第195話、新水雷襲撃戦隊


 時間は数時間遡る。

 横須賀鎮守府に到着した大型巡洋艦『早池峰』。それを制御していた能力者である須賀と正木妙子は、一式水上戦闘攻撃機に乗り、九頭島へと飛んだ。

 そこで待っていたのは、緊急任務であった。


「敵機動部隊が、パラオを襲撃してな。さらにセレベス島の友軍飛行場が、狙われる可能性がある……ということで、連合艦隊旗艦である『播磨』が単艦で、転移する」


 軍令部第五部部長にして、魔技研関係のトップの階級にいる土岐仁一少将は、須賀と妙子に告げた。


「さすがに旗艦だけでのこのこ出かけて、山本長官に万が一のことがあれば、全軍の士気に関わる。お前たち、行って助けてこい」

「……?」


 情報量が多くて、須賀は理解に苦しんだ。長官が、お供も連れずに旗艦だけで戦地へ行く? 助けてこいというが、どうやって? 九頭島からセレベス島へ移動しろというが、転移でもしろというのか? 不可能だ。秋田中尉と違って転移魔法は使えない。


「少将、助けてこいとは……?」


 妙子が質問した。土岐少将は、用意して資料を手渡した。


「これが、お前たちが乗るフネだ」


 川内型軽巡洋艦改め、5500トン型襲撃潜水巡洋艦――『川内』。


「動かし方は、『早池峰』でやってるだろう。あれと同じだ」


 つまり、魔核と能力者のタッグで動かすタイプの無人(少人数)運用の自動艦である。


「排水量も挙動もまるで違うから、違和感はあるだろうが、動かし方については、ほんと同じだから、たぶん大丈夫だと思う」

 土岐は早口になった。


 ――たぶん……?


「まあ、異世界人の潜水型水上艦と考え方は同じだ。で、我が海軍もこれを積極的に取り入れようということで、最近回収された5500トン級や特型駆逐艦にその改造を施したわけだ」


 特に5500トン級巡洋艦は、その使用用途について紆余曲折があったらしい。元々旧式であり、1940年代の主力となっている砲撃型軽巡洋艦に比べて小型で、火力も不足気味。水雷戦隊の指揮にしても、その能力に陰りが見えていた。


 そこで襲撃潜水巡洋艦という、潜水駆逐艦を率いる指揮艦として選ばれた。軽巡洋艦級の光弾砲が運用段階に入ったことも、それを後押しすることになる。


「新水雷戦隊襲撃戦術――そのテストとして第九艦隊で使ってみようって話だったのだが、今回は状況が状況なのでな。神明大佐から『いい機会だから実戦で試せ』と言われた」


 ――あの人の考えそうなことだ……。


 須賀は思った。神明の部下として、航空機関係で色々乗せられたが、あの人は想定する状況に合致する機会があると、予定もクソもなく実行に移す癖があった。それまで立てていた予定をあっさりひっくり返すこともあり、一部からは顰蹙ひんしゅくを買っていたりする。……もっとも、神明曰く、成功すると確信する段階でなければやらない、らしいのだが。


「相変わらず我が海軍は人手不足なので、この新水雷戦隊戦術の試験艦艇群は、能力者制御の自動艦艇としている。フネの形をした航空機とか、甲標的みたいなものと思ってくれても構わない」


 特殊潜航艇の名前が出てきた。甲標的とは、小型の潜航艇であり、魚雷を二本装備し、敵泊地などに侵入して、敵艦を奇襲する。全長およそ24メートル、搭乗員は二名というものだ。


 この潜水型襲撃艦が、魔核制御により二名程度で動かせるという意味では、甲標的や航空機に例えるのは、わからないでもない。砲撃も雷撃もできる通常艦艇サイズでそれとは、何とも贅沢な話ではある。


「質問があります少将。肝心のセレベス島近海まで、どうやって行くのですか?」


 妙子の質問が飛ぶ。確かに、いくら艦を動かせようとも、目的地まで距離があり過ぎて、今から出発しても、到底転移移動した『播磨』には追いつけないのだが。


「ま、それが、今回、君たち能力者が招集された理由でもあるんだがね」


 土岐の眼鏡の奥が光った。


「須賀中尉。君は、転移離脱装置を使ったことがあるな? ほら、あれだ。能力者が魔力を込めると、指定された場所に機体ごと瞬間移動するやつ」


 一式水上戦闘攻撃機にも装備された転移装置である。戦艦『大和』単艦でマリアナの航空基地を夜間襲撃した際、海上に着水して回収ができないからと、九頭島へ転移離脱するようになっていた。


「つまり、あれの応用だよ。秋田がモルッカ海に設置したマーカーを、転移離脱装置の出口にセットして、能力者が使えば……後はわかるな?」


 土岐はニヤリとする。


「先日、マーカー設置に秋田が九頭島に退避した時、神明の指示でやらせてある。今回使う艦に装備した転移離脱装置を使えば、モルッカ海のマーカーへひとっ飛びだ」



  ・  ・  ・



 かくて、潜水巡洋艦『川内』と、潜水駆逐艦『吹雪』『白雪』『磯波』『浦波』の計5隻は、九頭島から転移してモルッカ海に到着した。


 幽霊艦隊の軽空母『ラングレー』の夜間偵察機により、位置を確認し、戦場にへと駆けつけたのである。


「正面に敵空母! さらに駆逐艦1隻が増速して接近!」


 妙子が報告した。『播磨』から逃げているだろう空母1隻のお供は、これまた1隻のみ。


「まずは駆逐艦を黙らせる!」


 主砲――三式14センチ単装光弾砲をリモートコントロール。川内型をはじめ、5500トン級軽巡洋艦は艦首に二門、艦橋両舷に一門ずつ、艦後部に計三門の、全七門の主砲を装備している。


 真正面の敵に対して、従来なら三門の主砲が向けられる――艦首の二門は背中合わせの形で配置されていて、後ろの一門が正面を狙えない――のだが、改装により背負い式となってことで、艦橋両舷の二門と合わせて四門を指向できるようになった。これはそれまでの人力装填から、装填の必要のない光弾砲かつ自動制御になったことで可能となった。


 直接照準、発射!

 14センチ光弾砲が、立て続けに放たれた。さながら光の矢だ。


 ほぼ弾道が直線かつ、比較的距離が近いことも、この主砲を川内型襲撃巡洋艦の主砲に選ばれた理由の一つである。地球は丸いため、敵水上艦艇に対しては直接狙える範囲でしか使えない光弾砲だが、潜水して接近し襲撃する艦艇には、ある意味打ってつけの装備である。


 実弾ではないため、一式障壁弾が使えないデメリットはある。だが、敢えて対空を捨てて、対水上艦に極フリしたのが、この潜水襲撃巡洋艦なのである。


『川内』の光弾の速射を浴びて、敵エリヤ級駆逐艦は、艦体を貫かれてその構成部品が飛ばされた。そして瞬く間に炎上しはじめる。

 魔式機関と水抵抗低減処理により、37ノットほどまで脚力を向上させた『川内』は、僚艦である吹雪型潜水駆逐艦を率いて、突撃する。


 敵駆逐艦があっという間にスクラップとなり、お次はこちらを避けようと転舵を始めた敵中型空母である。


「右、雷撃準備!」

「右舷魚雷発射管、旋回。――誘導管制、よし」


 川内型軽巡洋艦は、連装魚雷発射管四基八門を装備する。これは両舷に二基ずつ配置されているので、片舷同時に発射できるのは一度に四本となっている。


「『吹雪』『磯波』の魚雷とも連動。義二郎さん、いつでもいいよ!」

「撃て!」


『川内』から四本。駆逐艦2隻から三本ずつが発射された。誘導式酸素魚雷は、逃げる敵空母を高速追尾し、その片舷に十本を叩きつけた。


「……あれだけ当たれば、無事では済まない」


 中型空母相手には、過剰な攻撃力である。だが逆にいえば、撃沈確実であった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・改吹雪型潜水型駆逐艦:『吹雪』

基準排水量:1880トン

全長:119メートル

全幅:10.4メートル

出力:6万馬力

速力:38.5ノット

兵装:12.7センチ光弾単装砲×3 61センチ四連装魚雷発射管×2

   53センチ魚雷発射管×4 対艦噴進弾連装発射管×2 誘導機雷×16 

航空兵装:なし

姉妹艦:『白雪』『初雪』『磯波』『浦波』『敷波』『綾波』『天霧』『朝霧』『夕霧』『狭霧』

その他:第一次トラック沖海戦で撃沈された第三水雷戦隊の駆逐艦を回収、潜水水雷戦隊計画に合わせて改修された特型駆逐艦。特潜型駆逐丙型を流用しつつ、自動化と主砲を光弾砲へと交換が行われている。

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