第70話、マリアナ諸島、空襲


 後衛機動部隊が攻撃隊を発艦させて、一時間ほど。


 第九艦隊前衛攻撃部隊は、朝日を浴びるサイパン島を目視できる距離にまで迫っていた。

 旗艦『妙義』の艦橋で、神明大佐は口を開いた。


「さすがに、そろそろ遮蔽では躱しきれなくなります」

「では、やるかね?」


 伊藤整一司令長官が確認すれば、神明は頷いた。


「はい」

「では、始めてくれ」

「第九航空戦隊へ。攻撃隊、発進せよ」


 前衛攻撃部隊の空母『翔竜』と『インドミタブル』――第九航空戦隊の飛行甲板には、すでに艦載機が並べられており、発動機も回っている。


 姿を消す遮蔽魔法を展開し、島からの視覚やレーダー波を避けていた大型巡洋艦『妙義』と『生駒』。その後ろに隠れていた二隻の空母から、攻撃隊が発艦した。


 魔式射出レールに沿って、戦闘機、艦爆、艦攻が次々に飛行甲板から離れる。その数、『翔竜』から31機、『インドミタブル』からは40機だ


 瞬く間に第一陣を展開し終わった二隻の空母は、隊列を離れて北西へと舵を切る。


「前衛攻撃部隊は、これより、グアム島へ向かう! 機関最大戦速」


 神明の指示を受けて、『妙義』は増速する。その後方には、駆逐艦『氷雨』『追風』『疾風』『夕凪』が続く。


 空母 『翔竜』『インドミタブル』は、軽巡『九頭竜』、駆逐艦『青雲』『天雲』の護衛を受けて、すでに分離済み。


 二列の複縦陣、その片方の先頭を行く大巡『生駒』の後ろには、軽巡『鈴鹿』、駆逐艦『海霧』『山霧』『大霧』が付き従う。


 空母部隊は離脱する動きを見せるが、大型巡洋艦に率いられた二隊は、島への艦砲射撃を行うため、なお前進を続ける。


 現在存在するサイパン島とテニアン島の飛行場は艦載機で叩くが、近くにあるグアム島にある建設中の飛行場を攻撃するには、航空機の数が足りなかったのだ。


 もう日が登っているが、飛行場の敵を飛び立てさせなればやりようはあった。



  ・  ・  ・



 タッポーチョ山は、標高473メートル、サイパン島で一番高い山である。ここに異世界帝国は、監視塔とレーダー設備を設置していた。


 まず、異常を捉えたのは、対空レーダーである。突然、数十機の航空機の反応が現れたのだ。


 当直のレーダー員は首を捻り、上官を呼んだ。


「衛士長殿! 真東から、約80の航空機の反応をキャッチ。本島へ接近中です」

「真東だと?」


 衛士長は、航空スケジュール表へと視線を向ける。


 彼はこの時、この航空機を即時に『敵』と認識できなかった。何故なら敵――日本軍が攻めてくるなら、北東から南西方向の間からと思っていたからだ。


 まさかウェークやマーシャル諸島、トラックやニューギニア方面――味方のテリトリーの方角から、敵が飛んでくるなどないはずだ……!


 レーダー員は上官の返事を待つ。敵なら緊急の警報を鳴らして、サイパン中の味方に通報しなくてはならない。そのためのレーダー、目なのだから。


 だが、万が一、航空スケジュール表に載っていないが、味方だったら、無用な通報をしたと責められ、罰を受けることになるだろう。


 彼らが慎重になるのも無理はなかった。


 日本軍に大規模な攻勢の予兆あり、と、太平洋各拠点に通達がきていた。太平洋艦隊司令部は、中部太平洋への日本軍の進出を警戒し、飛行場を建設中のマリアナ諸島にも増援航空隊を派遣することになっていた。


 予定が繰り上がったのだろうか? しばらく航空スケジュール表を見ていた衛士長は、電話機に歩み寄り、サイパン島司令部へと確認を取った。


 レーダー員は、自分の担当スクリーンを見る。もう、その航空隊が、島に差し掛かるのだが――



  ・  ・  ・



 サイパン島のアスリート飛行場、テニアン島、ウシ飛行場ことハゴイ飛行場など、稼働している異世界帝国軍の飛行場に、第九艦隊航空隊が襲いかかった。


 さすがに肉眼で監視していた見張り員は、レシプロ機独特のエンジン音とシルエットに気づいた。


 敵襲を告げるサイレンが鳴り響くが、その時には、すでに飛行場の目と鼻の先に飛び込んでいた。


 先行した九九式艦戦が、駐機されている異世界帝国軍機に機銃掃射と、懸架してきたロケット弾による攻撃を開始。整然と並べられていたヴォンヴィクス戦闘機、ミガ攻撃機が次々に攻撃を受けて、穴だらけになり、または爆発した。


「施設を攻撃!」


 九九式艦爆に乗る内田大尉は、艦爆隊に命じる。小隊を組んで降下。兵舎や倉庫、燃料貯蔵庫などの施設に、250キロ爆弾とロケット弾を投下する。


「おおー、艦爆隊もやるなぁ! オレたちも一丁やるか!」


 藤島大尉は九七式艦攻を操り、飛行場に突撃した。艦攻隊は基地施設のほか、戦艦砲弾改造の爆弾を使い、滑走路を破壊する。


 通報の遅れは、守備隊の不幸であり、日本海軍航空隊にとっての幸運だった。迎撃機はほとんど発進する間もなく、地上で撃破されてしまい、わすかな対空砲座も吹き飛ばされていく。


 空襲の隙を縫って緊急発進したヴォンヴィクス戦闘機もあったが、その時には爆撃を終えて身軽になった九九式艦戦が攻撃を仕掛けて、撃墜した。


 そして『翔竜』『インドミタブル』航空隊が稼働飛行場を叩いた頃、後衛機動部隊の『八幡丸』『春日丸』から発進した攻撃隊がサイパン島に到着。建設中の飛行場に対して攻撃を開始した。

 タッポーチョ山山頂の監視塔も攻撃を受けて、レーダー設備も吹き飛んだ。


 奇襲は成功だった。


 航空機の牙をもがれ、日本軍機への迎撃能力を著しく失った異世界帝国マリアナ諸島守備隊。


 そしてサイパン港には、空母『翔竜』『インドミタブル』、軽巡『九頭竜』と駆逐艦『冬雲』『雪雲』が砲撃と雷撃を加えて、停泊する小型艦、輸送船を攻撃。さらにクレーンなどの港湾設備を破壊した。


 だが、戦いはこれで終わらなかった。


 前衛攻撃部隊の水上部隊が、グアム島へと向かっていたからである。テニアン島とグアム島のほぼ中間にあるロタ島にも、飛行場が建設されており、まずはそこが二隻の大型巡洋艦の砲撃の餌食をなった。


 大巡『妙義』は50口径30.5センチ三連装砲三基九門、『生駒』は50口径30.5センチ連装砲四基八門を振りかざして、砲弾を次々に叩き込む。


『妙義』隊は、ロタ島の西側へ回り込み、『生駒』隊は東側から砲撃する。島の上空には、二隻の大型巡洋艦から発進した一式水上戦闘機が飛行し、睨みをきかせている。


 防衛設備も貧弱であり、ほぼ一方的な攻撃でロタ島の未来の飛行場は耕された。そ

して水上部隊は、次の攻撃地点、グアム島へと突撃した。

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