第66話、ピンチヒッター


 連合艦隊は、南方作戦に全力を尽くすべし。


 大本営ならびに、軍令部は、そう望んでいた。


 連合艦隊司令長官、山本五十六大将も、南方に全力を向けてよいのであれば、とその方向で作戦を修正した。


 陸軍の、南方作戦と同時進行で実施されるタイ・仏印南部上陸作戦の実行日時の都合上、第三艦隊を、トラックやハワイへ送っている余裕がないというのが、もっとも大きな理由ではあるが。


 持久態勢の確立。異世界帝国との戦いのためにも、継戦能力が必要なのだ。


 しかし、連合艦隊は中部太平洋の敵艦隊が、南方作戦の妨害、友軍支援に動く可能性も考慮していた。


 故に、第三艦隊司令部で検討されていた『フィリピンに駐留している敵東洋艦隊を、大航空隊の一撃を以て、撃滅し、南方作戦の最大の障害を排除』案を中心に、艦隊行動を策定した。


 トラックもしくはハワイの艦隊が、日本本土へ攻撃するのでは、という危惧はあった。しかし、仮にそれが動くとしても、東南アジア一帯への救援の可能性が高いだろうと考えられた。


 が、ここにきて、軍令部の作戦課からひとつの案が提出された。


『南方作戦に先んじて、敵が航空基地を拡張、建設しているサイパン、テニアン、グアムを攻撃する』


 その意図は、連合艦隊の攻撃目標は、南方ではなく、中部太平洋であると敵に思わせ、初動対応を遅らせようというものだった。


 つまり、日本軍はトラックを奪回するのではないか、と思わせ、敵太平洋艦隊をそちらの防備に集中させる。


 その間に、南方作戦を進めて、もし敵太平洋艦隊が東南アジアへ救援にきたとしても、連合艦隊が迎撃態勢を整えるまでの時間を稼ぐことができるだろう、というものである。


 当初、山本長官が構想した、トラックないしハワイ空襲に近い案であるが、攻撃目標は、基地化を進めているマリアナ諸島であり、あくまで攻撃目標を誤認させる陽動であるとされた。


 この陽動には、空母を二、三隻を中心にした小規模機動部隊を充てるとされた。


 さて、この軍令部の追加に対して、連合艦隊、というより第三艦隊の小沢中将から、猛反対の声が上がった。


「敵東洋艦隊を一挙撃滅するために、第三艦隊は全航空隊を集中する必要がある。ここで一個航空戦隊が引き抜かれては、全戦力を投入する意味が薄れる」


 古来より、戦力の分散は愚策。戦力は集中させて効果が高まるのである。さらに言えば、この陽動部隊は、日程的に南方作戦に参加できたとしても、肝心の敵東洋艦隊撃滅作戦時に参加できないのがほぼ確定である、その点が小沢の反発に繋がった。


 連合艦隊としては、この軍令部の指導は、当初、構想していたトラック・ハワイ空襲作戦に比べて小規模で、マリアナ諸島止まりでは、中途半端感が拭えなかった。


 さらに南方作戦に全力投入してよいとお墨付きをもらった後での、一部部隊引き抜きはどうなのかと意見が上がった。


 これを受けて、軍令部はあっさりと陽動案を収めた。作戦第一課の富岡課長は、連合艦隊司令部の参謀たちの前で告げた。


「わかりました。では、この作戦は、連合艦隊の戦力は使わず、軍令部の管轄で行うものとします」


 これは第九艦隊を使うつもりだな――会議に参加していた宇垣ら、連合艦隊参謀陣は察した。


 富岡課長の後ろに控えていた神重徳大佐を見て、宇垣は確信した。魔技研に頼るつもりなのだ。


 だが同時に、魔技研ならば上手くやってくれる気はした。トラック沖海戦の後の撤退戦の活躍。主な戦力を提供した後の、セレター強襲作戦の成功。彼らには実績があるのだ。



  ・  ・  ・



「――と、言うわけで、作戦課としましては、神明大佐の第九艦隊に、マリアナ諸島の敵航空基地の空爆作戦を実施してもらいたいのです」


 神大佐は、九頭島司令部を訪れるなり、神明に立案された作戦案を提出した。


「――マリアナ諸島の基地化は憂慮すべき問題であり、ここを放置するは、日本本土、ひいては帝都への空襲を招く」

「はい」


 神妙な表情になる神。


 そういえば九頭島の航空工場には、魔式エンジンを搭載した高高度迎撃機の開発が進められていた。


 軍令部第三部によれば、アメリカもヨーロッパも、南半球から飛来する長距離爆撃機の空襲にさらされているという。


 この事実を以て、日本にもいずれ敵の重爆撃機が飛来すると簡単に想像できる。陸海軍ともに、この魔式局地戦闘機の高性能ぶりに歓喜、採用。その量産が進められているという。


 そんな高高度迎撃機を作らせていた神明である。九頭島根拠地のボスである彼が、重爆撃機の拠点への攻撃と聞いて乗り気になるのも、ある意味必然だったかもしれない。


「話はわかった。幸い、第九艦隊は、連合艦隊から何も言われていないから、南方作戦の外で活動が可能だ。だが問題がないわけではない」

「と、言いますと?」

「航空戦力が足りない」


 神明は、作戦案から顔を上げた。


「まず、第九艦隊の空母が、『翔竜』しかない」


 艦隊が唯一保有する航空母艦。元はカイザー級戦艦を改修したもので、魔法装備の実験艦として作られた。他のドイツ巡洋戦艦改装の空母のように、大幅な船体延長をされていないため、その搭載数は40機ほどに留まる。


「『鰤谷ぶりたに丸』は使えないのですか?」


 神は問うた。特務艦『鰤谷丸』は、強襲揚陸艦であり、輸送艦であり、空母でもある。特に二層の格納庫があるため、航空機運用に特化させれば、正規空母並の70機程度を搭載できた。


 神は魔技研の資料を読み込み、『鰤谷丸』を空母として使おうと考えていたのだが。


「『鰤谷丸』は、陸軍の要請で南方作戦に用いられる」

「陸軍……?」


 驚く神。神明は続けた。


「南方作戦に新型の重戦車を使うんだがな。それを運べるフネがないらしくてな。セレターの時の借りもあるし、そのお返しにな」


 セレター強襲作戦の借り――陸軍の特殊大隊が参加し、英艦艇奪取のために協力してくれた。それを出されると、直接見ていないが現地にいた神は何も言えなくなる。


「では、空母は一隻のみ、と」

「多少無理をすれば、増やせる」

「え……? 増やす、とは?」

「九頭島のドックで、『インドミタブル』を修理している。あれを優先させれば、まあ数日中に何とかなるだろう」


 元英空母『インドミタブル』。セレター強襲作戦で奪取し、その後イギリス政府から正式に日本に譲渡されたものだ。日本海軍の戦力となるべく、ドックで修理しているが、艦載機数では約50機がやっという……。


「間に合うのですか?」

「まあ、船というのは浮かぶものだ。それさえ問題なければ、航行中でも再生はできる」


 魔核があれば、と、神明は迷いなく言った。


「それと神大佐。連合艦隊が保有している空母を回してもらいたい」

「連合艦隊ですか……」


 神は苦い顔になる。そもそも、この作戦を提案した時の連合艦隊側の反発を見ている。借りるのは無理だろう。


 しかし、神明の指名した艦は、神のまったく想定外のものだった。


「『春日丸かすがまる』と『八幡丸やわたまる』……あと、可能なら『鳳翔』だ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 春日丸と八幡丸:日本郵政が所有していた新田丸級貨客船を海軍が改修した特設航空母艦。のちの『大鷹』と『雲鷹』。すでに海軍にあったが、命名は昭和17年8月31日付け。

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