第197話、戦慄、大戦艦『プロトボロス』!
未確認大型艦――その主砲が轟き、第八艦隊の戦艦群に迫った。
夜戦である。しかし飛来した敵弾は、海面を叩いて巨大な水柱を噴き上げさせた。
「これは、まさか……!」
鮫島中将は表情を引きつらせる。弾着によって噴き上げられた海水の高さは、余裕で戦艦『常陸』の艦橋の高さを超えた。
「敵は旗艦級戦艦か……!」
異世界帝国戦艦の中で最大の艦。大和型に匹敵する巨艦であり、今では播磨型戦艦として2隻が鹵獲されたが、その主砲は43センチ砲であるのがわかっている。
第八艦隊の戦艦は、常陸型と近江型が2隻ずつだが、その主砲は45口径38センチ連装砲だ。単純な火力で比較すれば、金剛型の上位であるが、長門型や標準型戦艦の41センチ砲に比べるとやや劣る。
戦艦というのは、自艦の主砲に対して一定範囲内において耐えうる装甲を持つとされる。その当たり前の原則に照らし合わせれば、敵戦艦は、常陸型、近江型の攻撃に耐え、一方でこちらの装甲を撃ち抜いてくることを意味した。
「長官、相手と火力差があり過ぎます。これは不利です!」
山澄参謀長は声を上げたが、鮫島は静かに、しかし断固たる調子で言った。
「突撃せよ」
「は……?」
「すでに夜戦である。彼我ともに、昼戦に比べてすでに接近している。近接砲撃戦であれば、巡洋艦の主砲でも戦艦の装甲を貫ける! 肉薄せよ」
口径差は非情であるが、想定砲撃距離より遥かに接近すれば、15インチ砲でも上位の戦艦の装甲を貫通できる。
そして鮫島の座乗する戦艦『常陸』は、比較的距離の近い砲戦を想定したドイツ帝国海軍が作り出したバイエルン級戦艦が元となっている。
何より、バイエルン級、そしてイギリス海軍リヴェンジ級戦艦を大改装して生まれ変わった常陸型、近江型は、金剛型に匹敵する高速戦艦である。
夜戦にも投入される金剛型の上位互換である常陸型、近江型にできない道理はない。
だが、接近しての砲戦は諸刃の剣だ。敵戦艦の装甲を貫きやすくなる一方、こちらの装甲も抜かれやすくなる。火力差を考えれば、重要区画に一発被弾しただけで轟沈させられる可能性も高くなる。
だが鮫島は躊躇わなかった。そもそも距離を取ろうが、敵戦艦の火力は、こちらの装甲を貫通可能と予測されたからだ。距離を縮めた時のリスクが被弾しやすくなる以外、装甲面では変わらないのである。
どうせ食らえば一緒ならば、敵にダメージを与えられる方に賭けるのだ。
「危険ですよ」
山澄は指摘した。
「一度、距離を取り、明け方まで粘る手もあります」
夜戦だからこそ、距離をとれば敵の命中精度の低下も期待できる。こちらの砲撃も当てにくくなるが、朝まで生き残れば、近隣の日本軍飛行場からの空襲を警戒して、敵戦艦は逃走するのではないか?
「いや、我々はこの脅威を速やかに排除して、山本長官のもとに馳せ参じる必要がある」
鮫島は揺るがなかった。
「長官の『播磨』は、今頃、敵機動部隊本隊を相手に単独で奮闘されているのだ」
いかに旗艦級戦艦改装の『播磨』といえども、単艦はやはり危ない――この時、第八艦隊司令部は、『播磨』のいる戦場に幽霊艦隊の軽巡洋艦3隻(『ジャワ』『トロンプ』『天龍』)が駆けつけたのを知らない。
・ ・ ・
異世界帝国戦艦『プロトボロス』は、試験戦艦である。
全長320メートルの巨艦は、この世界にきた異世界帝国戦艦で最大の大きさであり、リトス級大型空母と同じだ。
それは奇妙な艦だった。
艦首は、ごつい戦艦主砲を二基、背負い式に装備し、背の高い艦橋など上部構造物があるが、中央から後ろはほぼ水平だ。さながら、空母のように。
そしてその異様さは、上から見ればよりはっきりする。船体中央から後部にかけて飛行甲板があり、しかもX字型なのだ。
「敵艦隊、29ノットの速度で高速接近中!」
報告を受けて、グラストン・エアル中将はほくそ笑む。
「距離を詰めるか。夜戦ならではの判断だ」
敵戦艦4隻は、単縦陣を形成し、『プロトボロス』の進行方向を横切るように接近してきた。もう少し角度があれば、後部の主砲も使えるだろうが。
「敵水雷戦隊、接近!」
軽巡洋艦に率いられた駆逐艦4隻も、戦艦部隊に先んじて疾走する。五水戦旗艦『名取』と、駆逐艦『皐月』『水無月』『文月』『長月』の4隻である。
エアルは指示を出す。
「巡洋艦に迎撃させろ。こちらは敵戦艦を吹き飛ばす!」
艦首にある50口径45.7センチ四連装砲が、接近する日本戦艦に向けられる。その威力は、日本海軍の46センチ砲を上回る。
「撃てェ!!」
豪砲一発。四連装砲二基、八発の砲弾が飛翔する。その狙いは、戦艦列の先頭――旗艦である『常陸』に迫り、そして着弾した。
水柱が囲み、その艦尾から爆発の炎を浮かび上がらせた。
・ ・ ・
『艦尾、喪失! 浸水ー!』
『舵にも異常!』
『船体中央より、浸水確認!』
「応急処置、急げ!」
戦艦『常陸』に走った衝撃は凄まじかった。一発は直撃こそしなかったが、至近弾であり、艦体を傷つけ歪ませた。そして後部に一発が命中、四番砲塔より後ろに着弾した45.7センチ砲弾は、艦尾をゴッソリと吹き飛ばし、大量の海水を『常陸』艦内に流し込んだ。
「一撃で……この威力か!」
鮫島は驚愕する。主砲や弾薬庫など致命的な部位への直撃はなかったが、『常陸』は速度を落とし、かつ舵が右方向に曲がったまま動かなくなった。
後続する『磐城』は、旗艦の速度低下の原因を見て取り、回避しつつ前進を続ける。『近江』『駿河』もそれに続いた。
たった一撃で脚を奪われた。敵戦艦の攻撃力に戦慄するのもつかの間、鮫島は声を張り上げた。
「敵戦艦へ砲撃続行! 『磐城』以下僚艦は、突撃を続行せよ! 敵戦艦を撃破するのだ!」
敵は速度を落とした『常陸』にトドメを刺すだろうか? それとも僚艦を狙うのか。どちらにせよ、撃ち続ける意味はあるはずだ。
鮫島は自らを鼓舞しつつ、なお戦闘を継続した。
だが、その代償は大きかったのである。
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