第770話、盤石の第一戦闘軍団


 ムンドゥス帝国第一戦闘軍団は、北米侵攻のため、その大艦隊を進めていた。

 キーリア級超戦艦を旗艦とするその艦隊を率いるのは、第一戦闘軍団司令長官のパーン・パニスヒロス大将である。


 酷く腹の突き出た男だった。六十代にしては髪も黒く若く見えるが、その中年太りした体格もあって、容姿については軍人らしくない。

 上流貴族が軍服を着ているというのは、そのものズバリであり、細く長い髭をいじる癖が彼にはあった。


「――で、結局、どうなったの? 第二戦闘軍団と第三戦闘軍団は?」


 何とも軽い調子でパニスヒロスが、参謀たちを見渡す。いずれも劣らぬ美貌の女性参謀たちは恭しく頭を下げ、参謀長のニキティス中将が口を開いた。


「合流は無理でしょう」


 眼鏡をかけた怜悧な視線を投げかけるニキティスに、パニスヒロスは小さく体を震わせた。あの参謀長の視線を受けると、ゾクゾクしたものが流れるパニスヒロスである。


「第二戦闘軍団は、ジブラルタル海峡を封鎖する氷壁に阻まれて、足止めされたままです。転移照射装置を搭載した巡洋艦が氷壁排除に向かったとのことですが、道中に敵の潜水艦の雷撃を受けて航行不能。こちらの戦闘開始には、どうあっても間に合いません。……無様ですね」

「そうだな、無様な」


 パニスヒロスは同意した。参謀長が、自分より位の高い指揮官を率いる艦隊をすっぱり切り捨てるのは問題がないわけではないが、パニスヒロスはその辺り寛大な指揮官であった。

 そもそも、第二戦闘軍団が合流していれば、まだ少し戦力配分に余裕ができていたわけで、実害を被っているので、批判したくもなるのである。


「第三戦闘軍団は、アマゾン川ルートを諦めて、アフリカゲートへ迂回しました。が、こちらが足を止めない限りは、追いつけないでしょう」

「そりゃあね、こちらも進んでいるからね」


 大体同じ速度で航行していれば、そうなる。先行するほうが足を止めるか、追いかけてくるほうが足を早めるしかない。


「待ちますか?」

「いいや、地球征服軍司令部は、さっさと侵攻を始めてほしいみたいだからね」


 パニスヒロスは顔をしかめた。

 こんな辺境世界くんだりまで来させられたのは、思うところもある。しかしムンドゥス帝国の沽券に関わることとあり、さらに皇帝陛下の指示とあればやらないわけにもいかない。


 正直、パニスヒロスにとって地球世界などどうでもよく、上司の命令とあれば仕事はしますよ、というスタンスだった。

 そして今、その上司といえる地球征服軍のサタナス元帥は、この世界の日本軍というのをよほど目障りに感じていた。

 インド洋に日本軍の主力を引きつけたから、邪魔が来ないうちに北米に上陸しろと、暗に背中を押されている。


「やはり、強いのかねぇ、ニホンとかいう国の軍隊は」

「地球征服軍は、散々煮え湯を飲まされたようですから」


 ニキティス参謀長は事務的に答えた。


「あのヴォルク・テシス大将も手を焼いているとか……」

「ふうん、あの戦争馬鹿でも勝てないというのは、相当だね」


 パニスヒロスは言葉を選ばなかった。皇帝親衛隊であり、帝国一の名将を誉れ高いテシス大将に関して、帝国本土の大貴族たちは、戦争狂、戦争馬鹿と感じていた。


「それを聞いちゃうと、何か不安になってきた」

「本当に不安に感じていますか?」

「そりゃあね、僕だって人間ですよ」


 まったく不安そうに見えない顔付きで、パニスヒロスは言うのである。


「特に今は、上陸五ヶ所のために戦闘軍団の主力を六つに分けているわけで、これは各個撃破される可能性も考えちゃうわけで」

「……」

「いやね、もちろんニキちゃんが最善を尽くしてくれたことはわかっているよ。君の布陣に文句があるわけではないんだ」


 指揮官は世間話のように言う。

 第一戦闘軍団は、アメリカ東海岸の上陸のため、上陸船団とそれを護衛する戦闘艦隊を分けている。

 上陸船団は五つ。直接の護衛としてルベルクルーザーが各50隻ずつつき、さらに戦艦20、空母10、重巡洋艦20、軽巡洋艦20、駆逐艦60を船団の一つずつにつけている。


 パニスヒロスの本隊は、戦艦21、空母10、重巡20、軽巡60、駆逐艦80で構成され、上陸船団の後方にある。さらに後方には輸送船団が三つあり、駆逐艦40がそれぞれに護衛につく。

 側面防御として、イギリスの鹵獲艦隊と、南米艦隊がいる。……本来なら、ヨーロッパの地元艦隊であるバルト海艦隊や、黒海艦隊などもこの作戦支援につくはずだったが、敵の妨害によって合流はできなかった。

 これとは別に潜水艦隊が展開し、索敵と敵潜水艦対策、他、別任務で行動している。


「第二戦闘軍団がジブラルタルを抜けていれば、各上陸船団につける戦力は倍増したんだけどねぇ……」

「現状の編成でも、一個艦隊で、アメリカ、イギリス、それぞれの艦隊と互角以上に渡り合える戦力があります」


 ニキティスは眼鏡のブリッジを押した。


「それが五個あるわけですから、敵に上陸船団全てを防ぐことはできません」

「……それ、一つか二つの艦隊がやられて、上陸できないってことじゃない?」

「残りは上陸できますよ」


 ニキティスはまったく動じなかった。


「そのやられた艦隊も、せいぜい米英艦隊と相打ちになってくれるでしょうし、最終的に上陸した陸軍が大陸を征服してしまえば、勝ちです」

「そりゃあ、まあ、そうなんだけどねぇ」


 パニスヒロスは目を細くした。


「ニホン艦隊が出てきたら?」

「インド洋、さらにサンディエゴでも一戦をやっているとの報告がありましたから、たとえ大西洋に現れても、一個艦隊程度の戦力でしょう。物量差で、こちらの勝利は揺るぎません」

「ほうほう、ずいぶんと自信たっぷりなことで……。賭けをしようじゃないか、参謀長。僕はニホン軍が、やらかしてくれる方に賭ける。君の作戦通りにニホン軍を返り討ちにできたら君の勝ちだ」

「いいですよ。それで、何を賭けますか?」

「そうねえ、君が負けたら裸で踊ってもらおうかな」

「……閣下が負けたら、裸で踊るんですか?」

「いいよ。僕の醜い脂肪の塊をたっぷり見せてあげよう」

「楽しみにしておきます。まあ、私も胸に脂肪の塊がついていますから、そこはお互い様ではありますけど」

「君のは綺麗だよ。僕のお腹と違ってね」


 そこでパニスヒロスは、改めて北米地図を見やる。上陸地点の五ヶ所がマーキングされてある。

 北から、ニューヨーク、ノーフォーク、ウィルミントン、サバーナ、ジャクソンビルだ。


「敵の飛行場については、どう対処する? おそらく米軍は、艦隊の不足を陸上基地の航空隊で補うだろう」


 艦隊と基地航空隊、それを同時に相手にするのはさすがに分散している分、厄介だ。


「アフリカ方面軍より、アステール攻撃隊が、上陸に先んじて、敵飛行場を片っ端から破壊する手筈になっています」


 ニキティスは、文章を読み上げるように告げる。


「制空権はこちらにあり、です。上陸部隊が心配するのは、敵艦隊の空母航空隊のみ。しかしそれも、護衛についている各戦闘群の航空隊がシャットアウト致します」


 万事、抜かりなし。第一戦闘軍団は、北米東海岸を目指す。

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