第65話、ムンドゥス帝国提督会議
異世界帝国こと、ムンドゥス帝国は、地球の制圧に向けて、着々とその勢力圏を拡大していた。
現在、南半球――赤道から南は、ほぼ帝国の支配下にある。
ハワイ真珠湾。かつてアメリカ太平洋艦隊司令部があった建物は、ムンドゥス帝国太平洋艦隊の司令部となり、一瞬独特な城のような建築物に変わっている。
「――ここらで、ひとつ大きな海戦がやりたいものだ」
ムンドゥス帝国海軍、太平洋艦隊司令長官のエアル大将は、自身の通話椅子に腰掛けたまま、そう言った。
彼の前には、青いホログラム状の立体映像で、同じく椅子に座った三人の姿が表示されている。
『物騒なことを言う男だ』
三人のうちの一人、帝国東洋艦隊司令長官のメトポロン大将が、紳士を思わせる表情を僅かにしかめた。
『まだまだ油断できる状況ではないのだぞ?』
「日本海軍か?」
エアルはニヤリとした。彼の率いる太平洋艦隊は、トラック沖海戦で日本艦隊と戦い、それを撃破している。
また、昨年末には、ハワイの前の持ち主であるアメリカ艦隊と戦い、やはりこれを討ち滅ぼしている。
身長2メートルもの大男という外見は、猛将と呼ぶにふさわしく、戦闘を楽しんでいるのがこのエアルという提督である。
「貴様のところは、日本海軍にひと泡吹かされたそうじゃないか」
『不覚にもな』
あっさりとした返事のメトポロンである。
『貴様から聞いていた話とはまるで印象が違ったのだがな。セレターで戦力化を進めていた艦艇も奪われた。……我ながら、まだこの椅子に座れるのが不思議なくらいだ』
『まったくね』
大西洋艦隊司令長官である女提督テロスは、冷淡に言い放った。
『次はないわよ、メトポロン』
「おいおい、テロスよ。お前はメトポロンの上司か?」
エアルは、たしなめた。
「サタナス長官も、今回は大目に見た。そんな強調しなくてもいいだろう?」
『フン』
『ありがとう、エアル大将』
そっぽを向くテロスと、軽くお礼を言うメトポロン。いいってことよ――エアルは肩をすくめる。
「しかし、報告書は読んだが、お前のところを襲った日本軍は、かなりの精鋭だったようだな」
『少なくとも、これまでの地球の部隊とは一味もふた味も違う』
頷くメトポロンに、エアルは小首を傾げた。
「つまり、奴らも、我々と戦うべく新兵器や新戦術を投入してきたことになる」
『本当にそうなのか、イマイチ信用できないんだけど』
テロスは口を尖らせた。
『少なくとも大西洋でも地中海でも、そんな新兵器にはお目にかかっていないのだけれど?』
「今のところは、日本軍しか持っていないということなんだろうよ」
地球人は一枚岩ではない。ある程度連合を組んでいるところもあれば、地球人同士で争っていたり、独自路線をいくところと様々である。
「我々が太平洋と南シナ海で相対している日本軍は、独自路線の国のようだしな」
『なら、私が不安になることは何一つないわね』
テロスは大げさに肩をすくめる。
『どうせ、エアルとメトポロンが、始末をつけるんでしょう? 大西洋には関係ないわ』
「だろうね」
エアルは同意した。
「オレは日本軍との戦いが、今から楽しみである」
『だったら、もう日本に乗り込んだら?』
「オレがよくても陸軍がな……」
エアルは苦笑した。
「残念ながら、オレは海軍提督だからな。陸軍は、南から順番に攻略したいってんで、一足飛びは嫌なんだそうだ」
異世界帝国の地球攻略は、南半球に始まり、北上しつつ、そこにあるものは全て占領していく方針である。
その中心は陸軍であり、空軍は重爆撃機で敵国を攻撃し、海軍が敵海軍を撃滅する。そのため、陸軍がその気にならない限り、海軍は動かないのである。
もし海軍が主導で行動が起こせたなら、今頃アメリカの西海岸か、日本太平洋側のどちらかが、ムンドゥス帝国の本土上陸を許していただろう。
「太平洋じゃ、陸軍が東南アジア方面から北上しているからな」
エアルは首の骨を鳴らす。
「その間、マリアナ諸島に空軍基地を置いて、陸軍が小笠原諸島を制圧し、そこでようやく日本だ」
『フィリピンを押さえたから、台湾、そこから沖縄という道もある』
東洋艦隊を預かるメトポロンが言った。しかし、とエアルは否定する。
「陸軍は大陸優先って、中国を先に落とすつもりだろう。やっぱり、マリアナからこっちへ行くルートにきた陸軍部隊が、日本を攻撃するだろう。マリアナから前進したら、ようやく日本艦隊のリターンマッチを受けられるってところだろう」
『アメリカと日本、どちらが先になるかしらね』
テロスは腕を組んだ。
『南アメリカから北上しているヴリコラカス将軍の軍は、近々、アメリカ本土へ届きそうよ。空軍も連日空爆をしているし、アメリカ太平洋艦隊の残党とやるのが先かもよ』
「ヘイ、リコンスロポス将軍は仏印侵攻に何を手間取っているんだい!」
エアルが唸れば、テロスが露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
『知らないわよ、そっちのことなんか』
東南アジア方面から北上している陸軍は、リコンスロポス将軍が率いる。これまでは順調だったのだが、どうも最近は攻略ペースが上がっていない。風土病だとか、ホームシックだとか、前線の兵にも疲れが見えているとか。
「ケイモンのおっさんは、さっきから黙っているが、何かないのかい?」
会議の出席者の中、唯一無言を通している、南海艦隊司令長官のケイモンに水を向ける。
『我の領域に敵はおらぬからな』
いかにも魔術師という風貌の男ケイモンは、低い声を出した。
『陸軍が占領地で狩った地球人どもを、我らの世界に転送するのを守るが役目。それ以外に、我が言うことはない』
ムンドゥス帝国は、地球の鉱物資源のほか、地球人特有の魔力を、彼らの世界でのエネルギーに利用すべく、連れ去っている。
地球侵攻の目的は、言ってみれば資源獲得のためなのである。
「あーあー、アメリカでも日本でも、どっちでもいいから、攻めてきてくれないかねぇ」
エアルは椅子の上で大きく伸びをした。
陸軍が『行くぞ』というまでは防衛に徹するのが、ムンドゥス帝国海軍である。ただし、敵が先に手を出してきた場合、報復行為も含めて、かなり海軍にも自由な行動が認められている。
故に、エアルは敵対勢力が手を出してくれるのを、渇望するのであった。
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