第533話、第八艦隊、奇襲される


 カルカッタ上陸船団につく護衛部隊を撃破した第八艦隊。残る船団を叩こうとした時、突然の砲撃が、旗艦『摂津』を襲った。

 見張り員、そして水上電探からの敵艦隊捕捉は、第八艦隊司令部を震撼させた。


「敵艦隊、だと!?」

「しかもおよそ2万とは――!」


 参謀長の緒方少将が目を見開く。


「まだ日は沈んでいないのに、何故、その距離で敵艦隊に気づかなかったのか!?」


 第八艦隊後方に、大型戦艦を含む異世界帝国の艦隊が確かにいた。通常の艦隊色と異なる色のようであるが――


「大きい……!」


 双眼鏡で見るでもなく、先頭の戦艦が、旗艦級戦艦よりも巨大なものだと一目瞭然だった。


「戦艦3、いや4。巡洋艦は10隻でしょうか?」

「何故、この規模の艦隊がこれまで見つかっていなかったのか……?」


 訝しむ遠藤 喜一中将。


「応戦用意! 転舵、敵の頭を押さえろ!」

「取り舵一杯!」

『敵艦、発砲!』


 轟音は、大和型、いや播磨型を思わし、砲から噴き出した黒煙が、艦の姿を一瞬、覆い隠した。

 そこで『摂津』の艦長、大岩 久蔵大佐はハッと息を呑んだ。


「防御障壁、展開!」


 先ほどの砲戦から、解除していたことを思い出した。だが、遅かった。敵大型戦艦が放った砲弾は、距離2万という浅い角度、つまり低い弾道で飛んできて、『摂津』の艦橋基部を直撃した。

 爆発は一瞬だった。まるで首を狩るように、艦橋が瞬時に吹き飛び、遠藤中将、緒方参謀長ら司令部を爆殺した。



  ・  ・  ・



 第八艦隊の背後に現れたのは、ヴォルク・テシス大将率いる紫星艦隊だった。

 東南アジア一帯を襲撃し、単艦行動で、第九艦隊を翻弄。インド洋に出て消息を絶っていた超戦艦『ギガーコス』は、同じく東南アジアの日本軍拠点を襲撃した一隊――シャラガー中将の部隊と合流し、作戦行動中だった。


『敵戦艦に命中1。艦橋部に命中した模様』

「……あれが旗艦なら、今頃大変な状況になっているのではありませんか?」


 ジョグ・ネオン参謀長が言えば、艦隊司令長官席に座るヴォルク・テシス大将は口を開いた。


「不意をついたのだ。混乱してもらわねば意味がない」


 遮蔽により姿を消すことができる紫星艦隊である。

 友軍がセイロン島やカルカッタ攻略作戦を実施する中、保険として行動していた途中、障害になりそうな位置にいる日本艦隊を叩きにきたのだ。


「艦隊各艦、手当たり次第に攻撃せよ。奇襲はスピードが肝だ」


 せっかく遮蔽で、距離を詰められたのだ。今ならば命中率もそれなりに期待できる。後は砲撃の速度と手数だ。

 シャラガー中将率いるオリクト級戦艦3隻、プラクスⅢ級重巡洋艦5、メテオーラⅢ級軽巡洋艦5、駆逐艦12もまた砲撃を開始。第八艦隊に襲いかかった。


「セレベス海では後れを取ったが――」


 戦艦『ロギスモス』の艦橋で、シャラガー中将は声に出す。


「少数機の奇襲で、空母を全滅させられたが、今度はこちらが奇襲する番だ、日本軍!」



  ・  ・  ・



『――大間六番より至急! 第八艦隊、敵艦隊の奇襲を受ける!』


 カルカッタ上陸船団を監視していた彩雲偵察機の緊急通信が飛ぶ。


『敵は紫の艦隊! 旗艦級戦艦を凌駕する大戦艦1、ほか戦艦3、巡洋艦10、駆逐艦12! 第八艦隊旗艦『摂津』、艦橋に直撃! 司令長官、戦死! 繰り返す、司令長官、戦死!』


 その通信は、偵察機の母艦である哨戒空母『大間』はもちろん、所属する第九艦隊にも届いた。

 特務艦『鰤谷丸ぶりたにまる』を旗艦にしていた第九艦隊司令長官、新堂 儀一中将の表情を憤怒に変えた。


「大戦艦、だと……っ!」


 第九艦隊が捕捉し損ねたあの巨大戦艦に違いない。それだけでも雪辱ものだが、よりにもよって同期の友である遠藤中将を死に追いやったと聞き、怒りに震えた。


「攻撃隊の準備急げ! 発艦できる機から第八艦隊の救援に向かえ! 大至急!」

「長官、今から攻撃隊を出しますと、戻ってくる頃には夜になってしまいますが」


 倉橋参謀長が指摘する。日はだいぶ傾き、出撃はともかく、行って帰ってくる頃は、視界不良となるだろう。


「だから何だというのだ?」


 新堂は睨んだ。


「夜間用の魔力ゴーグルを装備していけば問題ない。それがないなら、帰りは明かりでもつけて収容してやる! 今、第八艦隊は旗艦をやられて、さらに奇襲にさらされているのだ。一分一秒の遅れで、艦隊が全滅するかもしれんのだ!」


 指揮官の命令を受けて、各空母では慌ただしく攻撃隊の準備が進められる。第一次攻撃隊、第三次攻撃隊に参加し、燃料を積み、新たに爆弾や誘導弾を搭載が取り付けられる。


 それは新堂にとっては腹立たしいほど、ゆっくりとした時間だった。いっそ、第九艦隊の水上艦艇で殴り込みをかけたら、と思ったが、第九艦隊は大型巡洋艦『妙義』『生駒』を第八艦隊に編入させていて、特務巡洋艦4隻、一部艦隊型駆逐艦も送ってしまって、ろくな戦力が残っていなかった。


 せいぜい第十水雷戦隊が関の山だが、そもそもの話、第八艦隊に転移艦がないため、結局は航空隊のほうが早くつくことに気づき、苛立ちを押し込めた。

 その間にも、偵察機から第八艦隊の苦境が伝わる。


『大型巡洋艦「生駒」大破! 航行不能の模様』

『戦艦「河内」、被弾多数、砲撃沈黙!』


 第九艦隊司令部にも、艦橋要員たちも沈痛な表情になる。艦名はわからないが、第四水雷戦隊の駆逐艦も数隻が被弾、沈没、もしくは転移離脱していた。


「長官、第八艦隊に、転移離脱させるよう伝えるのはどうでしょうか?」


 情報参謀が進言した。


「このまま交戦を続けても、第八艦隊に被害が出るだけです。我が艦隊には『夕張』『青島』の転移艦がありますから、こちらへ離脱させるのも手かと」

「……うむ、そうしよう。頼む」

「はっ」


 情報参謀が通信室へと移動するのを尻目に、新堂はそれに考えが及ばなかった自分に腹が立った。それだけ冷静ではなかったということだ。

 次席の指揮官が何とか戦線を立て直そうとしていたが、一度艦隊ごと離脱させるべきだった。


 空母の飛行甲板に次々に爆装した機体が並び出す。発動機が回り、搭乗員が簡単な指示を受けて、コクピットに乗り込む。全部を並べている時間はない。敵艦隊には空母がないので、出せる機体からどんどん出していくのだ。

 一足先に準備を終えた水上機母艦『千歳』から瑞雲がカタパルトで射出され、『千代田』『瑞穂』でも、次々に瑞雲が空へ飛び上がった。

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