第535話、断腸の思い


 日本海軍第八艦隊を攻撃していた紫星艦隊だが、多数の航空機の接近をレーダーが捉え、戦闘を切り上げた。

 旗艦『ギガーコス』のヴォルク・テシス大将は、全艦に反転離脱と、遮蔽装置を展開するように命じた。

 参謀長のジョグ・ネオン中将は苦笑した。


「仕方ありませんな。こちらは空母を伴っていませんから」

「空母は、敵の機動部隊に使ったからな」


 まさに仕方ないと、テシス大将は肩をすくめる。


「ただ、連中に嫌がらせはできるだろう。シュピーラドを出せ」


 戦艦『ギガーコス』の後部甲板から、わずか6機だがシュピーラド偵察戦闘機が射出された。これらの遮蔽装置を装備する戦闘機は、それぞれバラけると姿を消していった。

 フィネーフィカ・スイィ首席参謀は何とも言えない顔をした。


「きちんと嫌がらせですね……」

「せっかくここまで足を延ばしてくれたんだ。歓迎くらいはしないと失礼というものだろう」


 心にもないことを言うテシス大将である。紫星艦隊が離れるせいか、日本艦隊もまた追撃することなく、後退していく。


 ――転移で増援を寄越してくると思ったが、そうでもなかったな。


 ヴォルク・テシス大将は、警戒していた敵艦隊の転移がなく、その理由を考えてみる。現れたのは、艦隊ではなく、また確認していた空母機動部隊ではない、別の航空部隊。……そもそもこれがどこから来ているのか、わかっていない。

 ネオン参謀長は、口を開いた。


「輸送船団は、なお進撃しているようですが……。よろしいのですか、アレをそのままにしておいて」

「我々の管轄ではない。好きにやらせるさ」


 その結果、日本軍から攻撃を受けて、全滅することになるだろうが。


「我々は、我々の任務を果たすだけだ」

「同じカルカッタへ向かう作戦なのに……」


 スイィ首席参謀は、物悲しい顔になる。


「運ぶものが違うだけで、囮扱いというわけですか」

「スイィ大佐は、きっぱり言ってしまうのだな」

「失礼しました、参謀長!」


 ネオンにたしなめられ、首席参謀は背筋を伸ばした。テシス大将は何も言わなかった。

 実際、日本艦隊から逃れた輸送船団だが、存在している限り、敵から攻撃されるだろう。そうやって船団が日本軍の注意を引いている間に、テシスの紫星艦隊は、彼らが命じられたモノの輸送を行うだけである。


 本来なら彼らは囮ではなかったが、保険が本命になった以上、カルカッタ上陸船団には弾除けになってもらう。



  ・  ・  ・



 紫星艦隊を撤収させたのは、巨大海氷飛行場『日高見』から出撃した第一航空艦隊の攻撃隊だった。

 第八艦隊の窮地に、一航艦の福留中将は、ただちに攻撃隊を派遣したのだ。空母を第九艦隊攻撃に回していた紫星艦隊は、遮蔽に隠れて戦場を離脱した。


 しかし置き土産とも言うべき、シュピーラド偵察戦闘機が、駆けつけた第一航空艦隊の攻撃隊に襲いかかった。

 幽霊戦闘機とも言うべきシュピーラドは、業風戦闘機、零戦五三型、月光双発戦闘機、一式陸上攻撃機の不意をついて撃墜していった。姿が見えない敵機に対して、無力な攻撃隊は、敵艦隊を捕捉できず、機体を少数とはいえ失う結果となった。


 第八艦隊残存艦、第九艦隊は、連合艦隊旗艦『敷島』と第一機動艦隊に転移で合流を果たした。

 その損害の大きさに、山本五十六連合艦隊司令長官は、インド洋海戦の勝利が吹き飛ぶほどの沈痛な表情を浮かべた。


「大破、航行に支障のある艦は、内地へ転移!」


 各軍港にて応急修理や負傷者の手当などを急がせる。浮かぶ鉄くずになるほどの艦はすでにここにはいないが、被弾して艦体に穴が開いている艦、砲搭がもげてなくなっている艦などが散見された。

 詳細な報告を聞く前から、その被害の大きさを予感させるに充分だった。


「――第八艦隊司令部は壊滅です」


 草鹿参謀長は、普段よりも沈んだ声を出した。遠藤 喜一中将、緒方 真記少将ら艦隊司令部は全滅。

 旗艦『摂津』は艦橋を失い大破したものの、転移離脱に成功。一方でその時間を稼ぐために矢面に立った僚艦の『河内』が砲撃戦の末、沈没。ほか大巡『生駒』、重巡『那須』、駆逐艦『嵐』『陽炎』『朝潮』が撃沈された。


 第八艦隊は大型巡洋艦が軒並み大破、もしくは中破。巡洋艦戦隊も、軽巡『鳴瀬』『静間』以外は被害が大きく、無傷で残ったのが別動だった特務巡洋艦4隻と駆逐艦8隻、そして主力に随伴する駆逐艦では『野分』『曙』『潮』のみという有様だった。


 そして空襲を受けた第九艦隊は、軽空母『角鷹』、水上機母艦『瑞穂』が大破。空母『雲龍』『神鷹』、特務艦『牛谷丸』、駆逐艦『千草』が中破。空母『翔竜』、防空巡洋艦『物部』ほか、駆逐艦3隻が被弾、小破した。


 防御障壁が間に合い、『飛龍』含む5隻の空母、別の場所に展開していた哨戒空母3隻は無傷。旗艦『鰤谷丸』、水上機母艦『千歳』『千代田』も切り抜け、第八艦隊に比べれば、沈没艦もなく、生存艦艇は多かった。


「……それで、第八艦隊を叩いた敵艦隊は?」

「偵察機を出していますが、発見できません」


 中島情報参謀が、眉間にしわを寄せて答えた。


「目撃情報から、東南アジア一帯を奇襲した紫の艦隊と、例の超戦艦ですが、遮蔽、あるいは転移ですでに海域を離脱したものと思われ、所在は確認できません」

「輸送船団の護衛にはつかなかったのか?」


 山本が感情を押し殺したように問う。中島は頷いた。


「はい。輸送船団は、そのまま北上を続け、第一航空艦隊の攻撃隊がこれを爆撃、さらに数をすり減らしております」


 第八艦隊救援のために駆けつけた一航艦の攻撃隊は、シュピーラド偵察戦闘機からのゲリラ攻撃に撃墜される機体が少数出た。

 しかし敵艦隊を攻撃できなかった腹いせとばかりに、輸送船団を攻撃。その数を50隻前後にまで減らした。


「特に指示がないようでしたら、残存する敵船団は、第六艦隊が攻撃をかける予定になっております」


 大型巡洋艦『塩見』率いる第六艦隊は、第一潜水戦隊の増援を受けて、現在、カルカッタ上陸船団の針路正面に展開して待ち伏せている。


 第一潜水戦隊は、マ式ではない通常動力潜水艦部隊であるが、開戦以降、生き残ってきた歴戦の潜水艦ばかりである。

 司令長官、三輪 茂義中将は、第八艦隊の遠藤中将と同期である。同艦隊壊滅と旗艦がやられた件を聞き、復仇の念をもって敵船団を撃滅するだろう。


「消えた大型戦艦と紫の艦隊の捜索は継続する」


 山本は断固たる調子で言った。しかし、弾薬を消費しており、燃料事情もあって、見つからなければ、内地へ引き上げることになる。

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