敵すると言われる。世界最大の46センチ主砲を搭載するそれは、サウルーの旗艦である戦艦『ヴァリアント』など軽く凌駕する。
6万5000トン級の大戦艦相手に、3万2700トンのクイーン・エリザベス級戦艦では、2隻でかかっても苦戦は必至だ。
「1隻で充分ということか」
日本海軍が、ヤマトをインド洋に送ってくるとは思わなかった。しかし、護衛を引き連れないというのは、さすがに慢心ではないか。
確かにこちらの38.1センチ砲では、ヤマトのバイタルパートを貫通するのはよほど近づかねば無理だろう。そしてその距離では、46センチ砲の1発でも被弾すればクイーン・エリザベス級では致命傷になりかねない。
――だが敵の装甲は抜けずとも、命中させれば敵の測距装置やレーダーにダメージを与えられるかもしれない。
機器の故障に追い込めば、いかに格上の大砲でもそうそう当たらない。当たらなければ、どうということはない。
「増速! 正面の敵へ砲撃戦を仕掛ける!」
サウルーは決断する。ペルノ参謀長が驚いた。
「戦うのですか!?」
「向こうは1隻。こちらは艦隊一丸となって戦う!」
戦艦2隻が、敵ヤマトと撃ち合っている間に、軽巡『サウサンプトン』『グラスゴー』、駆逐艦3隻が距離を詰めて、雷撃を仕掛ける! たとえ砲戦で圧倒的に不利でも、戦艦だけしか対抗できないわけではない。
「単艦でのこのこやってきた迂闊さを、後悔させてやる」
速度24ノットに増速する『ヴァリアント』と『クイーン・エリザベス』。軽巡洋艦2隻は32ノット、駆逐艦3隻は36ノットと、それぞれ最大速度に近い速さを発揮して、大和型へと距離を詰める。
その時、遠方から豪砲が轟いた。発砲煙――大和型が46センチ砲を撃ったのだ。クイーン・エリザベス級の射程外からの攻撃。
数十秒後、飛来した砲弾が海面を割り、水柱を跳ね上げた。直撃はしなかった。外れた。しかし至近弾。何という大きな水柱だ。噴き上がった海水が、『ヴァリアント』の甲板に降りかかる。サウルーは驚きを噛み殺し、水平線を睨む。
――これが46センチ砲か……!
そして凶報が舞い込んだ。
「艦隊右舷方向に、敵艦出現!」
「なにっ!?」
艦長ともども、サウルーも驚く。
「突然、艦影が現れました。数は3! 戦艦級! 距離1万5000!」
1万5000! そんな近くにいて、これまで気づかなかったというのか?
「どこから現れたのだ?」
右舷方向に双眼鏡を向ける。現れたのは、今砲撃を送り出してきたヤマト型によく似た――というより、瓜二つの艦。
「ヤマトがもう1隻!? いや後ろの2隻も!」
ヤマト型が4隻!――もちろん、これはサウルーの誤認だ。
艦橋や上部構造物が大和型に似ていて、主砲配置も同じような位置にあるために錯覚したのだ。よく見れば、後続の2隻は大和型がより小さい。
現れたのは、第二戦隊の『大和』と僚艦の『美濃』『和泉』だった。
・ ・ ・
戦艦『武蔵』が、単艦でサウルー艦隊の注意を引いている頃、潜水行動で距離を詰めていた『大和』『美濃』『和泉』。
『武蔵』の砲撃が始まり、敵が46センチ砲の水柱に囲まれている時、海中の三隻は浮上を開始。敵と同航しつつ、左舷に向けた主砲は、すでに微調整を残すのみの状態だった。
しかし、いかに敵の注意が別方向に向いているとはいえ、戦艦が浮上すればすぐに発見される。
だが敵がリアクションを起こすまでのわずかな隙をついて、先制かつ致命的な一撃を与えればよい。
そして1万5000メートルという距離は、大和型の46センチ砲、美濃型の41センチ砲にとって、敵戦艦に重大な一撃を与えるに充分だった。
第二戦隊司令官の武本中将は、命令を発する。
「目標、敵戦艦! 撃ち方始めぇ!」
敵戦艦――箱形艦橋で、新型戦艦のように見える旧型戦艦、クイーン・エリザベス級に向けて、46センチ砲弾、41センチ砲弾が襲いかかった。
『大和』の射撃管制を司る正木初子は、これまで多くの敵戦艦を葬ってきた。彼女の誘導により、3隻の戦艦の砲弾27発は収束し、クイーン・エリザベス級戦艦のバイタルパートを貫通、爆発した。
まるで戦艦が爆弾と化したのかと錯覚するほどの破壊と衝撃だった。全長195メートル、3万トンの巨艦『ヴァリアント』『クイーン・エリザベス』は、あっという間に海上からその原型を消滅させた。
おそらく乗艦していた異世界人たちにとっては、痛みを感じた瞬間には死が訪れていただろう。それほど一瞬の出来事。轟沈というには手緩いほどの四散であった。
攻撃側は知らないが、東洋艦隊司令長官であるサウルー中将は、艦と共に戦死した。
残る軽巡洋艦2隻と駆逐艦3隻は、旗艦が一撃で粉砕され混乱した。このまま突撃するのか、それとも間をぬって離脱するのか――
しかし、彼らは逃走できなかった。第二戦隊と行動を共にしていた第七水雷戦隊が、海上に現れたのだ。
軽巡洋艦『水無瀬』に率いられた駆逐艦8隻が水面を割って雷撃。『氷雨』『早雨』『白雨』『霧雨』『海霧』『山霧』『谷霧』『大霧』からの誘導魚雷により、『サウサンプトン』『グラスゴー』、そして駆逐艦3隻は撃沈された。
また、大破し脱落していた第一群残存艦も、第一機動艦隊に配備されている伊号――マ号潜水艦隊によってトドメを刺されて全滅した。
東洋艦隊第二群に続き、第一群もまた全滅したのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・大和型戦艦改二:『武蔵』
基準排水量:6万4000トン
全長:263メートル
全幅:38.9メートル
出力:魔式機関16万馬力
速力:29.6ノット
兵装:45口径46センチ三連装砲×3 60口径15.5センチ三連装砲×2
50口径12.7センチ連装高角砲×12 8センチ単装光弾砲×12
20ミリ連装機関砲×34 十二連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1
四連装対艦誘導弾発射管×2 対空誘導噴進弾発射機×2
誘導機雷×30 対潜短魚雷投下機×2
航空兵装:カタパルト×8(格納庫収納×6)、艦載機最大10(または特殊艦載艇8)
姉妹艦:『大和』
その他:日本海軍の大和型超弩級戦艦の二番艦。中部太平洋海戦で大破し、修理の際に『大和』同様の潜水戦艦に大改装された。
・クイーン・エリザベス級戦艦:『ヴァリアント』
基準排水量:2万7500トン
全長:195.3メートル
全幅:31.7メートル
出力:5万6500馬力
速力:24ノット
兵装:42口径38.1センチ連装砲×4 45口径11.4センチ連装高角砲×10
2ポンド8連装ポンポン砲×4 20ミリ連装機銃×6 20ミリ単装機銃×24
航空兵装:――
姉妹艦:『クイーン・エリザベス』『ウォースパイト』『バーラム』『マレーヤ』
その他:英国海軍の超弩級戦艦。第一次世界大戦参戦の古参であるが、当時は高速戦艦として主力の一角を担った。異世界帝国との交戦により撃沈され、鹵獲、再利用される。
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