第68話、人事上の問題
連合艦隊から、特設空母二隻と小型空母『鳳翔』を借りられた。
それらは呉を、第二十九駆逐隊に護衛されて出発。なお、九頭島からマ-2号潜水艦と、駆潜艇『暁1号』――日露戦争時に沈没した暁型駆逐艦、初代『暁』を再生、改造したもの――が対潜援護に加わり、異世界帝国潜水艦を警戒した。
敵がマリアナ諸島を制圧した後、小笠原諸島方面に敵潜水艦が進出していた。それにより、輸送船や駆逐艦が雷撃を受ける事例が増えていたのだ。
三日後、特設空母『春日丸』『八幡丸』、空母『鳳翔』、二十九駆の駆逐艦『追風』『追風』『夕凪』は、無事、九頭島へ到着した。
到着すると、軍港内で工作艦『肥前』が、特設空母の改装工事を開始した。
この『肥前』は、日露戦争で回収、鹵獲された旧ロシア艦『レトヴィザン』である。実はアメリカ製だが、日本海軍は戦艦として使用。しかしワシントン軍縮条約後に廃艦となり、標的艦として沈没した。だが例によって、魔技研が回収し、工作艦へと生まれ変わったのである。
さて、改装工事の内容は、三隻の小型空母の飛行甲板に、魔式射出レールを設置するというもの。神明大佐曰く、機関も換装して速度を上げたいが、そこまでの時間的余裕はないので、最低限の工事のみとなる。
この魔式射出レールは、実験空母『翔竜』や、特務艦『
レールの上に真っ直ぐ航空機を乗せ、魔力によって加速、打ち出す代物である。このレールカタパルトは、特に専用の台などが不要で、伸ばせば伸ばした分、複数の機体を乗せることができる。
先述の『鰤谷丸』では、艦内の射出口から格納庫のほぼ奥までこのレールカタパルトが敷かれており、搭載機体を連続射出した。……このため、格納庫からの直接カタパルト使用の場合は、機体の配置にも注意が必要だったりする。もっとも、これは『鰤谷丸』に限る話だが。
閑話休題。『春日丸』『八幡丸』には飛行甲板に魔式射出レールを三本、『鳳翔』に一本が敷設された。
さらに、二隻の特設空母は、後回しにされていた魔法防御装置もついでに装備され、防御性能を向上させた(『鳳翔』は魔法防御のデモンストレーションのために、魔技研以外の日本海軍空母で、最初に装備していた)。
こうして、連合艦隊と陸軍による南方作戦準備と並行して、マリアナ諸島の異世界帝国飛行場を攻撃する準備にかかった第九艦隊だが、ここで人事面でちょっとした事件が起きていた。
第九艦隊の司令は、これまで神明大佐がこなしていたのだが、軍令部から新たな指揮官が臨時に送り込まれたのだ。
事の発端は、連合艦隊から借りた小型空母に突き当たる。
・ ・ ・
神明の要望を受けた軍令部作戦課員の神大佐は、連合艦隊司令部に赴き、山本五十六連合艦隊司令長官から、空母を借り受けた。
が、その後、軍令部に戻った神は、福留部長、富岡課長らからド叱られた。
「貴様は、何故軍令部を通さずに、勝手に連合艦隊からフネを引き抜いた!」
報告・連絡・相談。
今回のマリアナ諸島空襲作戦については、神大佐が中心に案をまとめた。それもあって、自分が主導して動かねばと思ったのか。
本来は所属している軍令部に報告し、正規の手続きを取るべきだったが、神のとった行動は、まさしく独断専行である。
この叱責は軍令部内にかなり響いたらしく、様子を見に来た伊藤整一軍令部次長、そして永野軍令部総長の耳にも入った。
「――うん、まあ、やってしまったものはしょうがない」
永野は、口ではそう言ったものの、さすがに渋い顔である。物事にはルールというものがある。守るべき手続きは、きちんととらねばならない。
「それにしても、山本君もあっさり承認したものだね」
連合艦隊司令部も、一軍令部員の持ってきた要請に乗った。これはあくまで、現状出番のなかった艦を指名したからであって、本当なら反対されたり、ゴタつくものである。
「元々、連合艦隊司令部は、トラックとハワイ空襲をやりたがっていましたから……」
福留が、二線級とはいえ空母を貸し出した経緯を想像した。マリアナ諸島空襲については、ある意味、期待するところもあったのだろう。
「とりあえず、この借り受けた空母に関して、何か問題はあるかね?」
「性能面が……」
「それにつきまして――」
神が言いかけると、福留は怒鳴った。
「貴様は黙っていろ!」
富岡が「よろしいでしょうか?」と手を挙げたので、永野は頷いた。
「実は、指揮権のことで少々問題が発生するかと。神明大佐は、私と同じ兵学校45期なのですが、『春日丸』の艦長高次大佐と、『八幡丸』艦長の
海軍兵学校の先輩後輩の関係。日本海軍においては、同期の中ではハンモックナンバー、それ以外では年功序列な傾向に強い組織である。
一期下の後輩が司令官、その先輩が部下というのは、何ともやりにくい話である。
「まずいかな?」
永野が言えば、伊藤は頷いた。
「よろしくないでしょう。海軍軍人的に」
かつて、永野は、海軍大臣時代にハンモックナンバーで決まる人事制度を、能力などを鑑みて、より柔軟に、適材適所にできるよう目指したが、周囲の猛反発を受けた過去がある。
神明大佐が第九艦隊を動かすとなれば、『春日丸』と『八幡丸』は、別部隊扱いとなり、指揮はハンモックナンバーからみて、湊大佐になる。
航空機を集中運用するために空母を集めたのに、別部隊となった二隻の空母、そして湊大佐が現場判断で、神明大佐の意図と齟齬が発生した場合、作戦遂行にも支障が出る恐れもあった。
「しかし、さすがに今から海軍省に艦長をすげ替えろ、なんて人事は無理な話ですし」
一人を動かすだけでも、何人もの人間が玉突き衝突さながら、動くことになる。大きな作戦の前だ。交代人事などやっている暇はない。
が、重要作戦の成否がかかっている場面で、このまま放置はよろしくない。失敗した時のリスクが大きすぎる。
神明大佐は外せない――この局面で、第九艦隊を指揮、運用できるのは彼しかいないのだ。それはここにいる全員の考えは一致していた。
「伊藤君」
永野は、軍令部次長を見た。
「はい、総長」
「悪いが、第九艦隊の司令長官を兼任でやってくれ。海軍省には、私のほうでねじ込んでおく」
「……承知しました」
伊藤はすっと頭を下げた。
第九艦隊は、軍令部の管轄である。相当無茶をやっているのだが、軍令部組織から、人材を派遣するのは、他から指揮官を引っ張ってくるより、迷惑度合いがまだ少ない。
かくて、海軍兵学校39期。伊藤整一海軍中将は、軍令部次長兼、第九艦隊司令長官に就任した。
なお、この人事について、海軍省の人事局も、海軍大臣の嶋田大将も苦い顔をしていたが、永野総長と、以前海軍省人事局にいた富岡が頭を下げることで、穏便に済んだという。
元々第九艦隊が、軍令部直属ということで、海軍省もあまり関わらない組織だったこともその一因だったりする。
ただし神は、こってり絞られた。
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