第4話、トラック沖海戦2


「第一次攻撃隊が壊滅……!?」


 連合艦隊司令長官、山本五十六大将は思わず言葉を失った。


「はっ、空母『赤城』からの報告では、続いて放った第二次攻撃隊も、多数の敵機に阻まれ、大損害を受けたようです」

「空母は無事なのか? 第一航空艦隊は?」


 山本が問えば、報告を持ってきた通信士官は頷いた。


「はっ、現在のところ、敵の攻撃は受けておりません!」


 敵は、まだこちらを発見していないのか――考える山本に、黒島先任参謀が言った。


「新たに張り付いた偵察機によれば、敵艦隊は、第一航空艦隊の方向へ増速をかけております。艦載機を喪失した空母部隊は、後退させるべきかと」

「このまま進ませるのも無意味だな」


 貴重な空母を無為に失うわけにもいかない。山本が頷きかけた時、航空参謀の佐々木彰中佐が発言した。


「下げるのは賛成ですが、完全に離脱させるのではなく、我が艦隊の後方に待機させてはいかがでしょうか?」


 参謀たちの間に緊張が走る。多数の航空機を喪失した機動部隊を、戦場に残して何の役に立つというのか?


「敵の損害は不明ですが、仮に空母5隻が健在ならば、その艦載機がこちらを攻撃してくるでしょう。第一航空艦隊にはまだ空中直掩の戦闘機が残っておりますし、我が艦隊の援護ができるように待機させておくべきかと」


 現在、第一艦隊には、三航戦の軽空母「鳳翔」と「瑞鳳」があり、第二艦隊には、四航戦の「龍驤」「祥鳳」2隻の軽空母がついている。


 それらの戦闘機が、艦隊の防空を担うが、それぞれ比較的小型ということもあり、艦載機の数が充分とは言い難かった。


「我々はトラックを守らなくてはならない」


 宇垣は言った。


「機動部隊が頼りにできなくなったとしても、敵が迫っている以上、これを阻止しなくてはならない」


 第一、第二艦隊で、敵艦隊に昼戦を仕掛け、撃滅する。


「では……」


 佐々木が言いかけるのを、宇垣は制した。


「いや、第一航空艦隊は離脱させるべきだ。下手に戦闘海域の近いところに置くのは危険だ」

「しかし、参謀長――」

「貴様は、敵艦載機の航続距離を把握しているのか?」


 宇垣はきっぱりと告げた。


「どこまで下げれば安全か、その目安すらないのだぞ」

「確かに、敵艦載機の航続距離は不明ですが……」


 佐々木は言い返した。


「今回の戦いは、異世界帝国との決戦であります! 必ず勝たねばなりません。そんな大事において、劣勢とはいえまだ戦力があるならば、活用すべきと愚考します!」

「佐々木航空参謀の言うとおりです」


 三和作戦参謀が頷いた。


「我々には、すでに航空攻撃が不可能な状況です。もはや、敵に対して艦隊でぶつかるしかありません。そこを航空攻撃にさらされては、我が海軍が米太平洋艦隊との戦いに備えて計画していた漸減作戦を逆に仕掛けられてしまうかもしれない……。戦闘機しか残っていない第一航空艦隊でも、上空援護は可能なはずです」


 三和は、視線を宇垣から、山本へと向けた。参謀たちも長官へと顔を向ける。


「……わかった。第一航空艦隊は、第一艦隊の後方へ待避。しかしいつでも戦闘機による支援が可能なように待機させるよう伝えよ」


 山本は静かに決断を下した。


「第一、第二艦隊は、接近しつつある敵艦隊を迎え撃つ!」


 連合艦隊の艨艟は征く。白波を砕き、先頭を行くは、第一戦隊の戦艦『大和』『長門』『陸奥』。その後ろに『伊勢』『日向』『山城』『扶桑』が続き、青葉型・古鷹型重巡洋艦の第六戦隊、第九戦隊の軽巡洋艦『大井』『北上』が続く。


 戦艦の列の左右には、それぞれ第一水雷戦隊、第三水雷戦隊が、軽巡を先頭に駆逐艦が並んでついてきている。


 さらに、第一戦隊の南10キロを、近藤信竹中将の第二艦隊が併走している。高雄型をはじめとした11隻の重巡と金剛型戦艦2隻を含む艦隊だ。


 そこへ後退する第一航空艦隊から、護衛についていた金剛型の残る2隻も第二艦隊に合流を果たす。


 連合艦隊は、異世界帝国艦隊の姿を求め、東進した。そして、艦隊決戦の時は来た――



  ・  ・  ・



「敵艦隊、10隻ずつ横陣を組んで、直進中!」

「取り舵、右砲戦用意!」


 戦艦『大和』の司令塔ならびに艦橋は、緊張感が漲る。ついに、異世界帝国こと、ムンドゥス帝国の艦隊と、連合艦隊は接触したのだ。


「取り舵六〇、右砲戦よーい!」

「とーりかーじ!」


 数十秒後、6万トンを超える巨艦が震えて、艦首を左へと振った。それに合わせて、旗艦に後続する『長門』『陸奥』も、その航跡を追うように転舵する。


 そして『大和』では、その世界最大の戦艦主砲である45口径46センチ三連装砲が、重々しく右方向へと旋回を始める。


 司令塔では、山本をはじめ、参謀たちが双眼鏡を手に、敵艦隊を見やる。


「真っ直ぐ、突っ込んでくるな」

「同航しないつもりか……?」

「どうやら、異世界帝国は、東郷元帥の編み出した丁字戦法を知らぬらしいな」


 参謀たちの反応はさまざまだ。宇垣は双眼鏡を覗き込む。


 敵艦隊の中央を行く戦艦は、なるほど大型戦艦だ。大きさは大和型に匹敵か、それ以上ではないか……?


 そしてその周りを固める敵戦艦。


 まず目につくのは、塔のようにそびえる二つの艦橋だろうか。日本戦艦も、その艦橋が塔のようだと評されているようだが、異世界帝国の戦艦の艦橋も負けず劣らず高い。


 次に目につくのは、主砲配置。超弩級戦艦時代に入り、主砲は艦の中心線上に配置されるのが基本となったが、異世界帝国の戦艦は、大型戦艦こそ中心線上だが、それ以外の戦艦は、前弩級戦艦以前のスタイルである、両舷にも主砲を置いているようだった。


 ――これは、ひょっとして……。


 宇垣は気づいた。


 中心線上に主砲を配置に戦艦は、敵に船体の横を向けている時に全砲門を向けることができる。その時が最大火力が発揮されるのだ。


 だが、異世界帝国の戦艦は、正面を向いている時のほうが火力が高いのではないか。


「これは、常識を鵜呑みにすると危ないかもしれん……」


 その間にも、刻々と砲撃準備が進められる。敵艦隊の針路、速度、その他諸々の情報が集められ、世界最大の主砲が火を噴く瞬間が迫っていた。


『目標、敵大型戦艦、砲撃準備よし! いつでも行けます!』

「撃ち方始め!」


 山本の命令が発せられた。復唱、そしてついに46センチ三連装砲が轟音と共に火を噴いた。


 1942年4月11日。トラック沖にて、日本海軍とムンドゥス帝国の主力艦隊同士が激突した。

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