第537話、軍令部は、アメリカを見ている


 連合艦隊は内地にあり、艦艇の修理、補給を受けていた。現在、稼働している艦を中心にした艦隊再編成が進められている。

 第一機動艦隊参謀長の神明少将は、海軍軍令部に出頭していた。


「インド洋ではご苦労だった。無事戻ってきてくれて、私は嬉しいよ」


 軍令部総長、永野 修身元帥は、そう言って神明を迎えた。

 場には、軍令部次長の伊藤 整一中将、軍令部第一部長の中澤たすく少将がいた。


「遠藤君は残念だった」


 永野総長がポツリといえば、ベンガル湾の戦いで戦死した遠藤 喜一中将の同期である伊藤軍令部次長は瞑目した。


 神明が軍令部に呼ばれたのは、ソロモン作戦、インド洋作戦での状況、戦場の様子など、直にその場にいた人間の証言を聞くためが一つ。神明は軍令部第五部の所属歴が長く、軍令部寄りの人間として、正確で信用できる情報源として見られているのだ。

 特に連合艦隊と対立しているわけではないが、作戦指導の立場で考えると、本来は軍令部が主導すべきであるが、現場優先で連合艦隊の発言力も大きかった。

 故に、軍令部としても連合艦隊の状況、考えなど把握しておきたいという本音があった。……連合艦隊司令部と今後の作戦の会議をする前に。


 閑話休題。


 軍令部としては、インド洋での敵の侵攻を阻止したことで、陸軍の大陸決戦の支援は充分に果たせたと判断したいようだった。

 ただ神明は、第八艦隊を壊滅させた紫の艦隊の例を出して、もしかしたらまだインド洋での侵攻は終わっていないかもしれないという証拠のない憶測を述べた。


「小沢長官から第七艦隊に、カルカッタ方面に注意を払うように進言は行っていますが、敵がより積極的に遮蔽装置や潜水型輸送艦を使い出してきた場合、どこぞに強襲上陸されて、そこから進軍という可能性も高くなります」

「しかし、それは防ぎようがないのではないか?」


 中澤軍令部第一部長は眉をひそめた。


「特に確証はないのだろう?」

「遮蔽装置付きの艦隊で、東南アジアに侵入を許していますから。あれと同じように遮蔽を輸送船団に使ってきたら、今頃、スマトラやパレンバンに上陸されていたかもしれない……」

「……」

「もちろん、あくまで想像の話なので、そういう手できた場合どうするのか、対応策は考えておくべき、という話です。それと、インド洋の戦いが終わったと安心するのも、いささか早計かもしれない、と」

「警戒するに越したことはないね」


 永野総長は口元を緩める。


「蘭印の件しかり、シンガポールの件しかり。陸軍も防衛には神経を尖らせている。ここでもしベンガル湾からの上陸を許したとあれば、大陸決戦も危うくなる。何もなければよし。何かあった時に備えるのが肝要だ」

「はい」


 伊藤中将、中澤少将は首肯した。そこで永野は遠い目になった。


「大陸決戦……。陸軍が大陸の異世界人を叩ければ、風向きも変わらないだろうか」


 誰に言うでもなく、永野は続けた。


「我々は、勝ち続けるしかない。異世界帝国が、地球の侵略を諦めるまで」


 彼らの地球での本拠地がどこなのか、はっきりわからず、また交渉もないので、どこをどうすればこの戦争が終わるのか、誰にもわからない。

 だから今は、異世界人が、この星を支配するのは無理だと逃げ帰るまで、ひたすら戦い、そして勝つことに勝機を見いだすしかなかった。


 だが、果たしてそれが可能かどうか? それもまたわからない。

 異世界人の軍隊をあれだけ叩いても、次々と湧いて出てくる。彼らの規模は? 総人口は? 総兵力は? それすらわかっていないのだから。


 厳しい戦いだ。日本海軍で言えば、何とか勝ちを拾っているが、弾薬備蓄の不足という底が見え始めている。軍事的同盟国であるアメリカから、物資と資源を得て、何とか食いつないでいるものの、決して楽観できない。


「だからこそ、我々も勝たねばならないが、アメリカや連合諸国にも勝ってもらわなくてはならない」


 永野は目を鋭くさせた。伊藤もまた表情に緊張感を漂わせる。


「アメリカが6月初旬に予定しているバックヤード作戦――南米大陸侵攻作戦の支援に、我が海軍の出撃を彼らは求めている。……果たして連合艦隊にそれに応えるだけの力はあるのか?」


 前線を知る神明が呼ばれた理由その2。軍令部としては今後の物資確保、弾薬の融通のため、アメリカとは協調路線で行きたい。バックヤード作戦にも協力したいところだが、実行部隊である連合艦隊が、それに頷くかどうか、それが問題だった。


 ソロモン、インド洋の戦いで砲弾を消費し、多数の損傷艦艇を出した連合艦隊である。一応の戦力はあるものの、それを動員するにも弾薬の補充がなければ、万全の態勢で戦いに臨めないだろう。

 何より困るのは、もう作戦実行まで1か月しかないことだ。移動こそ転移で何とかなるが、準備や訓練期間などを考えると、相当タイトなものとなる。


「神明君、連合艦隊ではどれくらい戦力を回せるだろうか?」


 永野は問うた。このバックヤード作戦への協力は、軍令部が主導であるから、まず連合艦隊を説得する必要がある。そして指示するからには、作戦が可能なものだと連合艦隊司令部に納得してもらわねばならない。


「空母と航空戦力――こちらは比較的、融通がきくと思います」


 第一機動艦隊、第二機動艦隊、連合艦隊直率などの空母はほぼ残っている。補充や訓練を考えると、すべての部隊が動員できるわけではないが。


「ただ、戦艦の方は難しいですね。海軍が41センチ砲をメインに選定しましたが、米国の規格と合わないでしょうから、砲弾をくれとは言えません」


 米海軍の主力戦艦は40.6センチ砲と、日本海軍のそれよりやや口径が小さい。

 他のサイズの砲――35.6センチ砲弾、30.5センチ砲弾や巡洋艦の20.3センチ砲弾、15.2センチ砲弾などなら、口径こそ同じだが砲弾の長さ、重量、特性の違いなどから弾道にも影響するため、いいのか悪いのかは試してみないとわからない。


「そっちの問題については、黒島君の方で計画を進めているから、当面は何とかなるかもしれない」


 永野は告げた。黒島といえば軍令部第二部長である。神明は頷き、話を続けた。


「巡洋艦や駆逐艦は、修理が必要なものも多いので、不可能ではないにしろ、あまり回せないかもしれません。駆逐艦も消耗が大きいですから、こちらもあまり期待できないと思います」

「そうなると護衛戦力は、第一線を外れたものや旧型で補う場合も考えられる、か」


 中澤は腕を組んだ。海上護衛部隊や、近海の防衛部隊なら、軍令部の力である程度融通できそうではあった。


「そうなると、前にも言っていた海氷空母を囮前衛にした空母機動部隊で行くパターンが無難か」

「米艦隊や侵攻部隊の支援ですから、空母とその航空隊が主軸として動ければ、日本海軍としては充分、アメリカの援護は務められるでしょう」


 以前、耳にしたところでは、バックヤード作戦は日本陸軍は参加しない。そもそも大陸決戦で、よそに戦力を送る余裕などないのだ。

 伊藤が口を開いた。


「では、連合艦隊としては、バックヤード作戦のために戦力を派遣することは、不可能ではないということでよいか? ……もちろん、それを決めるのは連合艦隊司令部であり、山本長官ではあるが」

「可能でしょう。もちろん、連合艦隊司令部が判断することですが」


 神明は頷いた。第一機動艦隊参謀長から、不可能ではないという答えをもらった軍令部である。参謀長に決定権はないとはいえ、これで連合艦隊司令部から頭ごなしに拒否られても反論できる材料を得られた。


「ただ、やはり誘導弾や爆撃用の爆弾なり、補充が欲しいところです」


 神明はきっぱりと告げた。


「アメリカさんから、貰えるものは事前に貰えれば、より前線も協力的になると思います」

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