第768話、南海艦隊の絶望
ムンドゥス帝国南海艦隊は、T艦隊、義勇軍艦隊の襲撃により、大打撃を受けた。
残存戦艦17隻、空母5、軽空母12、重巡洋艦16、軽巡19、駆逐艦71。
が、実際に戦闘可能な戦力となると戦艦は9、空母0、軽空母12、重巡洋艦8、軽巡洋艦12、駆逐艦67であった。
軽空母、軽巡、駆逐艦が比較的残っているのは、警戒部隊としてオアフ島での戦闘から離れていたから、結果的に難を逃れたというだけである。
一方でゲート艦2隻は真っ先に沈められ、輸送艦ほか支援艦は、文字通り片っ端にやられた。
南海艦隊司令長官、アティヒマ大将は頭を抱えていた。
彼の旗艦『バシレイヤー』は、T艦隊の巡洋戦艦『武尊』からの46センチ三連光弾の連打を受けて大破。その主砲をことごとく破壊され、砲撃戦は不能。沈没しなかったのが奇跡レベルであるが、ともかく旗艦はまだ洋上にあった。
「進退、極まったな……」
「……」
参謀たちは無言で、顔を見合わせている。
一応の戦力を残しているが、南海艦隊の状況は最悪と言ってよい。
ハワイ、オアフ島を占領したものの、基地施設の復旧は始まったばかりで使えず、その間の燃料、物資の蓄えである輸送船が片っ端から沈められてしまった。
転移ゲート艦を用いて、地球征服軍本拠地ティポタへ転移帰還する手も、肝心のゲート艦が沈められ、不可能。
自力で航行するには、日米勢力圏を通過する必要があるが、アメリカはともかく日本軍が仕掛けてくれば、何隻生き残れるか非常に怪しいといわざるを得なかった。南海艦隊の正規空母が、ほぼ全滅していて、軽空母群だけでは艦隊防空も怪しいのだ。
しかも現在、ゲラーン艦隊がサンディエゴからハワイへ戻っている最中であり、それを見捨てて、先に南海艦隊がハワイを離れることもできなかった。
そんなことをすれば、ゲラーン中将の父親である地球征服軍司令長官のサタナス元帥、あるいはその一族の手で抹殺されてしまうだろう。
ゲラーン艦隊には迎えにタンカー船団をつけた分遣隊を派遣したが、それが戻ってくるまでは、こちらは補給艦はなし。しかしそれらが合流し、オアフ島に戻ったとして、南海艦隊主力艦艇の燃料は、おそらく枯渇し身動きできなくなるだろう。軍艦は、たとえ動かなくても燃料を消費するのである。
進めないし、退ける時期が来る頃には艦を捨てる他なくなる。まさしく、行くも地獄、帰るも地獄。アティヒマでなくとも頭を抱えたくなる。
「だが、我々は待つしかない。――通信参謀」
アティヒマが声をかければ、通信参謀は口を開いた。
「ティポタには現状を報告しましたが、いまだ返信はありません」
増援を送るとも、新たな指示を出すでもなく、地球征服軍司令部は、何も言ってこない。
――まさか、ゲラーン中将を見捨てるとも思えんが……。
南海艦隊を見捨てれば、ハワイへ向かっているゲラーンも見捨てることにならないか。サタナス元帥が何も言ってこないことに、気を揉むアティヒマであった。
・ ・ ・
その頃、南海艦隊から分離した艦隊――タンカー船団護衛艦隊は、ゲラーン中将の艦隊と合流すべくハワイ諸島を離れていた。
司令長官オルモス中将は、ホノルルの南海艦隊主力が攻撃を受けていると報せを聞いた時、艦隊の針路について大いに迷った。
まだハワイに近いから、引き返して、敵艦隊の捜索と主力艦隊の救援をすべきではないか、という考えと、一刻も早くゲラーン艦隊と合流し、その燃料補給を完遂するか。
どちらを取るか、天秤にかけることになったのである。
心情的には、主力の支援に戻りたかったオルモスだったが、ゲラーン艦隊の合流という任務を優先した。やはり地球征服軍司令のご子息の救援は、オルモスにとっても今後の出世に影響するのは間違いない。
また、襲撃されているとはいえ南海艦隊主力は、強大であり、日本軍がインド洋で戦った直後に、それを凌駕する戦力を投入できるとも思えなかった。
主力艦隊は大丈夫だ――そう言い聞かせ、オルモスは艦隊を北東へ進ませるのだった。
だがこの時、オルモスも、彼の艦隊も、まさか自分たちが次の標的とされていることを知る由もなかった。
この時のオルモス艦隊の戦力は、戦艦10、空母15、重巡10、軽巡10、駆逐艦50に、護衛すべきタンカーと輸送船が25隻であった。
最初の一撃は、前衛の警戒水雷戦隊だった。駆逐艦10隻が、あっという間にやられ、オルモス中将は、警戒と敵の正体把握に務める。
しかし、敵の水上艦艇の姿も、航空機の姿もなかった。
すると今度は、艦隊を取り巻く駆逐艦が次々に沈められていく。
『敵は潜水艦の模様!』
被弾した駆逐艦が、水柱と共にへし折られ、沈んでいく様は、機雷か雷撃。しかしここまで撃沈艦が相次ぐ中、機雷の発見報告がなく、魚雷のそれと思われた。
「上空警戒機! 敵潜水艦の姿は確認できんのか!?」
オルモスは咆える。潜望鏡深度にいる潜水艦ならば、上空からその姿を捉えられる。また魚雷であるなら、波間に雷跡が刻まれるはずだ。その方向などから、ある程度の位置もわかるのだが――
「長官、上空の機からは、潜水艦は見えないと言っております!」
「馬鹿な! ……まさか潜望鏡深度ではなく、もっと深くから雷撃しているというのか……!?」
襲撃者は、海中深くから魚雷を撃っている。そうでなければ、空から見えないなど考え難い。それとも遮蔽技術か……?
そうこうしているうちに、艦隊右舷側の駆逐艦戦隊――20隻が一掃されてしまった。これには司令部も騒然とする。
「駆逐艦ばかりを狙っているというのか! あり得ない、潜水艦ならばもっと大型の標的を狙うものでは……!」
「いや、それより、二個駆逐艦戦隊を殲滅するだけの多数の潜水艦がいるということだぞ!」
「左舷側の駆逐艦戦隊を、速やかに右舷側に急行させるんだ!」
オルモスは冷や汗が止まらない。戦艦、空母は防御シールドである程度耐えられるが、タンカー船団は、そうはいかない。
にも関わらず、守るべき護衛が取り除かれてしまった!
・ ・ ・
「七十一潜戦より、障害は排除せり、と通信」
伊600潜水艦、萩野通信士が報告した。第七十一潜水戦隊――伊607、伊608、伊609、伊610の量産型伊600戦隊は、見事に敵駆逐艦を葬り去った。
伊600潜水艦の海道潜水艦長は頷いた。
「では始めよう。――鈴、任せる」
『了解。統制雷撃、呂601から610、順次開始』
能力者である海道 鈴中尉の制御を受けて、僚艦である鹵獲改修潜水艦10隻が、次々に艦首6門の誘導魚雷を発射した。
それらは、無防備である異世界帝国艦隊右舷――その後方に固まっているタンカー船団に向かって進み、やがて船底から突き上げ、爆発した。
船体を叩き折られ、1万トン級タンカーが相次いで、傾き、そして沈んでいく。
ゲラーン艦隊との合流、燃料補給のためのタンカーは、艦隊に届くことなく、海の藻屑となったのである。
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