第534話、転移で離脱、転移で救援


 第九艦隊が、第八艦隊の救援に攻撃隊を差し向けようとした、まさにその時だった。

 海面ギリギリを這うように、異世界帝国の攻撃隊が飛んできた。

 艦隊外周を守る防空艦――冬月型駆逐艦『朧雲おぼろぐも』が、それを見つけ、通報した。


『右舷より敵機! 低空を突っ込んでくる! 数十……百機前後!』

「対空戦闘! 旗艦に連絡!」


 朧雲の駆逐艦長が矢継ぎ早に指示を出すが、主砲である長10センチ連装高角砲を向けるより前に、敵機の先頭は、艦隊の防空陣形内に侵入した。


 零戦、烈風、九九式戦闘爆撃機などが、てんでバラバラに発艦を始めているところに、異世界帝国のエントマⅡ高速戦闘機、ミガⅡ攻撃機が襲いかかる。


「敵襲だと!?」


 旗艦『鰤谷丸ぶりたにまるで、新堂中将は顔を引きつらせた。艦橋から、艦隊のすぐ上を、敵機が多数入り込んでいるのが見えた。

 対空戦闘を命じるのも、些か遅すぎるほど懐に潜られていた。いったいどこからこの敵機の大群は現れたのか?


 付近に異世界帝国の空母部隊は発見されていない。だから突然、これが湧いてくるはずがないのだ。あるとすれば、転移でも使ったか、ここまで巧みに遮蔽で隠れていたか。


「発艦作業中止! 防御障壁を緊急展開後、艦隊は転移離脱を行う!」

「転移、離脱するのですか!?」


 安村航空参謀が驚いた。新堂は唸る。


「ここまで飛び込まれたのだ。障壁を展開したらこちらは何もできん! 一度距離をとって仕切り直すしかない!」


 爆発音が響いた。艦載機を発艦中の空母を敵機が攻撃したのだ。

 それはそうである。戦闘機が飛び上がる前に、その発艦能力を奪うのは、敵味方問わずそうするだろう。


 艦隊一の巨艦である、特務艦『鰤谷丸』に迫る敵機。エントマⅡから、ロケット弾が放たれるが、すんでの所で障壁が働き、直撃を防ぐ。大きさは日本海軍でも上位のスケールだが、しょせんは民間船改造艦。防御障壁なしでは脆い。防御が間に合ったところを安堵する新堂たちだが――


『牛谷丸、被弾!』


 僚艦にして、鰤谷丸の後ろにいたルシタニア号改造の『牛谷丸』が、飛行甲板から火を噴いていた。敵の侵入口からみても、微妙に『牛谷丸』のほうが近かった分、防御が間に合わなかったのだ。


『「雲龍」に直撃! 火災発生の模様!』

『「角鷹」に火災! あっ、「神鷹」にも!』


 ミガⅡ攻撃機の光弾砲、爆弾、魚雷が第九艦隊艦艇を襲う。障壁が間に合った艦もあるが、攻撃が先に届き、炎を上げる艦も少なくない。


『「瑞穂」に誘爆複数! 大炎上中!』


 水上機母艦『瑞穂』が艦上の瑞雲や爆弾、燃料に誘爆し艦の半分以上が火だるまとなっていた。


 無事だった空母『飛龍』『蒼龍』、そして甲板が燃えていた『雲龍』が転移で離脱。第九艦隊の艦艇が、次々に転移を行う。被弾、損傷した艦も緊急離脱の実行を訓練でやっているので、全艦の離脱は時間の問題に思われた。

 防御障壁を展開しつつ、敵機の攻撃を凌いでいる『鰤谷丸』は、いまだ海域に残っていた。


「障壁の強度が下がっています。あまり長くは保ちません」


 鰤谷丸特務艦長の大幡大佐が報告する中、新堂は苦い顔で頷いた。繰り返すが、艦隊で一番の巨艦である『鰤谷丸』である。敵からもその存在は目立つ。


「『瑞穂』と『角鷹』はどうか? 駄目そうか?」


 艦隊の全艦が離脱するまでは、旗艦は留まる――そのような流れの中、水上機母艦と軽空母1隻ずつが、洋上を漂っている。


「『瑞穂』は艦内電力が停止の上、転移離脱装置の操作要員が戦死。『角鷹』は誘爆が続いており、転移不能のようです」


 通信長からの報告を倉橋参謀長が受け、新堂に報せる。ますます苦い表情になる新堂。


「生存者を置いて、転移もできん。取り残したら、敵機にやられてしまうぞ……」

「しかし、転移離脱しませんと、このフネもやられます」


 離脱で第九艦隊艦艇が減っている分、残っている『鰤谷丸』に攻撃が集まってきている。敵も障壁の存在に気づいていて、攻撃を集中すればそれも破れるとわかっているのだ。


 大破した『瑞穂』『角鷹』の近くには、防空巡洋艦の『天神』、軽巡『鈴鹿』、六十七駆の『鱗雲』『朧雲』『霧雲』『畝雲』が防空戦闘を展開する。長10センチ高角砲や、25ミリ機関砲、20ミリ光弾機銃を敵機に向けつつ、攻撃態勢に入られると防御障壁を展開して、被弾を避けていた。


「他に残っている艦は――」


 見渡すと、転移巡洋艦である軽巡『夕張』が、『鰤谷丸」の左舷前方を航行していて、ふと、その上空に航空機が現れた。

 見張り員が叫ぶ。


『「夕張」上空に、戦闘機! ゆ、友軍機です!」


 翼に日の丸をつけた航空機――烈風が十数機が、その翼を翻して、第九艦隊上空の敵機に挑みかかる。

 さらに続々と『夕張』の真上に戦闘機が現れる。安村航空参謀は手を叩いた。


「そうか! 転移中継装置で、戦闘機を呼び寄せたのか!」



  ・  ・  ・



 第九艦隊が、敵機の奇襲を受けたと聞いた時、山本 五十六大将は、ただちに戦闘機隊の派遣を命令した。

 第一機動艦隊の空母戦闘機隊のみならず、連合艦隊旗艦『敷島』の直掩戦闘機も真っ先に投入したのだ。


 かくて、第九艦隊の上空に瞬く間に百機を超える日本戦闘機が現れたことで、異世界帝国の攻撃隊は撤退を開始した。

 第九艦隊は窮地を脱したが、応援に駆けつけた戦闘機隊の一部は、復讐とばかりに敵機の追撃を行った。


「奇襲してそのまま母艦に帰れると思ってないよなぁ!」


 炎上している空母と水上機母艦を見て、復仇に燃える戦闘機乗りたちは執拗だった。帰りは転移離脱装置を使えばいい考え、燃料が危うくなるまで地の果てだろうが追いかけてやろうという魂胆である。


 しかし、異世界帝国側も、エントマⅡ高速戦闘機で、追尾する烈風に反撃した。紫色の機体色――紫星艦隊所属航空隊は、エリート部隊であり、日本海軍の新鋭機である烈風をもってしても強敵だったのだ。


 だが追尾の甲斐はあって、敵の攻撃隊を送り出したのが、潜水機能と遮蔽装置を備えた新型の中型空母であることを突き止めることに成功した。

 これらは潜水してある程度距離を詰めた後、艦載機を展開。超低空で第九艦隊の索敵を躱して接近、奇襲したのだった。


 ともあれ、3隻が確認された敵空母は姿を消して、一連の航空戦は終了した。追撃を試みた戦闘機隊も、思いのほか手強かったエントマⅡとの戦いは、得るものより失うものが大きいと判断し、引き上げた。

 第九艦隊の救援、敵機を追い払うことはできたから、それでよしとしたのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・冬月型駆逐艦:『冬月』

基準排水量:2700トン

全長:135メートル

全幅:12メートル

出力:6万馬力

速力:35.5ノット

兵装:長10センチ連装高角砲×4 6連装魚雷発射管×1 

   対潜短魚雷投下機×2 25ミリ三連装機銃×6 

航空兵装:――

姉妹艦:「春月」「宵月」「夏月」「満月」「花月」「清月」「大月」「葉月」「山月」「浦月」

    「紅雲」「春雲」「八重雲」「鱗雲」「朧雲」「霧雲」「畝雲」

その他:撃沈した異世界帝国駆逐艦を合成して改修した駆逐艦。秋月型に準じた性能があり、艦隊防空に活躍した。

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