第196話、第八艦隊、遭遇す


 モルッカ海に侵入した異世界帝国軍の機動部隊――第16空母群は、壊滅した。


 戦艦『播磨』は空母2隻を仕留め、幽霊艦隊の『ジャワ』『トロンプ』『天龍』の援護で、護衛艦隊を撃破。

 駆けつけた襲撃巡洋艦『川内』と潜水駆逐艦『吹雪』『白雪』『磯波』『浦波』により、残る2隻の中型空母と、護衛艦は海の藻屑と化した。


 連合艦隊旗艦『播磨』。被害報告を受けた西田艦長は、山本大将ら連合艦隊司令部に状況を伝えた。


「装甲区画は無事です。主砲ならびに機関異常なしで全力発揮可能ですが、上部構造物に被弾多数。高角砲、機銃群は半減し、一部機能に障害が見られます」

「小破といったところですな」


 宇垣参謀長が振り返れば、山本大将は頷いた。


「空母4隻とその護衛を全滅させたことを思えば、軽いものだ」

「確かに」


 黒島先任参謀は言った。


「ウェーク島での第一機動艦隊が撃滅した分を含め、二個航空戦隊、空母8隻を沈めました。敵太平洋艦隊は、しばらくは空母部隊による奇襲戦術は不可能でしょう」

「とはいえ、油断は禁物です」


 三和作戦参謀は、強い調子で告げる。


「壊滅したと思った太平洋艦隊が、わずか一カ月程度で復活するなど、異世界帝国の戦力は底が知れません」

「それは否定できないが、しかし、敵もそうポンポン空母を作れるだろうか」


 黒島は頭を傾けた。


「ここまでは補充がきいたが、ここらでその戦力も限界が近づいているかもしれない」

「何故そう言えるのですか?」

「そうでなければ、敵は戦力を小出しにし過ぎるからだ。連合艦隊は、フィリピン沖、中部太平洋で二度、敵太平洋艦隊を撃破した。もし戦力があったなら、中部太平洋海戦では、もっと数を動員できたはずだ。おそらくだが、今回の機動部隊も含めて、その補充は予備戦力を動員していて、これ以上はそう簡単にはいかないだろう」


 黒島の発言はしかし、裏付けるものはない。憶測である。山本は静かに言った。


「まあ、ウェークで敵の捕虜を確保できたのだ。その辺りも含めて、敵の姿が明らかになることを祈るばかりだ」


 この話はここまで、とばかりの空気になる。


「それで、第八艦隊から続報は?」

「いえ、ありません」


 諏訪情報参謀が答えた。


「未確認の敵と交戦中という第一報以降は不明です」

「……行ってみるか」


 山本の発言に、宇垣ら参謀たちの表情は曇る。口を開いたのは諏訪だった。


「敵は未確認ながら、この『播磨』に匹敵する大型戦艦と同格と思われます。バイタルパートは無事とはいえ、無傷とはいえない状態で、単独で向かうのは危険です」


 参謀たちが躊躇ったそれを諏訪が先んじて言った。山本は腕を組む。


「しかし、本艦に匹敵する戦艦が相手では、第八艦隊では苦戦を免れんぞ。……西田君。本艦と同格の敵戦艦が相手として、戦えるかね?」

「戦艦同士の砲撃戦に限るならば、問題ありません。大砲の撃ち合いに、高角砲や機銃の損耗はさほど影響ありませんから」


 西田艦長は頷く。山本は一同を見回した。


「海軍軍人として、戦闘中の味方を見捨てて退避することはできない。それに、九頭島から駆けつけてくれた『川内』と駆逐艦らの燃料のこともある。彼らと共に、タウイタウイへ移動。その道中にいると思われる第八艦隊と合流する!」



  ・  ・  ・



 戦艦『播磨』と機動部隊がまだ交戦していた頃に遡る。


 フィリピン南西部スールー諸島にあるタウイタウイ島の泊地から出撃した鮫島さめじま 具重ともしげ中将率いる第八艦隊は、山本長官の『播磨』と合流すべく、モルッカ海へ突入していた。


○第八艦隊(タウイタウイ駐留部隊)

・第五戦隊  :「常陸」「磐城」「近江」「駿河」

・第四航空戦隊:「隼鷹」「龍鳳」「瑞鳳」

・第五水雷戦隊:「名取」

  第二十二駆逐隊:「皐月」「水無月」「文月」「長月」

  第五十二駆逐隊:「楓」「欅」「柿」


 なお、四航戦の『飛鷹』は機関のトラブルで、タウイタウイに残留している。


 他に、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦4隻が第八艦隊に所属しているが、こちらはシンガポールに駐留し、警戒任務に就いている。


 さて、第八艦隊旗艦『常陸』は、第一次世界大戦時のドイツ帝国海軍のバイエルン級戦艦を改装した戦艦だ。僚艦である『磐城』、そして英海軍のリヴェンジ級戦艦改装の『近江』『駿河』と45口径38センチ連装砲で統一した戦艦戦隊である。

 その火力は41センチ砲搭載の標準型戦艦や長門型にやや劣るものの、金剛型戦艦よりも勝っている。


「急げ! 夜のうちに、『播磨』の山本長官と合流するのだ」


 鮫島中将は、先月、三川軍一中将の後任として第八艦隊司令長官になった。海軍兵学校37期。卒業して少しして養父を失い、爵位を引き継いで男爵になっている。


「四航戦は、そのまま後続せよ。五十二駆逐隊は空母の護衛につけ。残りは速度を上げて、一刻も早く、合流を目指す」


 戦艦『常陸』以下、29ノットの速力を発揮可能な高速戦艦部隊である。これに軽巡『名取』を旗艦とする五水戦、二十二駆の駆逐艦4隻が付き従う。

 しかし、そんな第八艦隊は、想定外の事態に出くわすことになる。


「逆探に反応あり!」

「対水上電探にも反応あり。未確認の艦影――」


 立て続けに入る報告に、鮫島は参謀長の山澄貞次郎少将を見た。


「この近辺に、我が艦隊以外に、味方はいたか?」

「いえ、山本長官の『播磨』以外は、何の報告もありません」

「では、敵か……」


 敵機動部隊は、すでに南にいるはずなので、別動隊がいたか。

 報告によれば、未確認のそれは、戦艦ないし空母級が1、巡洋艦級2、駆逐艦級5が探知できたという。


「空母か、戦艦」

「もしかして、機動部隊から何らかの事情で脱落した部隊かもしれません」


 山澄の言葉に、鮫島は少し考える。できるだけ早く『播磨』と合流したいが、もし大型艦が空母だった場合、これは早々に叩いておかねばならない。朝になって艦載機を飛ばされると非常に厄介だからだ。


 隊を分散させるか? しかし敵もそこそこ護衛がいる――


「未確認艦隊で発砲炎! 推測! 敵は戦艦!」


 見張り員の報告。そして遠くで雷鳴のような砲撃音が轟いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・常陸型戦艦『常陸』

基準排水量:3万1500トン

全長:192メートル

全幅:30メートル

出力:13万1000馬力

速力:30.4ノット(水抵抗低減処理あり)

兵装:45口径38センチ連装砲×4 40口径12.7センチ連装高角砲×8

   25ミリ三連装機銃×12 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×1 水上偵察機×2

姉妹艦:『磐城』(『バーデン』)

その他:スカパフローで自沈したドイツ海軍の艦艇『バイエルン』をサルベージしたものを改造した。近代化改装と高速化により、30ノットの高速戦艦となっている。


・近江型戦艦:『近江』(リヴェンジ級戦艦改装)

基準排水量:3万2300トン

全長:220メートル

全幅:31.7メートル

出力:15万2000馬力

速力:29.1ノット

兵装:45口径38センチ連装砲×4 40口径12.7センチ連装高角砲×8

   25ミリ三連装機銃×12

航空兵装:カタパルト×1 水上偵察機×1

姉妹艦:『駿河』(レゾリューション)

その他:異世界帝国からリヴェンジ級戦艦を回収。日本海軍の艤装で修理、改修したもの。主砲は、常陸型と同じ38センチ連装砲に換装されている。機関も交換し、高速戦艦となっている。

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