第67話、一回こっきりの無理を通す


 九頭島司令部にて、マリアナ諸島空襲作戦を打ち明けた神大佐は、第九艦隊の神明大佐に、航空戦力が足りないから、連合艦隊より空母を借りてくるよう要望を返された。


 連合艦隊、特に現地の第三艦隊が、南方作戦に集中したいから空母を出したくないと突っぱねるだろうと、予想がついた神だが、神明の指定した空母は、彼の予想を裏切った。


春日丸かすがまる』と『八幡丸やわたまる』、ですか」


 この二隻は、日本郵政が所有していた新田丸級貨客船を、戦争前に海軍が徴用、そして空母へと改装したものである。


 元々新田丸級は、日本政府の優秀船舶建造助成施設の適用で補助金を受け取って建造された。しかし、有事の際は徴用、改修することを前提の制度だったため、異世界帝国の登場により、海軍が買収、そして現在に至る。


 いや、しかし――神は何とも言えない顔になる。


「確かに空母ではありますが……使えるのですか?」


 この貨客船改装空母は、鈍足、飛行甲板が短いなどの要因もあって、航空機運用能力が高いとはいえない。その船体も、民間船舶としては大きいが、軍艦、特に空母として見ると小さいため、搭載数も二十数機程度。


 搭載数が少ない『インドミタブル』と比べても、その半分程度しかないのだ。


「使えなければ、指名するわけがないだろう?」


 さも当たり前のように言う神明である。


「それはそうですが……」

「『春日丸』はもちろんだが、『八幡丸』も先々月に空母の改装が終わっているはずだ」


 航空母艦、否、特設航空母艦の『春日丸』『八幡丸』は、連合艦隊付属である。つまり、空母部隊である第三艦隊の所属ではない。


 その扱いを巡って、小沢中将がとやかく言ってくる可能性はほぼない。そもそも艦隊型空母としては、色々不足していてむしろ足手纏いとなる。


 連合艦隊でも、航空機の輸送や訓練用空母として運用するしかないようなので、借りられる可能性は低くない。


「『八幡丸』は若干練度に不安はあるが、艦載機はどの道、九頭島の航空隊を使うから、よほどの大ポカをやらかさない限りは問題はないだろう」


 あくまで航空隊を運ぶキャリアーとして。この人は本気で、二線級空母を使うつもりだ――神は察した。


「わかりました。『春日丸』と『八幡丸』、あと可能なら練習空母の『鳳翔』ですね?」

「頼む。航空機と搭乗員は、九頭島の航空隊と、練成中の学生から成績優秀者を足して、こっちで全部揃える。連合艦隊には空母と、それを動かす乗員のみでいいと伝えてくれ」


 神明はそう言うと、自身のデスクから小冊子を取り出し、神に渡した。


「呉に行くまでに、読んでおけ。特設航空母艦の改装案というやつだ。あと連合艦隊司令部に言ったら、山本長官に、私がよろしく言っていたと伝えてくれ」

「は、はい……長官にですか?」


 要領を得ない顔になる神。神明は薄く笑った。


「ああ、それで伝わる」



  ・  ・  ・



 南方作戦発動を考えると、時間はさほどなかった。


 九頭島から本土に戻った神は、今度は広島県呉に飛び、連合艦隊司令部、その旗艦である戦艦『土佐』を訪れた。


 現場にとって忙しい時期に、軍令部の作戦課から人がやってくるのは嫌な予感しかしなかったのだろう。


 宇垣参謀長は顔にこそ出さないが、他の参謀たちは警戒感を露わにした。神とは同期の三和作戦参謀も渋い顔をしている。


 山本五十六大将と参謀たちと面談した神は、例のマリアナ諸島空襲作戦において進展がありますと告げた。


 そして空母を三隻借りたいと口にしたが、参謀たちの顔は一斉に険しくなった。その予想通りの反応に吹き出しそうになるのを堪えつつ、これ以上もったいぶったことをせず、本題を切り出した。


「特設空母と練習空母を、お借りしたい」


 山本も宇垣も、参謀たちもまったく想定していなかった要請だったのは、その顔を見ればわかった。神は、連合艦隊司令部の面々を驚かせられたことに気分がよくなった。


「あんな二線級の空母を実戦に使うというのか?」


 黒島先任参謀が眉をひそめた。


「いくらなんでも、あれで敵のいるマリアナへ行くと?」

「馬鹿な、困難だ!」

「囮にでも使うつもりなのか?」


 非難めいた口調で参謀たちは言った。


「確かに足が遅く、艦載機の数も少なく、運用も少々難しいですが……」


 神は平然と言った。


「しかし、第九艦隊は、特務艦を用いて、敵陣深くへ切り込み、さらに無傷で帰還したのをお忘れですか?」


 この使い難い小型空母を要望した第九艦隊は、実績があるのだ。参謀たちは口を閉ざす。宇垣が口を開いた。


「第三艦隊から主力の空母を引き抜かれるよりは、全然マシな話ではありますが……」

「うむ。南方作戦が終わるまでは、おそらく出番もないだろう特設空母だからな」


 山本は腕を組んで頷いた。本土に残しても、新人搭乗員の着艦訓練程度に使うしかない代物だ。航空機輸送も、まず飛行場が使えるようになってからである。いわば今の所、戦力外の空母の引き抜きである。


「神大佐。個人的な好奇心なのだが、神明大佐は、この特設空母をどう使うつもりか知っているのか?」

「はい、マリアナ諸島の敵航空基地の攻撃であります」


 いや、それは知っている――あの、最前線で使えない三拍子が揃っている小型空母を、どう運用するのかが知りたいのだ。


「こちら、神明大佐が、特設空母を使うにあたり、小改造を施す計画案でございます」


 神は、ここにくる前に神明から預かった改装案を提出した。山本は受け取ると、小冊子をめくる。参謀たちは内容が気になり、固唾を吞んで見守る。


「ほう……なるほど、魔式射出機を使うか」


 射出機――カタパルトである。神は首肯した。


「はい。特務艦『鰤谷ぶりたに丸が採用しているもので、魔力で航空機を飛行甲板から打ち出します。これを使えば、短い飛行甲板からでも、航空機が発艦するに充分な加速を与えられます」


 空母が低速で小型なのが困るのは、航空機が発艦に必要とする滑走距離である。飛び立つに充分な加速、揚力が得られないと、航空機は海ポチャである。空母が速ければ、その分強い風を受けることができ、滑走距離を短くすることも可能だが、低速だとそれが難しい。


 しかし、それを解決するのが、滑走距離を短縮するカタパルトである。


「魔技研が突貫で、魔式射出機を特設空母に装備致します。これで『春日丸』『八幡丸』は低速ではありますが、艦載機の同時発艦数が向上する算段となります」

「面白いね。うん、面白い」


 山本は小さく笑みを浮かべた。


「そうだな、射出機があるなら、あの特設空母にも載せるべきだった。了解した。二隻の特設空母、あと『鳳翔』も、第九艦隊に預けよう」

「ありがとうございます、長官」

「しかし、搭乗員と艦載機がないが、それはいいのかね?」

「はい。神明大佐は九頭島航空隊で賄えると言っておりました。ご心配は無用です」

「そうか」


 山本は静かに目を閉じた。


「神大佐。神明君に会ったら、期待していると伝えてくれ」

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