第64話、永野総長と魔技研
軍令部総長の執務室。永野軍令部総長は、来客をもてなしていた。
「君らの元気な顔が見られてよかった。どうだね、神明君」
「恐縮です、総長」
神明大佐は応接用のソファーで頭を下げると、隣にいた正木初子は微笑んだ。
「お加減は如何ですか、先生」
「おかげさまで、最近はすこぶる調子いいよ、初子さん」
永野は昨年あたり体調が思わしくないこともあったが、能力者による治癒により、その体調もよくなっていた。
「羊羹なんだがね。まあ、食べてくれ」
温厚な表情を浮かべて羊羹を勧める。基本的に永野は、誰に対しても公平だった。階級も役職も、性別さえも気にしない。
神明は柄にもなく緊張しており、対する初子は落ち着き払ってニコニコしている。
「どうかね、九頭島は?」
「今のところは、万事うまくいっていると思います」
神明は控えめな言い方をした。
「そうか、それは結構」
永野は視線を初子へスライドさせる。
「どうかね、初子さんから見て」
「軍務のことは、大佐ほどわからないのですが、少なくとも私が何かしなければならないような問題はありません」
「はははっ、そうか」
永野は笑うと、尋ねた。
「学校の方はどうかね?」
「はい。生徒たちも皆、お国のために働けると日々努力しています。それもこれも、先生のご尽力の賜物です」
「日本は小さな国だ。資源もない。あるのは人だけだ。だからこそ、人を大事にしないといけない」
九頭島の魔法学校や軍の教育機関は、永野の教育に対する思想が色濃く反映されている。かつて彼が、海軍兵学校長を務めていた頃の教育方針も実践され、海軍の機関にありがちな体罰も禁止されていた。
才能を拾われた者、落ちこぼれとまではいかないものの、拾い上げで海軍に入れた者なども、変に型にはめられることもなく、教育を受けることができた。正木姉妹や女性軍人たちも、この九頭島の教育あればこそであり、海軍の従来のやり方では、そこまでの人数が残れなかっただろうし、その能力を発揮することもなかっただろう。
「才能を無駄にしていられるほど、この国は豊かではない」
永野はしみじみと語った。
「が、九頭島は軍の機関だからね。若者たちを戦争に送らねばならないというのは、自分でも矛盾していると思う」
「ですが、先生に拾われなければ、とうに死んでいた子もまた大勢いたでしょう」
初子はきっぱりと言った。
「農村の貧困や身売りしなければ生きていけなかった子たちが、家族に仕送りできたり、手に職をつけることができるのですから、そう悪いものでもありません」
「いや、私は諸先輩方と魔技研の先生方に相談されて、お手伝いしただけだからね。実際にそういう子たちを救ったのは私ではないよ」
「戦争がなければ、よかったのですが……」
神明はポツリと言った。表情も心なしか沈んでいるように感じ取れた。永野は頷いた。
「戦争とは、相手がいることだ。片方の意思だけではどうにもならん。……君のご家族や先生方は、いずれくる未来に備えたのだ。君が病むことはない。いいね?」
「はい」
神明は静かに頷いた。
・ ・ ・
「――それで、どうかね。修理中の艦艇は?」
永野と神明の会話は、戦況や軍備についての話へと流れる。
「魔核があるおかげで、だいぶ早く仕上がりそうです。改装案が早くまとまってくれたおかげでもあります」
「海軍省、そして艦政本部も、やれるものならやってみろ、と本気で受け取っていなかったからね。……まあ、彼らはトラック沖海戦の後始末と、新造艦の取捨選択で忙しくて余裕がないのだろうが」
永野はご機嫌である。
「連合艦隊に提出した再生艦を見れば、わかりそうなものなのだが。まあ、度肝を抜いてやるといい」
軍令部内の会議で、第五部の土岐少将が提出した改装案は、神明が原案を担当した。そこから魔技研の造船担当官や、専門家のブラッシュアップを経て、提出された。
当初は、ああだこうだと要望なり何がしらの追加を求められると思っていたが、まるで素通りしたかのように、あっさりGOサインが出た。
永野の言うとおり、海軍も艦政本部も忙しかった、というのは本当である。現在建造中の艦艇にも、魔技研の装備を導入するとして、一部設計が変更になったり、部品の製造のため、ラインを変更したりと、面倒も増えた影響からだ。
ほとんど修理を後回しにするような大破艦や、旧イギリス艦の改装などに構っている暇はなかったのである。
総長ではないが、度肝を抜かれるだろうな、と神明は思う。
修理中の戦艦『伊勢』、改装中の『ネルソン』『ロドネー』は、41センチ三連装砲三基九門の高速戦艦になり、それぞれ主砲配置も、『伊勢』で、艦首、中央、艦尾に一基ずつ、ネルソン級は艦首二基、艦尾一基のスタンダードな配置にし、艦橋・機関の位置も変えている。『伊勢』は全体的なシルエットは変わらなく見えるが、ネルソン級は、艦型が変わって元が何だったのかわからないくらい弄る。
そして重巡も『妙高』『摩耶』を20.3センチ連装自動砲に換装し、高角砲の数も増やして、全体的なグレードアップを図る。自動砲と言っても、まだ通常砲の倍程度の発射速度程度ではあるが、それでも倍は倍である。
『青葉』と『エクセター』は軽巡化するが、その自動砲は『妙高』らが換装するものよりも、さらに連射速度に優れているものとなる。
神明は言った。
「南方作戦が始まる頃には、戦艦『ラミリーズ』『レゾリューション』の改装が終わります。連合艦隊が南方へ出払っている際は、第九艦隊と共に本土防衛につけられると思います」
「結構。山本長官も、安心して南方作戦に励むことができるだろう」
「旧イギリス艦も、海軍籍に入るなら名前を変えねばなりませんね」
「うむ。嶋田大臣には伝えてある。イギリス艦の名前と言った瞬間、ほんの少し視線を逸らされたがね」
苦笑する永野である。魔技研が連合艦隊に艦艇を大量に提供した際、海軍省――嶋田大臣とその側近は命名数の多さに、匙を投げかけたとか。
「それはそうと、神明君。君も思い切ったことを言ったものだね」
「何でしょう?」
「『大和』だよ。あれを魔技研に寄越せ、と要求した件だ」
ああ、と神明も小さく口元を綻ばせた。
「『海狼』で味を占めたと申しましょうか……。『大和』ほどの戦艦に、魔技研の技術をありったけ投入したらどうなるか、見てみたいと思いまして」
「それは、私も大変興味があるよ。ぜひ見てみたい」
「まあ、ひとまとめにした方が検証して、連合艦隊にもフィードバックができるかな、と」
なるほどね、と永野は笑みを深めた。
「ちょうど、連合艦隊から参謀たちが来ている。たぶん、山本長官も了承してくれると思うよ」
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