第536話、紫星艦隊、何処や?


 結局、第八、第九艦隊に大打撃を与えた紫色の艦隊――紫星艦隊は、索敵に引っかからず行方をくらました。

 第一機動艦隊、旗艦『伊勢』。海図台を睨みつつ、小沢 治三郎中将は言った。


「仇討ちはできんかったか」


 連合艦隊旗艦『敷島』から、『捜索中止、内地へ帰還する』と通信が入り、第一機動艦隊も撤収の準備にかかった。

 大前参謀副長は、神明参謀長に声をかけた。


「どうかされましたか?」

「あの紫の艦隊が、何故あのタイミングで現れたのか疑問に思ってな」

「……輸送船団の護衛だったのでは?」


 カルカッタ方面へ移動する船団の護衛として、妨害に現れるだろう日本軍に、不意打ちを食らわせるために、遮蔽装置で隠れていた。

 事実、第八艦隊、そして第九艦隊に大打撃を与え、撤退に追い込んでいる。


「その割には、あの紫の艦隊は、船団を守らなかった」


 現れた時同様に姿を消して、それ以後、丸腰に近い輸送船団が、日本軍に攻撃され全滅するまで、介入してくることはなかった。護衛部隊にあるまじき行為だ。


「日本海軍であれば、護衛を命じられたら、最後までそれを守ろうとするだろう」

「遮蔽の利を活かすために、消えたままだったのかもしれません」


 大前は自身の考えを口にした。


「もし、こちらが艦隊で乗り込んでいたら、そこを遮蔽から飛び出して仕掛けてきたかもしれない」

「どうかな。第六艦隊の潜水艦部隊は、遮蔽で隠れている敵の気配を影も形も感じていなかったというじゃないか」


 潜水艦部隊が襲撃していたのだ。もし近くに隠れていたとしたら、遮蔽のまま潜水艦に近づき、爆雷なり対潜誘導魚雷なりで仕掛けてきたとしてもおかしくない。

 しかし、第一潜水戦隊は、元からいた護衛部隊をほぼ失っていた敵船団を、ほぼ一方的に撃滅に成功した。敵は反撃できず、為す術なく伊号潜水艦の魚雷や浮上しての14センチ単装砲の餌食となっていった。


「もう、あの場にはいなかった。そもそも、船団の護衛部隊も、あそこに紫の艦隊がいたことを知らなかった節もある」

「……どういうことです?」

「わからん」


 神明はきっぱりと言った。


「ただ、何か意図があるはずだ。……もしかしたら、インド洋での戦い、まだ終わっていないのかもしれない」

「……まあ、あの紫の艦隊が彷徨うろついているとすれば、確かに制海権を確保したとは言えませんな」

「どこに行ったと思う?」


 神明の問いに、大前は首をかしげる。


「さあ……。船団を見殺しにして、カルカッタへ行くとは考えにくいですし、オーストラリア西部へ引き上げたか、マダガスカル島は……こちらが一度空爆していますから、そちらへは行かないとは思いますが」

「……」

「参謀長?」

「これは思いつきなんだが」


 神明は、そう前置きした。


「もしかして、我々が把握し損ねた輸送船団が、存在していた可能性」

「! ど、どういうことですか!?」

「根拠はない。が、敵が遮蔽装置だったり、潜水型空母を投入してきているんだ。遮蔽装置付きの輸送艦、あるいは潜水型輸送艦を用いて、ベンガル湾を進んでいる可能性もあると思った」


 それは――と大前がそこで視線に気づく、青木航空参謀や山下航海参謀、そして小沢長官が見ていた。


「敵の動きはこうだ」


 神明は告げた。


「敵の秘密の輸送船団を、我々の目に触れさせないため、カルカッタ方面に向かう上陸船団を攻撃する第八艦隊の前に、あの紫の艦隊が現れる。第九艦隊を攻撃したのは、長距離索敵の目を潰すためだろう。そしてこの二つの艦隊を取りあえず叩いて、撤退した場合、日本軍はどう行動するだろうか?」

「……紫の艦隊を捜索する?」

「そうだ。それと無事な上陸船団だな。紫の艦隊は遮蔽で隠れていて、しかも脅威度が高いから、こちらも血眼になって探すだろう。そして残っている船団を撃滅するために、ベンガル湾で待ち伏せしている別の部隊を引き寄せる」


 神明は海図台のベンガル湾を指示棒でなぞった。


「そうなると、だ。こちらの警戒が別のものに引きつけられている間に、秘密の輸送船団が通過できるわけだ。あの紫の艦隊は、この秘密の輸送船団の方の護衛部隊だった、というのが私の推論だ。むろん証拠はない。紫の艦隊の役割が何だったのか、それを当てはめて考えただけに過ぎない」


 もっとも、そんな多数の潜水型輸送艦だったり、遮蔽装置付き輸送艦があるなら、そもそもインド洋艦隊や、オーストラリア方面の艦隊に船団護衛をさせずとも、別のやり方もあっただろう。だから、神明は繰り返すが、単なる思いつきに過ぎない。

 まさか、数百隻の輸送艦を用いたインド洋進撃のそれらが、全て囮だったなどとは、さすがに考えにくい。

 が――


「山野井」


 小沢が情報参謀を呼んだ。


「セイロン島の第七艦隊宛てに、カルカッタ周辺の偵察を重視するように進言しておけ」

「は、はい」

「我々は内地に帰るから調べることはできん。神明の言うとおり、秘密の輸送船団があるかないかはともかく、何かしらの特殊任務や工作目的の艦が少数、何かしら仕掛けてくる可能性もある。異世界連中にとっても、大陸決戦は決して軽んじることができない重大事だ。用心にこしたことはない」



  ・  ・  ・



 連合艦隊主力は、内地へと帰還した。

 ソロモン諸島に続き、インド洋での戦いを勝利し、大本営は実に景気よく戦果を喧伝した。


『軍神、山本五十六大連合艦隊司令長官率いる日本帝国海軍は、圧倒的多数の異世界帝国艦隊を撃滅! 敵は戦艦50、空母50、百を超える巡洋艦、千の船を差し向けるも、これを悉く水底へ沈めん』


 その途方もない戦果、いかにも誇張されたもののように思え、正直国民は信じるだろうかと、大本営陸海軍報道部でも不安をおぼえるほどだ。だから、実際の値より過小発表になった。だがそれでもこれなのだから、困りものである。


『連合艦隊、大車輪の活躍』

『向かうところ敵なし、異世界人何するものぞ』

『次は大陸決戦だ!』


 その発表の裏で、東南アジア一帯の被害や、第八、第九艦隊の被害は軽いものとして扱われた。

 実際のところ、連合艦隊は主力が健在ではあるが、戦いで受けたダメージは少なくない。損傷による修理待ちが列をなしていたが、何より深刻なのは、砲弾や誘導弾といった武器の弾薬が、ほぼ枯渇し、目下大増産の最中にあることだった。

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