第766話、オアフ島沖海戦
ムンドゥス帝国南海艦隊司令長官、アティヒマ大将は顔面蒼白であった。
改メギストス級大型戦艦『バシレイヤー』の司令塔に上がった大将は、洋上の星形桟橋に係留されているオリクトⅡ級戦艦やリトス級大型空母が、防御シールドを展開することもできず被弾し、炎上する様を目撃した。
「長官……!」
参謀長もまた血の気の引いた顔で、直立不動のまま言葉を飲み込んだ。
おそらく彼の脳裏には、複数の潜水艦の襲撃があった時点で、アティヒマを起こすべきだったと後悔の念が渦巻いているのだろう。
失態。叱責を身構えているようだが、アティヒマはその件は何も言わなかった。
「桟橋からの離脱を急げ! シールドが展開できないのだ。対空砲、敵機を撃墜せよ!」
すでに始まった敵の攻撃。司令長官として命令を発してから、ようやく考える時間ができる。
敵は、おそらく日本軍であろう。アメリカが空母群を派遣してハワイを攻撃する余裕はない。
そして日本軍がアメリカに援軍を派遣するのであれば、ここに居座る南海艦隊は邪魔であろう。
「情報参謀、敵攻撃隊の規模は?」
「正確な数についてはわかりませんが――」
「概算でかまわん」
「はっ、およそ300から400機と思われます。報告にバラつきがある上に、この混乱ですから、正確な数は――」
「航空参謀、敵が日本軍として、300から400ということは空母は何隻と予想できるか?」
「はっ、日本軍の標準型正規空母がおよそ65から75の間となりますから、5、6隻。いえ、直掩の分を差し引けば、もう2、3隻あるかもしれません」
「日本軍の主力は、インド洋でテシス大将の艦隊と戦ったはずだ」
アティヒマは眉間にしわを寄せる。
「7から9隻の空母と、その艦載機を運用できる戦力が残っているのか?」
「それについては、何とも――」
航空参謀は控えめに答えた。インド洋の戦いの詳細は、南海艦隊司令部にもまだ伝わっていない。自軍にどれくらいの被害が出たのか、日本軍にどれだけの戦力が残っているのか、わからないのである。
「……うむ。艦隊の待機グループの戦闘機はどれだけ上がれた?」
桟橋に係留されている空母は、航空機を即時展開できないが、待機グループの空母――中型5、軽空母5は飛行甲板に戦闘機を待機させていたから、奇襲に対しても発艦が可能なはずだ。
「それが、最初から夜間哨戒で上げていた機以外は、飛び立てなかったようで……」
航空参謀は言葉を濁した。命令では待機となっていたが、まさか襲撃されると思わず、初動に遅れたか。
実際は攻撃隊のF4Uコルセア、暴風戦闘爆撃機は、これら飛行甲板に戦闘機が並んでいる艦を真っ先に狙った。発艦前後にロケット弾を撃ち込み、迎撃を阻止されてしまったのである。飛行甲板全体だ炎上していた空母の正体がこれである。
「動ける艦艇を集めて、移動する。敵の第二次攻撃隊がくるやもしれん」
アティヒマは、ようやく動き出した旗艦『バシレイヤー』から、難を逃れた艦艇が集まってくるのを確かめる。
大破、沈没した艦艇は少なくないが、艦上構造物の被害はあれど、航行に支障がないという艦が思ったより多かった。
これについては航空参謀が言った。
「敵機は、艦爆が多く、艦攻が比較的少なかったのかもしれません」
海面より下に穴が開かなければ、船というのは中々沈まないものだ。空母が発着艦機能を喪失し、戦艦、巡洋艦が艦橋を失っても洋上にあるのはそういうことだ。
「しかし戦闘能力に支障がある艦は多そうだ」
浮いているだけでは、戦力にならない。指揮に必要な艦橋、射撃装置やレーダー、通信設備のダメージなどなど。爆撃が多いということは、沈没艦は減るが、戦闘に耐えられない艦が多くなる。
「使える艦と使えない艦の識別を急がせろ。健在な艦で艦隊を編成し、敵艦隊への反撃に出る。――索敵機は飛ばしているのだろうな?」
「はっ、すでに残存巡洋艦から偵察機を飛ばしてあります。しかし、提督。こちらは空母がほぼやられました。航空機による反撃はおろか、エアカバーも、ヒッカム飛行場の戦闘機しかありません」
「警戒部隊の軽空母はどうした? それもやられたのか」
「あ!」
失念していたらしく航空参謀が声を上げた。オアフ島周囲の警戒、潜水艦対策に水雷戦隊のほか、軽空母を15隻も分散ながら配置してあった。艦載機35機のグラウクス級軽空母といえど15隻もあれば、エアカバーには充分な数がある。
「とにかく、戦力を集めて反撃せねばならない。南海艦隊として、だけでなく、ムンドゥス帝国軍人としての沽券に関わる」
やられたらやり返す。黙って引き下がりはしないのだ。
旗艦『バシレイヤー』を中心に、残存艦で討伐艦隊を編成するアティヒマ大将だったが、次の攻撃が、艦隊を襲った。
「何事か!?」
『本艦隊、右舷方向に敵と思われる艦が複数、至近距離にて出現!』
「何だとっ!?」
小癪な敵機動部隊へ追撃をかけようと思ったら、敵は先手を打って殴り込みをかけてきた。
空襲を受けたとはいえ、まだそれなりの数が残っている南海艦隊の規模を考えれば、まさか敵の方から乗り込んでくるとは想像できなかった。
それとも、敵は南海艦隊と正面から殴り合うに充分な大艦隊だとでもいうのか? あり得ない。繰り返しになるが、アメリカ軍は本土から離れられない。日本軍はインド洋で相応の被害を受けているはずだ。
南海艦隊と、まともにぶつかれる戦力を送れる余裕などないはずである。
「各艦、防御シールドを展開。敵の数を確認し、しかるのち、各艦の判断で反撃せよ!」
艦隊が集結中という状況で、今は戦隊レベルでの指揮権について怪しいところがある。ここは浮き足立つことなく、まず冷静に敵を見据える必要がある。落ち着けば、おそらく反撃もできる。
そうアティヒマは考えたのだが、この指示が、より被害を拡大させることになる。
・ ・ ・
「戦艦、大型巡洋艦は大型艦。重巡洋艦は、敵巡洋艦を砲撃せよ!」
T艦隊司令長官、栗田 健男中将は命令を発した。
空襲の際に、彩雲改二が転移中継ブイを落としたことで、敵艦隊の至近に転移してきたT艦隊である。
航空戦艦『浅間』『八雲』、巡洋戦艦『武尊』、大巡『石動』『国見』が、三連光弾砲を放つ。防御障壁を貫通するそれら三連光弾は、まずシールドを展開し敵を確認せよと命じられた異世界帝国艦にとっては、ただただ先制を許す結果となった。
自らはシールドで攻撃できない。しかし日本軍はそれを貫通する砲撃を仕掛けてくる。集まったオリクト級戦艦やプラクス級重巡洋艦が、反撃もできずに一方的に被害を拡大させ、戦闘力を奪われていく。
さらにブイ経由で、第三航空艦隊の第二次攻撃隊が出現し、砲撃戦を行うT艦隊の逆サイドから、転移誘導弾を開始。障壁のせいで対空砲も撃てない異世界帝国艦艇を痛打していく。
南海艦隊は、残存艦艇の集結中というタイミングと相まって、対応が後手後手に回り、被害が拡大していった。
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