第538話、バックヤード作戦について、連合艦隊では――


「――というわけで、軍令部から、アメリカが6月に実行するだろう、バックヤード作戦に協力したいという旨を受けた」


 連合艦隊司令部で、山本 五十六大将は、参謀たちを見回した。


「前々からそういう話はあったのだが、こちらも目先の戦いを優先せねばならなかった。で、それが片付いたからこその米軍支援であるが……」


 山本はそこで、眉を下げた。


「インド洋海戦で勝ったとはいえ、消耗激しく、稼働艦艇も減っている。もちろん、現状でもそれなりの戦力を有しており、弾薬の補給があれば、準備に間がないことを除けば、米軍と共同しての作戦行動も不可能ではない」

「……」

「ということで、補給が受けられるのなら、という条件で出撃も吝かではない。そこで問題になるのは、どれくらいの戦力を派遣するか、だ」

「できるか、ではなく?」


 樋端航空参謀は口を開いた。


「さすがに内地含め、外地の防衛と、連合艦隊が守らねばならない場所は多い。東南アジアの防衛の件で、陸軍からも睨まれているからね」


 山本が言えば、渡辺戦務参謀が皮肉げな表情を浮かべた。山本は続ける。


「現在のところ、派遣した部隊がするだろうことを簡単にあげていくと、上陸船団の護衛、敵地飛行場や基地施設への空爆。上陸が始まれば、地上支援と航空支援と言ったところになる」

「すると、空母機動部隊が主軸となると……?」


 草鹿参謀長が首をかしげれば、山本は頷いた。


「軍令部で聞いた話ではそうだ。ただ、敵艦隊が、船団に迫る場合も考えれば、戦艦などの水上打撃部隊もある程度欲しい。それに上陸支援にも戦艦などの大砲は役に立つ」

「しかし、砲弾がありません」


 渡辺が口を開いた。


「インド洋で、主な戦艦部隊は、軒並み主砲弾を使って、補充待ちです。そこの問題が解決しない限り、送りたくも遅れません」

「その件なんだが、軍令部が予備弾薬を用意している」


 山本の目が、参謀団からやや離れた位置にいる神明第一機動艦隊参謀長へ向いた。

 神明は、軍令部での話の後、何故か連合艦隊司令部に呼ばれた。何かと思えばバックヤード作戦についての話し合いである。神明が軍令部の戦力と魔技研に通じているから、そちらも使えるなら使おうという魂胆だろう、と当たりをつけている。


「神明君、皆に話してやってくれないか」

「はい」


 そちらは専門ではないのだが、一応軍令部でその情報は仕入れてきたから、説明はできる。


「海軍の弾薬不足について、軍令部第二部は、やがてくる弾薬枯渇に備え、準備を進めていました。結論から申し上げますと、回収した艦艇に残っていた弾薬を、使えるようにして再利用しました」


 第二部長である黒島 亀人少将が、サルベージされた敵艦の中に残っている砲弾を使ってはいけないのかと言い出したところから、予備備蓄としての計画がスタートしている。

 長時間水没した砲弾など使えるのかという疑いはもっともだが、これまではどうしていたのかと回収部門に質問したら、九頭島に保管されているという答えが返ってきた。


 魔技研の雑務能力者が、浸水した砲弾を魔法でちまちまと使えるように再生させ、それらは島の防衛砲台用の砲弾に回されていた。


 異世界人との大戦が始まる前、その存在さえ知られていなかった九頭島と魔技研が、内地から武器の補給を受けられず、ではどこから調達していたかといえば、サルベージされたものだったりする。


 そして今次大戦が始まり、日本海軍は、多くの軍艦を回収してきたが、その中には砲弾もあって、それらが『塵も積もれば山となる』の言葉通り、倉庫で山と蓄えられていたのだった


「――ということで、前線各艦にそれらの再生砲弾が配布されるよう準備が進められているそうです。少なくとも、バックヤード作戦を実施するに足る分はあります」


 もっとも魔技研が積み立ててきた砲弾も無限ではなく、艦が増えている分、どこに配分するか吟味は必要であった。それだけ、前回の作戦で砲弾を使い倒したということでもある。


 あくまで繋ぎだ。砲弾の生産は海軍省が新規製造、調達しようと進めているが、米軍からの支援がなければ、いずれはジリ貧となるだろう。

 渡辺は首をかしげる。


「再生砲弾は、こちらで使っても問題ないのですか? 異世界人用でしょう? 合いますか?」

「多少、弾道の特性が変わるのは仕方ない。使用自体は可能だ」

「神明少将」


 樋端が挙手した。


「砲弾の規格は、我が軍と異世界帝国軍では違います。特に41センチ砲と15.5センチ砲は、彼らも使っていないのでは?」

「15.5センチ砲弾については再生砲弾はないが、41センチ砲弾のほうは、彼らが使っている40.6センチ砲弾にカバーを巻いて41センチに合わせたものを用意したそうだ。……黒島少将曰く、腹巻きだそうだが」


 連合艦隊司令部参謀たちは苦笑した。かつて黒島は、仙人参謀、変人参謀と有名だったから、それを知っている渡辺らは余計に、である。


 ただ、この腹巻きは、米軍から提供された16インチ砲弾をも、41センチ砲弾に仕上げることが可能とも言われていた。

 つまり、魔技研の予備備蓄を使い切った後も、米軍からの補給でも、41センチ砲を持て余すことなく使えるということである。

 そうなると――


「バックヤード作戦に協力して、今以上に物資供給を増やしてもらえるなら、あちらに借りを作ってあげることになるわけですね」


 渡辺が言えば、山本は頷いた。


「然り。……では懸念が解消されたことで、本題に戻ろう。バックヤード作戦に投入する戦力について――」


 その時、扉がノックされ、『敷島』の通信長が現れた。失礼します、という彼に中島情報参謀が近づき、内容を確認する。

 山本らは会議を続けようとするが、戻ってきた中島に、中断を強いられた。


「第七艦隊と陸軍インド方面軍より緊急通信です。ベンガル州に異世界帝国軍が上陸を開始! カルカッタへ侵攻中とのことです!」

「なにぃ!?」


 参謀たちが目を剥いた。

 インド洋、そしてベンガル湾に侵入した敵艦隊、輸送船団はことごとく撃破、海に沈めた。だから連合艦隊はその兵力と弾薬を使い切り、内地に帰還していたわけだが。


「上陸とはどういうことか?」


 ベンガル湾を進む間に、第七艦隊なり警戒部隊なりが、敵船団を発見できなかったとでもいうのか。


「敵はゲートを使用しているようです。夜が開けたらカルカッタの南西のハルディアに巨大ゲートと、その護衛部隊、輸送船が大量に布陣しており、そのまま敵陸軍が上陸を開始していたとのことです」

「……そんな馬鹿な」


 思わず山本は呟いた。

 ゲートを用いて、艦隊と陸軍を派遣してきた。敵は何があってもインドに上陸し、大陸侵攻軍への物資補給、支援を成し遂げるつもりらしい。

 あれだけ船団を沈められ、多くの物資と陸兵が水没したのに、まだ諦めていなかったのだ。


 連合艦隊司令部は、バックヤード作戦のことよりも、カルカッタに上陸、さらに援軍を送れる状態となった異世界帝国軍への対応について話し合うことになった。

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