第6話、トラック沖海戦4


 日本海軍第一艦隊は、異世界帝国の主力艦隊と交戦していた。


 戦艦7隻、重巡洋艦4隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦23(軽空母2隻、水上機母艦2隻、駆逐艦2隻は後退している)が、敵主力艦隊とぶつかる。


 旗艦『大和』は敵大型戦艦と撃ち合っていた。46センチ砲を存分に撃ち込んだのだが、これが当たらない。


 距離があればあるほど、砲撃とは、とかく当たらないものである。それを少しでも補うため、砲門数を増やして命中する確率を上げる。


 当たるまでの根比べ。


 しかし、この砲撃戦は『大和』と敵大型戦艦だけのものではない。『長門』含む6隻の戦艦もまた、異世界帝国の戦艦9隻と撃ち合ったのである。


 しかし数の差は、覆しようがなかった。


 最初にやられたのは『山城』だった。35.6センチ連装砲6基12門を持つこの戦艦も、砲門数を増やした結果、装甲すべき弾薬庫の範囲が大きくなり、重量の割に装甲が薄い。

 そこに40.6センチ砲弾、そして34.3センチ砲弾が降り注ぎ、大破、航行不能となった。


 次に『伊勢』が艦橋に被弾、戦闘続行が困難となり、戦線離脱する。


 5対10。異世界帝国の戦艦の砲撃は、残る日本戦艦に集中。ほぼ倍の砲弾にさらされ、被弾が相次いだ。


『長門』が41センチ主砲で、敵戦艦1隻を轟沈させたが、直後、『扶桑』が弾薬庫誘爆で船体が真っ二つになって沈没。


『日向』もまた、無数の砲弾を浴びて、大炎上。突然、煙突付近から大爆発を起こしてこちらも沈んだ。


 旗艦である『大和』も敵大型戦艦ほか、複数の戦艦からの攻撃を浴び、左舷副砲が破壊され、第三砲塔も被弾し損傷。敵大型戦艦の43.1センチ砲弾を艦中央、艦尾に受けて浸水による速度低下に見舞われた。


 また巡洋艦以下、水雷戦隊もまた、苦戦を強いられていた。


 第一艦隊所属の第六戦隊――『青葉』『衣笠』『古鷹』『加古』――4隻の重巡洋艦は、突撃する第三水雷戦隊を支援したが、異世界帝国の重巡洋艦は10隻。戦艦とよく似たシルエットを持つ同軍重巡洋艦は、青葉型・古鷹型よりも砲の数も隻数も勝っていた。


 結果、数で押し負け、『青葉』は大破、『衣笠』『古鷹』『加古』は撃沈されてしまう。


 そんな中、突撃した第三水雷戦隊は、迎撃する敵軽巡洋艦と駆逐艦とぶつかった。ここでも軽巡の数で勝る異世界帝国が、その火力で三水戦を圧倒。


 軽巡『川内』と吹雪型駆逐艦11隻はよく戦ったが、敵駆逐艦4隻を撃沈。軽巡2、駆逐艦3隻を損傷するのと引き換えに全滅した。


 この三水戦の犠牲の間に、第一水雷戦隊、『阿武隈』と第21、24駆逐隊が、側面雷撃を仕掛け、第九戦隊――『北上』『大井』の突破を援護した。


 第九戦隊の2隻の軽巡洋艦は、61センチ四連装魚雷発射管10基を搭載した重雷装艦に改造されていた。


 来たるべき米太平洋艦隊との艦隊決戦に備え、必殺の酸素魚雷を40本も抱えた、漸減作戦における切り札的存在だった。


 そして『北上』と『大井』は、苦戦する戦艦群を援護すべく、敵戦艦群に片舷20本の魚雷を発射した。


 彼我の戦艦群の間を横切る格好の2隻。敵戦艦は正面から突っ込んできていた。被弾面積は狭くなるのが気がかりではあったが、艦首を吹き飛ばせれば、速度低下と戦闘力の大幅低下が見込まれた。


 これが決まれば、まだ可能性はあった。


 だが、現実は残酷だった。必殺の九三式魚雷は何本か迷走した上に、真っ直ぐ進んでいたものも、命中するより早く次々に爆発してしまったのである。信管が過敏だったのか、誤作動か。


 ともあれ高価な必殺魚雷は、そのほとんどが目的を果たす前に早爆し、残るわずかな魚雷も敵艦を掠めることもなかった。


 あまつさえ、抜け出た『北上』『大井』を阻むべく、敵軽巡戦隊が砲撃を浴びせ、『大井』がその集中砲火で撃沈されてしまう。


 切り札として期待された重雷装艦は、絶好の機会に恵まれつつも、その役割を果たすことはできなかった。


 なお、魚雷の早爆は、三水戦を援護した一水戦の放った魚雷でも起きたから、決して重雷装艦が悪かったわけではない。


 だが結果的に、一水戦もまた、敵巡洋艦戦隊を仕留め損なったことから、反撃を受けて大打撃を被る。


 事ここに到り、山本長官は、第一艦隊に戦線離脱を命じた。


 大勢は決した。多くの艦が沈み、生き残った艦も損傷した艦が多かった。


『大和』も多数の被弾で、機関は無事だったが、浸水による速度低下と、主要火器に大損害を受けていた。


『長門』と『陸奥』は被弾しつつも、戦闘力は残っており、友軍撤退のため援護に回ったが、それが仇となり、敵大型戦艦の43.1センチ砲弾を立て続けに受けて、『長門』が力尽き、『陸奥』もまた、舵を損傷したところを、敵戦艦からの集中砲火を浴びて、黒煙と共に波間に消えた。


 第一艦隊は、異世界帝国の主力艦隊と交戦し、7隻あった戦艦のうち5隻を喪失したのだった。


 異世界帝国は、撤退する日本艦隊をこの時は追わなかった。彼らはトラック諸島の制圧という任務があり、艦隊戦による自軍の被害確認を優先させたためだった。


 満身創痍の第一艦隊に、同じく傷ついた第二艦隊、第一航空艦隊が合流。本土への撤退が開始された。


 連合艦隊は、トラック沖でのムンドゥス帝国との海戦に敗れたのだ。



  ・  ・  ・



 都合6時間に及ぶ大海戦は、帝国海軍が十数年の間に築き上げてきたものを打ち砕いた。


 連合艦隊旗艦『大和』の司令塔に山本長官が来ると、先にその場にいた宇垣参謀長は背筋を伸ばした。


「長官、よろしいのですか?」

「うん、まあ……会議室にいても暗くなるばかりでな」


 参謀たちは、今回の敗戦ですっかり意気消沈している。宇垣は、部下たちの手前、敗軍にあっても泰然とせねばと皆の前に立っていたが、連合艦隊の頭脳たちは、すっかり自信を喪失していた。


 ――あれだけ手酷くやられてはな。


「東郷元帥も、これでは浮かばれんな」


 山本がボソボソと言った。


「ロジェストヴェンスキー提督も、こんな気分だったのだろうか……?」


 日露戦争の折り、日本海軍が大勝した日本海海戦において、ロシアバルチック艦隊を率いた提督の名前が出た。


 ――確か、長官も、その時巡洋艦『日進』で……。


 宇垣は記憶を辿る。山本は日本海海戦に参加し負傷していた。


 なるほど、今回の戦いは、日本海海戦でいうバルチック艦隊に並ぶ大敗北かもしれない。トラック防衛の任務を果たせず、むざむざ敵に明け渡した。内地に帰れても、責任を問われて予備役編入、間違いなしだろう。


「ああ、そういえば長官。先ほど妙な通信が軍令部から来たのですが……」

「軍令部から?」

「はあ……。帰還援護のため、第九艦隊がこちらに向かっているとのこと。そちらと合流せよ、とのことです」

「第九艦隊……? 何だそれは?」


 山本が訝るのも無理はない。宇垣も、この謎の『第九艦隊』については初めて聞いたのだから。

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