第769話、大西洋派遣
T艦隊に所属する第十七潜水戦隊の攻撃は、オルモス艦隊の存在意味を吹き飛ばしてしまった。
ゲラーン艦隊への燃料補給のためのタンカー船団を全滅させられたことで、オルモス中将は、任務を中断、ハワイへ引き返した。
たとえ、ゲラーン艦隊と合流できても、肝心のタンカーがなければ意味がない。むしろ余計なお荷物が増えるだけであり、まだ燃料が残っているうちに引き返すのが最善だと指揮官は判断したのだ。
任務失敗は明らかだった。
しかし戻ったところで、南海艦隊主力にタンカーや輸送船はすでになく、ゲート艦も破壊されて孤立。新たな燃料を確保できなければ、ハワイが終の棲家になる……。
一方の南海艦隊主力、アティヒマ大将は、地球征服軍司令部からの返信がないことから見捨てられた可能性を考えていた。
せめて自力で戻る手段を確保できれば、と司令部で話し合う。サタナス元帥の息子であるゲラーン中将を保護すれば、まだ首の皮一枚で繋がる可能性もなくはなかったのだ。
まず目をつけたのが、ホノルル近郊で撃沈された船団、そこに配備されていた転移ゲート巡洋艦だ。撃沈されているが場所の特定はさほど困難ではない。これを引き揚げて、再生するというもの。
しかし調査の結果、ゲート艦はなかった。襲撃した義勇軍艦隊が、戦闘のどさくさに紛れて、複数の撃沈輸送船と共に、一足先に持ち去っていたのだ。
こうなると自力での脱出案を練らなくてはいけない。すなわち、残存艦艇で、日米勢力圏を通過する。
そのためには、空母群の修理は必要。基地施設は使えないため、それぞれの艦艇が搭載する魔核による再生を試みているが、通常の修理に比べれば早いが、それでも一日二日でどうにかなるものでもない。
が、仮にある程度の修復が進んだとて、燃料がなければ話にならない。ゲラーン艦隊と合流できるまでに燃料を保たせる必要がある。
やはり手詰まり感がひどかった。
ここは残存艦艇の中から損傷が小さく、また重要度の高い艦を優先し、損傷の大きい艦から燃料を抜き取り補給するくらいする必要があるのではないか。
――という具合に、南海艦隊は、日本本土、アメリカ西海岸を牽制するどころではない状態だった。
・ ・ ・
その頃、T艦隊と義勇軍艦隊は、九頭島へと帰投していた。
ハワイの異世界帝国艦隊が、当面戦力外となったことで、補給と修理、次の戦いに備えるためだ。
次の戦いとは、大西洋である。
アメリカ東海岸に迫る異世界帝国の大艦隊。日本はインド洋の敵を退けたので、約束に従い、残存する戦力で北米支援作戦を展開するのだ。
海軍省、海軍軍令部、そして連合艦隊の三者は、今後のためにも米英支援について意見の一致を得たが、問題はどれほどの戦力を送り、そして米英と協力し作戦を展開するか、であった。
「連合艦隊側の戦力は、第一機動艦隊を中心に、第二機動艦隊の残存戦力を合流させる」
山本 五十六連合艦隊司令長官は、永野軍令部総長、嶋田海軍大臣に告げた。
「これに大西洋方面での作戦行動が豊富なT艦隊を加える」
「第一艦隊は、無理か? 51センチ砲搭載の戦艦群は?」
嶋田が問えば、山本のそばに控えていた草鹿 龍之介連合艦隊参謀長が首肯した。
「播磨型を含め、戦艦群は軒並み損傷しております。魔核を使った緊急修理は可能ではありますが、人員のほうが足りません」
人員と言われ、海軍省を担う嶋田は口を閉じた。永野総長は言った。
「ドイツ艦隊と、義勇軍艦隊のほうはどうなっているかね?」
インド洋決戦ではドイツ艦隊が、ハワイでは義勇軍艦隊が、それぞれ協力して敵にあたった。今は有力な艦隊となれば頼りたいところではあるが。
「義勇軍艦隊は、参加する気満々。ハワイでの戦いも損傷艦が少なく、整備と補給が済めば出撃が可能です」
そこで草鹿は、わずかに表情を曇らせた。
「問題は、ドイツ艦隊の方です。レーダー元帥は、参加を快諾していただきましたが、水上戦力において、損傷艦が多く、その戦力は半減しているといってもよいでしょう」
「元々、ドイツ艦隊は、通商破壊戦に特化している」
山本は静かに言った。
「あれでよく決戦に参加してくれたと感謝したい」
「大西洋の戦いでは……あまり使えないか」
嶋田が腕を組んだ。しかし山本は首を横に振る。
「何も正面決戦だけが、
戦力については、粗方出揃った。あとは作戦であるが。
「いま、伊藤次長をノーフォークに派遣し、米英双方と打ち合わせを行っている」
永野は、嶋田、そして山本を順番に見た。
「我が海軍の派遣と、彼らが計画している防衛計画の確認にね」
日本が参戦するかは、先日まで不透明であった。インド洋決戦の結果次第なところもあったが、それで増援を送れることがはっきりしたので、今回の参戦である。
しかし、アメリカ、イギリスにしろ、日本抜きだった場合の防衛作戦は立てているに違いない。
それを参考にしつつ、可能な範囲で連合艦隊は協力する。
山本は発言した。
「何はともあれ、敵の状況や戦力についてはわからないことだらけだ。米国の情報も今後入るだろうが、こちらも自力で敵情を把握したい」
「T艦隊に合流していた第十五航空戦隊を、大西洋の偵察活動に派遣いたします」
草鹿が告げる。哨戒空母3隻からなる十五航戦は、彩雲改二偵察機を有する通商破壊・偵察部隊である。サンディエゴでの持ち駒作戦からの連戦ではあるが仕方ない。
「さらに第七艦隊の十三航戦にも、大西洋での偵察に出てもらいます」
第十三航空戦隊もまた、哨戒空母戦隊である。しかし、この時の草鹿の十三航戦投入は、完全にアドリブだった。
なので、後で第七艦隊に確認した際、現場から反対を食らう。
『いま使える哨戒空母は、1隻しかないんだが?』
インド洋決戦で、サポートに徹した第七艦隊は地味ではあるが、それなりに被害を受けており、十三航戦も1隻沈没、1隻大破で、稼働は『真鶴』1隻のみである。
『それにインド洋に敵の遮蔽偵察艦が、
現場の反対もあり、1隻しかいないなら、と草鹿も提案を引き下がった。……大西洋の一戦は国家存亡にも関わるから1隻でもいい、と言えない辺り、微妙に詰めの甘いところがあった。
ともあれ、日本海軍は、大西洋への戦力派遣のための準備を開始した。インド洋決戦からさほど日をおかず、今度は大西洋を舞台に一大決戦の時が、近づきつつあった。
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