第532話、盤石の第八艦隊


 日本海軍第九艦隊の第三次攻撃隊の攻撃で、異世界帝国カルカッタ上陸船団は残存空母と、さらなる輸送船を失った。

 そして午後4時、日本海軍の前衛を務める第八艦隊が、カルカッタ上陸船団に追いついた。


『敵護衛部隊、輸送船団と分離。戦艦6、駆逐艦10。第八艦隊を迎撃する模様!』


 索敵機からの報告に、第八艦隊旗艦『摂津』で、遠藤 喜一中将は頷いた。


「まあ、そうなるわな」


 敵護衛部隊に張り付いていた戦艦は、乙型――34センチ砲搭載のヴラフォス級だ。

 第八艦隊の戦艦『摂津』『河内』は41センチ砲を搭載していて、一対一での戦いならば有利な戦いができる。


 しかし、戦艦はその2隻のみで、あとは30.5センチ砲搭載大型巡洋艦が4隻と、大型艦の数では6隻ずつと互角だが、正面からの撃ち合いではやや劣勢と言えた。


「当初の想定通りでいいと思います」


 緒方 真記参謀長は口を開いた。


「敵戦艦の注意を引きつつ、第九艦隊から借りた八十四戦隊が、敵戦艦の側面から仕掛ける……」

「幸い、こちらの方が艦が多いからね。邪魔な駆逐艦を排除すれば、ほぼ勝ちは確定かな」


 第八艦隊は、重巡洋艦4、軽巡洋艦4、第四水雷戦隊がある。戦艦、大巡が、敵戦艦を引きつけている間に、これらの敵駆逐艦を一層できるだろう。

 そしてこれとは別に、第八十四戦隊の特務巡洋艦4隻と、第九十一駆逐隊、四水戦から第八駆逐隊が、潜水状態で敵艦隊へ向かっている。

 自分たちにとって都合のいい展開に行ったならば、完全勝利に近い戦いができるだろう。


「――まあ、世の中、そう都合よくはいかないものだけどね」


 想定外の事態、新兵器、その他イレギュラーが発生して、段取りが大きく狂うことはある。戦いはやってみないとわからないことも往々にしてあるのだ。


「合戦用意。八十四戦隊が裏を取れるように艦隊運動を行う」


 第八艦隊の戦艦、大型巡洋艦戦隊は囮である。被害少なく勝つ。インド洋の戦いが終われば、第八艦隊は南東方面艦隊に戻ることになるだろう。所属艦は、そのまま持って帰りたいところである。


『敵艦隊、取り舵を取りました!』

「こちらを輸送船団から引き離そうという魂胆だな。させんよ。このまま直進。船団を目指しているようにみせろ」

「直進すれば、敵は船団を守るために針路を変えざるを得ないですな。間に入ってきたら、同航戦に持ち込んで――」

「八十四戦隊のもとまでご同道だ」


 敵がカルカッタ上陸船団を守らねばならないように、日本海軍からすれば、護衛部隊を無視しても船団を壊滅させれば、勝ちなのである。だからこそ、敵もそうはさせじと動くわけだ。


 第八艦隊が誘いに乗ってこないとみるや、ヴラフォス級戦艦6隻は引き返してきた。このまま真っ直ぐ戻り、日本艦隊の頭をとる丁字戦法をとってくるだろう。


『敵水雷戦隊、戦艦部隊より先行しつつあり!』


 こちらの進軍の足を緩ませるつもりか、異世界帝国護衛部隊は、快速の駆逐艦を前進させた。これが、第八艦隊の針路を遮り、一斉に魚雷をばらまいてきたら面倒だ。


「よし、こちらも巡洋艦部隊を先行させろ。敵駆逐艦を一掃させる」


 司令長官の命令を受けて、待ってましたとばかりに重巡洋艦以下の艦が動き出した。

 第十七戦隊の『三隈』『最上』が20.3センチ連装自動砲、第十九戦隊――米ノーザンプトン級重巡洋艦の改装の『九重』『那須』が20.3センチ三連装砲を、敵駆逐艦に振り向け、白波立てて突き進む。


 その後ろに第二十五戦隊、4隻の軽巡洋艦『鳴瀬』『新田』『神流』『静間』が随伴する。こちらも駆逐艦殺しの15.2センチ連装自動砲を持ち、先の4隻の重巡洋艦と共闘すれば、10隻の駆逐艦の一掃も難しくない。

 第四水雷戦隊は、戦艦部隊について、護衛と第二の突撃要員として待機である。

 指示は出した。後は結果を見届けるのみである。



  ・  ・  ・



 第八艦隊の重巡と軽巡、計8隻は、先行する敵駆逐艦をアウトレンジから砲撃した。20.3センチ砲、15.2センチ砲のそれぞれは自動装填装置付きで、従来の2倍近い速度での砲撃を可能とする。

 砲弾が矢継ぎ早に放たれるとあっては、装甲が皆無に等しい駆逐艦は1発被弾するだけで、その能力を大きく奪われ、あるいは沈没していった。


 こうして異世界帝国駆逐艦が叩かれている頃、『摂津』『河内』は敵戦艦を距離2万5000に収めて砲撃を開始した。

 クイーン・エリザベス級戦艦を改装し、41センチ砲の搭載と高速化を図った摂津型の一撃は、敵戦艦群から34センチ砲による反撃を引き出した。

 敵戦艦群の針路に合わせて、第八艦隊は取り舵をとって、敵と同航戦に移る。そう見せている間に、潜水行動している特務巡洋艦4隻の第八十四戦隊が、2個駆逐隊と共に、敵戦艦群の反対側へ出て、配置についた。


 戦艦、大型巡洋艦が撃ち合う中、敵ヴラフォス級戦艦の背面を取った4隻の特務巡洋艦は浮上を開始した。

 第九艦隊から借りた『足尾』『八溝』『静浦』『春日』は、艦首と艦尾に装備したイ型光線砲搭を、ヴラフォス級戦艦に指向。大型艦をも大ダメージを与える光線兵器を発射した。


 またカピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦を改装した妙風型駆逐艦『妙風』『里風』『村風』『冬風』は、誘導魚雷を発射。特務巡洋艦4隻が狙っていない2隻のヴラフォス級へと撃ち込んだ。

 砲撃により、障壁方向を左舷側に向けていた異世界帝国戦艦群は、反対側の右舷から攻撃を受けることになる。


 日露戦争時代の旧式装甲巡洋艦改装の光線は、魚の腹を包丁で裂くように、その艦体に光線痕を刻み、そして爆発させた。

 戦艦としても、すでに現在の主力から大きく格落ちのヴラフォス級である。艦首に二基、両舷にも二基ずつ、計六基の主砲が配置されている構造上、装甲から弾薬庫までの距離が短く、光線兵器の破壊と熱は弾薬庫を容易に誘爆へと導いた。


 第八艦隊主力の戦艦『摂津』『河内』、大巡『戸隠』『五竜』『妙義』『生駒』とそれぞれ一対一で砲戦をしていた異世界帝国護衛部隊のゾイロス中将だったが、逆サイドからの奇襲攻撃に為す術がなかった。


 旗艦は弾薬庫の誘爆によって吹き飛び、状況を把握する前にその命を断った。

 4隻のヴラフォス級が早々と撃沈されていく中、残る2隻はしばし海上にあって、砲撃を続けた。

 だが妙風型の放った誘導酸素魚雷が右舷に集中し、瞬く間にその水雷防御を引き裂き、海へと引きずり込んだ。


 挟撃戦法は図に当たった。日本艦隊から船団を守ろうとした有力な護衛部隊は、ここに壊滅したのだった。

 第八艦隊の前には、わずかな数の護衛駆逐艦と、100隻以上の輸送船がある。


「では、これらを叩いて、インド洋の戦いに決着をつけよう」


 夜になってバラけられる前に終わらせる――遠藤中将は、第八艦隊に突撃を命じた。戦艦、大型巡洋艦部隊も30ノット前後に速度を上げ、第四水雷戦隊の駆逐艦も増速した。重巡洋艦、軽巡洋艦戦隊が、敵駆逐艦を叩いて前進していた分、先行する。

 もはや、カルカッタ上陸船団が助かる可能性は、万に一つもなかった。

 ……そう思われた。


 突如、戦艦『摂津』の艦首より前にいくつもの巨大な水柱が起きた。大口径砲弾の着弾、しかし、今砲撃している戦艦はいない。

 正面の視界が水柱によって遮られ、『摂津』の艦橋にいた者たちは息を呑んだ。いったい何が――


『右舷後方に敵艦隊! 距離およそ2万!』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・妙風型駆逐艦:「妙風」

基準排水量:3422トン

全長:142.9メートル

全幅:14.4メートル

出力:マ式機関12万馬力

速力:38.9ノット

兵装:55口径12.7センチ連装両用砲×4 61センチ四連装魚雷発射管×2

   対艦誘導弾連装発射管×2 対潜短魚雷投下機×2

   20ミリ三連光弾機銃×6 誘導機雷×60

航空兵装:――

姉妹艦:「里風」「村風」「冬風」

その他:異世界帝国軍に鹵獲されたイタリア海軍のカピターニ・ロマーニ級軽巡洋艦を回収、改装した大型駆逐艦。マ式機関に換装し、水中航行能力を獲得した。小型軽巡洋艦サイズだが、高速性能に優れ、対艦・対空とバランスのよい装備をしている。

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