第767話、輸送船団に襲いかかる義勇軍艦隊
「突撃! 突撃だ!」
戦艦『サウスダコタ』の艦橋で、ウィリアム・ハルゼー中将は叫んだ。
空母から戦艦に乗り換え、旗艦を変更。義勇軍艦隊水上打撃部隊を率いて、T艦隊が戦うのとは別方向から、泊地へ突入した。
「目標は、揚陸艦ならびに輸送艦!」
どこか面白くなさそうな顔をしたハルゼーだが、すぐに闘志を剥き出しにした。
「今回は大物は日本人に譲ってやる。その分、こっちはこっちでキッチリ仕事をこなせ!」
ハルゼーの発破に、参謀長のロジャー・ミッチェル大佐は苦笑する。
航空攻撃だけで、敵艦隊――南海艦隊を撃滅できないから、戦艦などの水上打撃部隊で、泊地に突入、空襲を生き延びた敵残存艦を叩く。
T艦隊側からそのような作戦変更があった時、ハルゼーもまた義勇軍艦隊水上部隊を突入させる気になった。
が、T艦隊参謀長の神明少将は淡々と断りを入れた。
『相互に連携も確認できていない艦隊同士が突っ込めば、同士討ちの危険性があります』
またT艦隊側は、障壁貫通の主砲を持つ艦が多いが、義勇軍艦隊には、大型巡洋艦『ユタ』以外は、通常の火砲なので、敵戦艦などを相手どれば撃破するまでに時間と弾をかなり消費することになる。
――と、あまりに事実を突きつけてくるので、さすがのハルゼーも閉口だった。静かなようで、はっきりと正論をぶつけてくるタイプは苦手なのだろうと思った。
『ただ突入してくださるなら、敵の輸送艦や揚陸艦を片っ端から沈めてもらえますと、面白いことになりますよ』
ろくに抵抗できない輸送艦などを叩け、というのは、義勇軍艦隊はその程度の敵しか叩けないと暗に言われたようで、ハルゼーの癇にさわった。だが怒鳴らなかったのは、神明が『面白いことになる』と言ったからだ。
『どう面白くなるというんだ?』
『よろしいですか――』
そこで神明という日本人は、意図を説明した。それを聞いた時、ハルゼーはそれをやった際に得られる報酬の大きさが、今後大いに役に立つことを察し、了承した。
かくて、ハルゼーは自ら戦艦に移乗し、水上砲撃戦に加わった。
戦艦『サウスダコタ』は、ノースカロライナ級の次にアメリカが作り上げた軍縮条約明けの新型戦艦の第二陣である。
条約の影響で、16インチ砲戦艦としての完成度に難があるノースカロライナ級と違い、完全な16インチ砲搭載戦艦として設計、建造された。
前級より全長で15メートル短くなっているが、その分の重量を装甲に割り振り、より堅艦として仕上げられている。
基準排水量3万5000トン、全長207メートル。45口径40.6センチ三連装砲三基九門を振りかざし、速度は27ノットを発揮する。
「投錨中の敵輸送船団を捕捉。護衛と思われる敵駆逐艦部隊、接近! その数10!」
「巡洋艦でブロックしろ!」
戦艦『サウスダコタ』『ワシントン』『ノースダコタ』に続いていた重巡洋艦『グッドホープ』『モンマス』『シャルンホルスト』『グナイゼナウ』の4隻、大型巡洋艦『ユタ』に続いていた軽巡洋艦『ガンビア』『ドレスデン』が速度を上げた。
これらの巡洋艦群も、比較的新しい『ガンビア』以外は、第一次世界大戦時の旧式を、幽霊艦隊が改造し、別物となっている。強化された巡洋艦の砲が、異世界帝国駆逐艦を打ち砕いていく。
「それより、見えるか? 識別表に載っていないヘビークルーザーは?」
ハルゼーが、見張り所に確認ととれば、返事がくる。
『見えました! 前方3000の大型タンカーの影に、重巡洋艦! 構造物の形が識別表にないやつです!』
その報告に、ハルゼーはニヤリとした。
「そいつだ! 転移ゲート艦だ! そいつを最優先で撃沈しろ!」
戦艦3隻の主砲が、ニュータイプのクルーザーへと指向する。雑魚狩りにテンションが上がらない雰囲気だったハルゼーが、急にやる気を出した。
その様子を傍らで見ていた参謀長のロジャー・ミッチェル大佐は苦笑してしまう。
この転移ゲート艦は、ハワイを電撃占領した異世界帝国艦隊にとって、生命線だ。
というのも、転移する島を用いてハワイにきた彼らは、その後方、つまりは補給線が繋がっているというわけではない。
アメリカ、そして日本の南東方面艦隊が睨みを利かせている海域を転移ですっ飛ばしてきた弊害である。
では補給はどうするかといえば、転移ゲート艦による、転移で補給線を繋いでいると思われる。
だから、このゲート艦を沈めることは、ハワイの南海艦隊の補給線を断つことになるのだ。
これを沈めれば、南海艦隊は味方が補給線を繋いでくれるか、ハワイから撤退するしか手はなくなる。
さらにここで、輸送艦を片っ端から沈めてしまえば、南海艦隊はハワイからの撤退もまた困難になる。オアフ島にある貯蔵燃料で一応、満タンで出航はできるが、燃料を運ぶタンカーや輸送船がなければ、その行動には制約が付きまとう。
少なくとも、北米侵攻作戦に参加しようと考えられなくなるわけだ。真珠湾の軍港施設は復旧中であり、現在、損傷した南海艦隊艦艇の応急修理能力は限定的だ。
輸送艦、揚陸艦ほか支援艦艇を撃滅すれば、たとえ戦闘艦艇を全滅させられずとも、南海艦隊の戦力や、以後の作戦能力を大幅に低下させられる。
日米にとって南海艦隊は、目の上の瘤、ではなく、ハワイに封じ込められた遊兵と化すのだ。
――あの人は、ハルゼー提督の前に、ニンジンをぶら下げた。
ミッチェルは、神明の発言を思い出す。
転移ゲート艦を沈められたら、幽霊艦隊の技術で再生して、義勇軍艦隊で使えますよ、と。
異世界に乗り込み同胞救出をしたいハルゼーと義勇兵たちである。その目的を果たすために、転移ゲートが使えるメリットは大きい。自分たちが沈めたものならば、その活用方法について、どこにも文句はつけられない――結果、ハルゼーは、敵ゲート艦撃沈を第一に、船団側へ突撃させている。
なお、そのついでに沈めた輸送艦、揚陸艦は幽霊艦隊経由で義勇軍艦隊で使っていいのではないかとも言われている。
しかし懸念もある。ゲート艦が輸送船団ごと転移ゲートで逃げる可能性だ。だがこれに対して、神明は言った。
『戦闘艦艇を見捨てて、ゲートで逃げるのなら大したものだ』
残された南海艦隊の主力は輸送船団を失い、ハワイに孤立。大抵の指揮官にその決断は難しい。
では逆にゲートから援軍が来る可能性は?――と問えば、神明は可能性はあると言いつつも、南海艦隊ほどの規模が展開していて、北米侵攻に全力を出したい異世界帝国が、それに匹敵する援軍をハワイに送るだろうか、と答えた。
牽制役である南海艦隊には、物資補給はしても、戦力は北米に、と敵は考えているはずである。
『まあ、真っ先にゲート艦を沈めるのが一番面倒がないんだがね』
神明は言った。
南海艦隊主力をT艦隊が襲撃している中、義勇軍艦隊は、作戦通り、輸送艦ならびに支援艦艇をことごとく沈めていった。
もちろん、転移ゲート艦は真っ先に撃沈された。
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