第69話、特設空母、攻撃隊発艦せよ


 南方作戦の開始は、8月8日とされた。


 第九艦隊は、それに先んじる形で、マリアナ諸島の異世界帝国拠点へ攻撃を仕掛ける。


 7月下旬、臨時増援を受けて補強された第九艦隊は、九頭島軍港を出港した。


 その編成は、空母5、大型巡洋艦2、軽巡洋艦3、駆逐隊14、潜水艦10、輸送型タンカー1となっている。


 もっとも、今回の空襲作戦の主力というべき空母が5隻と言っても、どれも第三艦隊の主力空母に比べれば、搭載数の少ない小粒揃い。


 その数、全部合わせて147機(補用機除く)。これは翔鶴型空母2隻とほぼ変わらないというのだから、いかに小勢であるかわかる。


 なお、これの他に巡洋艦と一部潜水艦の水上機が加わる。


 旗艦は、大型巡洋艦『妙義』。第九艦隊司令長官、伊藤整一中将の将旗が掲げられている。


「一応、司令長官ではあるが、神明大佐の好きなようにやってくれて構わない」


 あくまで、神明が指揮を執るための方便でいるだけだから、と伊藤中将は、着任時に控えめに告げた。


「いきなり上官がきて、やりにくいかもしれないが」

「いえ、永野総長とは、事前にそのような話をしてありますので」


 神明大佐も前回、軍令部に行って総長と顔を合わせた時に、今回のような事態はあるかもと話し合っていた。

 むしろそれがあったからこそ、外部の、連合艦隊から戦力を借りようという発想がでたのである。


 もっとも、神大佐が軍令部に持ち帰らず、直接、連合艦隊司令部に乗り込むとは思っていなかったが。


 その神は、第九艦隊に同行した経験を買われ、伊藤の補佐として、今回、第九艦隊参謀として随行している。


 第九艦隊は南下を続け、敵味方の潜水艦が跋扈する太平洋を行く。まずは、南鳥島の東側を通過する。


 この島は日本海軍の気象観測所があったが、異世界帝国軍の空襲を受けて壊滅。敵は上陸しなかったが、要塞化は、敵潜水艦の跳梁もあって思わしくない。


「異世界帝国は、まだ攻めてきませんな……」


 神が言えば、伊藤も難しい顔になる。


「だがここを取られれば、いよいよ小笠原諸島、そして本土も危ないだろう」


 敵の前線は南鳥島から東南東におよそ1400キロメートルの位置にあるウェーク島。あるいはマリアナ諸島となる。


 敵は南鳥島を空爆はしたが、占領していない。それが何故なのかはわからないが、彼らが乗り込んでくるまで、睨み合いは続くことになるだろう。


 そして第九艦隊は、マリアナ諸島のサイパン、テニアン、グアムを攻撃するべく移動しているのである。


 ウェークからの長距離偵察機が飛来する昼間を避けて、夜のうちに南鳥島の周りを突破。先行するマ号潜水艦が、敵潜や哨戒艦艇を警戒する。


 そこで第九艦隊は、部隊を二つに分けた。



●前衛攻撃部隊

大巡:「妙義」「生駒」

空母:「翔竜」「インドミタブル」

軽巡:「鈴鹿」「九頭竜」

駆逐:「氷雨」「海霧」「山霧」「大霧」「青雲」「天雲」「追風」「疾風」「夕凪」


●後衛機動部隊

空母:「八幡丸」「春日丸」「鳳翔」

軽巡:「水無瀨」

駆逐:「冬雲」「雪雲」「睦月」「望月」「三日月」

輸送型タンカー:「ばーじにあ丸」



 前衛隊は速度を上げて、南下を続け、トラック諸島へ向かうように進路を取る。道中、敵潜水艦を発見したマ号潜が、これを撃沈。


 一方の後衛隊は、西寄りに進路を取りつつ、巡航速度のまま航行する。こちらも対潜・対空警戒を厳にするが、幸い遭遇はなかった。


 そして8月5日。前衛隊は進路を変更、マリアナ諸島へ向けて猛然と西進を開始した。


 明け方となり、連絡役のマ-5号潜が魔力通信を使って、前衛、後衛双方の位置が確認されたことで、いよいよ行動が開始された。



 ・  ・  ・



 後衛機動部隊、旗艦『八幡丸』。艦長みなと慶譲けいじょう大佐は、臨時航空戦隊の指揮官となっていた。


 海軍兵学校卒業年と席次――ハンモックナンバーにより、他の艦長たちの中で最先任となったからだ。


「よし、攻撃隊、発艦せよ!」


 特設空母『八幡丸』の長さ162メートルの飛行甲板には、艦載機21機が全て並べられている。


 このお世辞にも広いとはいえない飛行甲板。本来ならこんなにビッシリ並べたら、機体の滑走距離が足らずに飛び立てないのだが、魔技研が装備した魔式射出レールにより、問題は解決している。


 三列のレールの上に並べられた九九式艦上戦闘機9機と、九七式艦上攻撃機が12機。轟々と発動機を唸らせる中、前の機体からレールに沿って打ち出されて、空へと上がっていく。


 ほとんど間を置かず連続で射出されるため、一度発艦すれば全機が飛び立つまでに一分とかからない。

 何より素晴らしいのは、攻撃隊全機が揃うまで、何度も部隊の上を周回しなくていいことだろう。


 これは待ち時間の解消と、空中集合時間をほぼなくし、搭乗員たちの疲労度をわずかなりとも軽減させる。これは出撃した頃はともかく、攻撃を終えて帰還する頃に効果が実感できるだろう。


『八幡丸』と同時に『春日丸』からも、九九式艦戦9機、九九式艦爆12機が発艦した。攻撃隊は、この2隻の航空機計42機となる。


 小型空母『鳳翔』は、攻撃隊を出さない。搭載する戦闘機は、後衛機動部隊の上空直掩を務め、艦攻は偵察と哨戒に活用されるからだ。


 湊大佐は、飛び去る攻撃隊を見送り満足げに頷いた。


「敵地での発艦作業は緊張するものだが、こうも早く終わってくれると助かる」


 ほぼ直線航行を強いられる発進のタイミング。敵潜水艦が潜んでいれば、格好の攻撃機会になりかねない。


「では、我々は、マリアナ諸島北方、次の待機地点へ向かう!」


 後衛機動部隊は進む。攻撃後、飛んでくる味方攻撃隊を収容する予定である。


「……が、降りてくる艦載機は、載せてきた航空隊ではないんだがな」


 どのみち、『八幡丸』も『春日丸』も固有の航空隊を持たず、言ってみれば運び屋である。慣れ親んだ搭乗員もいないから、どこの航空隊を載せようと、さほど困ることもない。


 とはいえ、飛び立った攻撃隊を見送る湊大佐は、静かに口元が緩んでいる。


 おそらく、この『八幡丸』が、何かの作戦で攻撃隊を発艦させるというのは、今回の任務が最初で最後だと思う。


 艦長を務めている自分が言うのも何だが、空母としてはあまりに性能が低くて、航空機輸送くらいしか仕事がない艦である。


 そんな特設空母が、攻撃作戦の一翼を担えるのは、この艦の生涯にとって誇れる武勲となるだろうから。

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