第765話、ホノルル近海泊地


 ムンドゥス帝国南海艦隊司令長官、アティヒマ大将は旗艦である改メギストス級大型戦艦『バシレイヤー』の長官室で睡眠をとっていた。

 ところが、ふと目が覚めてしまう。異変を察知したように目は見開かれ、何が異変か視線を巡らす。


 外に誰かいる。声を落とそうとしているが、緊張を含んだその声に、アティヒマは耳を澄ます。


『――いや、潜水艦なのだろう? それで長官を起こすわけにもいかん』


 潜水艦?――ぼんやりとした思考の中、潜水艦が何だというのか考える。


『警戒配置についている駆逐艦を――』


 参謀長の声が離れていく。これは、ハワイ近海に日本かアメリカの潜水艦が現れ、その対処の話だったのだろう、とアティヒマは脳に理解させた。

 起こさなかったのなら、些細な問題だったのだろう。ここのところ神経を張っていて、疲れている。アティヒマは二度寝にかかる。


 ゲラーン・サタナス中将が、北米西海岸に艦隊を進めるため、ハワイ諸島を占領した際、その後方戦力と、兵站確保のために動員されたのが、再編された南海艦隊である。

 アティヒマは、先代の南海艦隊の主力が壊滅した時、地球制圧軍本拠地の防衛を担う守備艦隊の指揮官であった。所属は南海艦隊だったから、そのままスライド昇任した。


 中将から大将になったものの、今回の作戦では、全面的にゲラーン中将の支援艦隊という扱いであり、中将の意思に大将が従うという流れが出来ていた。もっとも元々、積極性に乏しいところがあるアティヒマだから、帝国上級貴族のやることと割り切っていた。


 そのゲラーンの艦隊が、要塞島エレウテリアーの喪失で、孤立し、ハワイへ撤退中という報告を受けた。

 これは、アティヒマにとっては嫌な知らせで、ゲラーンに何かあれば、自分に何の落ち度がなくとも、本土を含めて帝国上層部から、クビを宣告されかねない事態であった。


 タンカーを含んだ援軍艦隊を派遣したことで、一応手は打ったものの、アティヒマと南海艦隊には、ハワイを保持し、日本海軍を牽制する役目もこなさねばならなかった。


 北米侵攻作戦は、それだけ地球征服軍にとっても重大な作戦なのだ。だから、全軍を率いて、ゲラーン艦隊をお迎えしたくても、ハワイを離れることが許されない状態だった。

 せめて、エレウテリアー島がゲラーンのもとに残っていれば、転移ゲートでハワイのキュクロス級ゲート巡洋艦のもとに戻れたのだが……。


 言っても仕方がないことだが、アティヒマとしては愚痴りたくもなる。だがエレウテリアー島がなくなるとか、誰も予想できなかったから、その点について真っ向から批判もできなかった。


 南海艦隊としては、ゲラーンのことを除けば、関心は日本海軍の動きであった。アメリカは、ムンドゥス帝国の北米侵攻作戦で手一杯。

 日本は、インド洋か、あるいはハワイのどちらかに主力艦隊を送ると思われたが、結果を言えば、彼らはインド洋を選択した。


 名将ヴォルク・テシス大将の紫星艦隊の対処を優先したのだが……どうも紫星艦隊は、日本海軍に撃退されてしまったらしい。

 ハワイの南海艦隊にも速報は届けられ、アティヒマも少なからず衝撃を受けた。だがかのテシス大将と戦って、日本海軍も相応の被害を受けたのは間違いない。だから、取って返して連合艦隊の主力が、いきなりハワイに現れるということはないはずだ。


 しかし、日本海軍には神出鬼没の転移遊撃艦隊があるとされる。これらがハワイに仕掛けてくるのが気掛かりであり、アティヒマは、オアフ島周囲に多数の警戒艦を配置した。

 これはオアフ島占領の際に、米軍施設を破壊したためで、レーダーなどを修理が進んでいないことも影響している。


 警戒部隊に加え、停泊中の艦艇の3割ほどは、敵が乗り込んできた場合に備えて臨戦待機させてある。

 たとえ、日本海軍が仕掛けてくるとしても、一方的にやられることはない。アティヒマと彼の司令部参謀たちは、そう考えていた。


 ゲラーン中将がハワイで合流した後は……どうなるのだろう――アティヒマは考える。そのまま南海艦隊もまた本拠地へ下がるのか。あるいは、北米侵攻が済むまで、牽制役としてハワイを守ることになるのか。


 どうにも後者くさいが、そうなるとオアフ島の設備の復旧と、防衛戦力の増強は不可欠だ――うとうとしつつ、間もなく眠りにつくところだったアティヒマだったが、空襲を告げる警報が鳴り響き、ベッドから叩き起こされることになる。


「……空襲警報だと!」


 苦虫を噛み潰したような顔で、起き上がりアティヒマは素早く軍服に袖を通すのだった。



  ・  ・  ・



 まず攻撃を仕掛けたのは、義勇軍艦隊所属の潜水戦隊である。

 異世界帝国は、オアフ島近海に警戒部隊を配置し、敵艦隊や航空隊の侵入に備えていた。これらが敵を発見したならば、南海艦隊主力に伝わり、待機艦艇が即時戦闘態勢をとって行動を開始する――島の索敵システムに頼れない分、用心はしていた。


 が、その警戒部隊を、義勇軍艦隊は攻撃したのである。

 15隻の潜水艦は、四つの隊に分かれて、異世界帝国の警戒線上の駆逐艦に対して、雷撃を敢行した。


 開戦時、ハワイにあった米潜水艦『アルゴノート』『ノーチラス』『ドルフィン』『カシャロット』『ポーパス』『プランジャー』『ガジョン』、そして第一次世界大戦時、通商破壊で暴れ回った独Uボートの『U-81』『U-83』『U-84』『U-85』『U-87』『U-88』『U-89』『U-92』は、いずれも幽霊艦隊が回収し、マ式装備で生まれ変わったものだ。

 誘導魚雷を装備した幽霊艦隊マ式潜は、次々と異世界帝国の主力駆逐艦であるエリヤ級を撃沈していった。


 この襲撃は、当然ながら南海艦隊司令部にも通報される。潜水艦による雷撃――それが複数件。

 これに対する司令部の反応は鈍かった。アティヒマ大将ら就寝中の者も多い中、当直の参謀は、参謀長に報告するも、潜水艦部隊による攻撃ならば警戒部隊の駆逐艦を集中投入すれば対応可能とし、待機部隊や星形桟橋の艦艇へ特に命令は出さなかった。


 ただ待機中の一部の駆逐艦に対しては、増援に駆り出される場合があるので、備えておくようにと指示が出た。

 その間にも警戒部隊のエリヤ級駆逐艦と、メテオールⅡ級軽巡洋艦を血祭りにあげられ、警戒線の一角に穴が開く。

 破滅は、その穴に注がれた。


 日米空母より発艦した攻撃隊、計345機が先導機に従い、低空飛行で侵入。航空機の群れは、一気に泊地へ流れ込んだ。

 水平線から朝日が覗き込む頃、義勇軍艦隊、支援部隊、そしてT艦隊の航空隊の爆撃が始まった。


 F4Uコルセア、暴風戦闘爆撃機がロケット弾を発射。動き出した駆逐艦や空母の飛行甲板に、複数のロケットが着弾し、爆発する。迎撃の間もない襲撃で、大型、中型、小型問わず空母の飛行甲板が炎に包まれる。


 さらにF6Fヘルキャット雷撃装備が、さらに海面近くを飛び、魚雷を投下。ここは真珠湾ではないので、深さは気にする必要がない。海底に魚雷が突き刺さることなく、錨を上げる間もない異世界帝国空母、戦艦、あるいは巡洋艦の艦腹に突き刺した。

 攻撃隊に加わる彩雲改二が転移中継ブイを落とせば、そこから第三航空艦隊の九七式艦上攻撃機、二式艦攻、九六式陸攻などが出現。対艦誘導弾を遠くの敵艦に撃ち込んだ。


 待機中の帝国艦も当直の士官の命令を待つことなく、見切り発車で持ち場の対空銃座から発砲を始める者も現れるが、それは少数であり、侵入機を捉えられなかった。

 次々と800キロ誘導弾による被弾で大爆発を起こす異世界帝国艦。空母の艦上は敷いた油に火をつけるが如く、激しく燃え上がる。


 障壁弾頭ロケット弾を艦橋に食らった戦艦や巡洋艦が、塔状構造物を叩き折られて、崩れ落ちる。また魚雷を受けた軽空母がぐるんと回って転覆し、赤い船底を晒す。

 ホノルル近海泊地は、業火に包まれた。

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