第194話、混沌の夜戦
時間は少し戻る。
異世界帝国第16航空群はモルッカ海を移動中、日本軍の戦艦『播磨』と遭遇した。
単独行動でゆっくり近づいてくるその戦艦は、夜ともあってシルエットがはっきりしなかった。この時はまさか日本戦艦だとは思ってもみなかった。
「『プロトボロス』でしょうか?」
「うーむ」
艦長の疑問に、指揮官であるトルティ少将も首を捻った。
別行動中の戦艦『プロトボロス』かもしれない。
「確認の信号を送れ」
ここは日本軍の勢力圏が近い。敵の可能性はあるが、味方もまたこの近くで行動している。夜間、視界不良の中、敵と断定はできなかった。
トルティたち第16航空群に不幸だったのは、日本軍に悟られないために無線封鎖中だったことだ。
そして返答は、その不明戦艦からの砲撃だった。その一撃は、先頭の重巡洋艦を一撃でズタズタに破壊してしまった。
「撃ってきたぞ!」
「しかし、あの威力は『プロトボロス』かもしれません!」
「誤射をしているというのか!?」
まだ誤射を疑い、前衛艦は味方の信号を送り続けた。だが向こうは砲撃をやめない。こちらの信号が見えないのか?
「いや、そもそも『プロトボロス』が『前』にいるのがおかしい!」
トルティは叫んだ。
予定では、第16航空群の『後ろ』に、プロトボロス戦隊がいるはずだった。日本軍の艦隊が第16航空群を追尾していた時、それを叩けるように。
第一、『プロトボロス』は単艦ではなく、護衛戦隊を引き連れている。単独行動をしているはずがないのだ。
事ここに至り、トルティたちも相手が日本の戦艦だと気づいた。
「護衛部隊は、敵艦に肉薄! そのあいだに空母群は退避、離脱行動!」
敵戦艦に対して、護衛の巡洋艦、駆逐艦は敵戦艦との近距離戦に移った。
しかし、目の前の敵は、メギストス級に匹敵する大型戦艦。――もしかしたらヤマトクラスか、それよりも新型かもしれない。
トルティは歯噛みした。敵の装甲は厚く、重要部分はこちらの火力では抜けない。
だが、多数の中・小口径弾の応酬で敵戦艦にも火の手が上がりはじめた。しめた! この隙に離脱できるかもしれない。
トルティは淡い期待を抱くが、戦場に新たな参入者が現れた。
駆逐艦ないし軽巡洋艦と思われる敵艦が駆けつけたのだ。やはり戦艦単独ではなかった。
敵艦は3隻だったが、それが敵戦艦にとりつく第16航空群の巡洋艦や駆逐艦を挟撃し、その数をすり減らさせる。
「こちらも高角砲で応戦用意!」
トルティは敵の追撃を覚悟し、離脱を図りつつ攻撃を命じる。だが火力の差は無情だった。
援軍の登場で余裕が出たのか、敵戦艦の主砲が退避する空母へと向けられたのだ。その強烈な一撃は、トルティの乗るリトス級大型空母、5万トンもの巨艦を跳ね飛ばすほどの衝撃を与えた。
「……っ!」
装甲が紙のように貫かれ、内部で爆発した。格納庫も、艦載機も、燃料タンクも、機関も破壊され、大型空母は爆発の火の手を至るところから噴かせながら、火だるまと化した。
・ ・ ・
戦艦『播磨』の46センチ砲は、敵リトス級大型空母を一撃で大破させ、洋上で激しく燃えあがらせた。
トドメが必要かと再度狙いをつけるが、その前に巨大な爆発が起きて、敵空母の艦体が真っ二つに避けた。
「第二射の必要なし! 別の空母を狙え!」
艦長の西田少将は、残る中型空母3隻の始末を優先させる。敵は高速空母。本気の追いかけっこになれば、『播磨』とて引き離されて、最後には逃げられてしまう。射程にいるうちに仕留めなければいけない。
「敵空母は、それぞれ別進路を取り、遁走の模様!」
「小癪な!」
固まっていれば連続して狙われるが、分散して逃げれば、1隻が狙われている間に、残る2隻が射程外へ逃れるための時間稼ぎになる。
二兎を追う者は一兎をも得ず、という諺に従い、1隻ずつ確実に、そして手早く撃沈するしかない。
「一番近い空母を攻撃! 一撃で仕留めて次を狙うぞ」
「左舷より、雷跡ふたーつ!」
見張り員の報告。『播磨』をしつこく砲撃していた敵駆逐艦が魚雷を発射していたのだ。
「……っ、いかん」
近すぎる。いまさら回避運動をとったとて、『播磨』の巨艦は機敏に転舵はできない。数秒後、『播磨』の左舷に水柱が一本上がった。衝撃はきたが、思ったより軽い。さすがは大型戦艦である。
「左舷中央に魚雷一本命中!」
「二本ではなかったのか?」
不発か? それとも調整を誤ったか? しかし構わない。被害がないなら、それに勝る幸運なし。
『播磨』を狙った駆逐艦が、軽巡『天龍』の砲撃を受けて艦体を引き裂かれる。――『天龍』と聞いたが、その艦容は、秋月型駆逐艦のような砲配置に変わっていた。
「水上電探、復旧! 追加報告、敵空母の正面に複数艦艇の反応あり!」
「まさか、敵の援護部隊か?」
後方で第八艦隊が、敵艦と遭遇という報告が入っている。モルッカ海に、他にも敵部隊が存在する可能性があった。
その時――
「報告します!」
通信兵が声を張り上げた。
「友軍より通信です! 『我、
・ ・ ・
軽巡洋艦『川内』。5500トン級巡洋艦の最終タイプ、川内型軽巡洋艦のネームシップである。
第一次トラック沖海戦で、奮戦空しく撃沈され、異世界帝国に鹵獲回収されて復活したが、第二次トラック沖海戦で二度目の沈没を経験。今度は日本軍によって回収され、大改修を受けていた。
まだ九頭島のドックだと連合艦隊司令部は思っていたが、そんなことはなく、潜水巡洋艦として運用が可能となっていた。
そして『川内』と、同じく回収のち大改装された吹雪型潜水駆逐艦『吹雪Ⅱ』『白雪Ⅱ』『磯波Ⅱ』『浦波Ⅱ』は、転移マーカーを活用してモルッカ海へ駆けつけたのだった。
秋田中尉にしか艦艇転移はできない現状を覆す次の段階――T-17艦艇転移実験と共に。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
・天龍型防空巡洋艦:『天龍』
基準排水量:3280トン
全長:142.6メートル
全幅:12.34メートル
出力:6万馬力
速力:37ノット
兵装:50口径12.7センチ単装高角砲×4 53センチ三連装魚雷発射管×2
六連装対空誘導垂直発射管×2 対潜短魚雷投下機×2
25ミリ連装機銃×6
航空兵装:――
姉妹艦:『龍田』
その他:日本海軍の軽巡洋艦。開戦時には第四艦隊で中部太平洋にあったが、異世界帝国軍の空襲により撃沈された。のちに幽霊艦隊によって回収され、防空巡洋艦として再生、改修された。艦橋と後部マストの位置を修正し、主砲をそれぞれ背負い式になるよう変更。秋月型に似たような形となる。主砲は高角砲となっており、40口径ではなく50口径の12.7センチ砲。
・川内型襲撃潜水巡洋艦:『川内』
基準排水量:5120トン
全長:162.15メートル
全幅:14.2メートル
出力:10万馬力
速力:36ノット
兵装:三年式14センチ単装光弾砲×7 61センチ連装魚雷発射管×4
四連装対艦誘導発射管×2 六連装対空誘導垂直発射管×1
対潜短魚雷投下機×2 誘導機雷×24
20ミリ連装機銃×4
航空兵装:――
姉妹艦:『神通』
その他:5500トン型巡洋艦の最終型である川内型のネームシップ。第三水雷戦隊旗艦を務めていたが、第一次トラック沖海戦にて沈没。異世界帝国軍にサルベージされたが、その後、日本海軍が奪回。旧型である5500トン型の使い道を検討した結果、潜水雷撃戦隊の旗艦として再生されることになった。潜水機能を有し、機関をマ式に換装。潜水巡洋艦として、近接戦闘が重視され、対空戦については潜水して躱すため考慮されていない。乗員不足から少人数での運用が考慮された結果、砲弾装填を必要としない光弾砲が主砲として装備された。
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