第193話、暗中激闘


 戦艦『播磨』は単独で、異世界帝国機動部隊に砲撃を仕掛けた。


 初弾で敵重巡一隻を撃沈破。そこからの砲撃でさらに重巡一隻を轟沈したが、敵軽巡、駆逐艦の主砲が、相次いで艦体に突き刺さった。


「三番高角砲、損傷!」

「こちらも副砲、高角砲を動員! 敵駆逐艦を迎撃!」


 西田艦長の命令を受けて、15.5センチ三連装副砲、艦中央部に多数備える12.7センチ高角砲群が水平射撃にて、高速接近する敵駆逐艦を迎え撃つ。


 甲板で爆発が起きた。敵巡洋艦の砲弾が炸裂したか。しかし特に炎上することもなく、うっすらと煙が流れる。だが敵の砲弾が次から次へと降ってくる。


 敵は速射性能を頼りに、ガンガン砲撃してくる。合間を縫うように、『播磨』の46センチ砲が号砲を轟かせる。その瞬間だけ、甲板の煙共々、これから降ってくるはずだった敵弾も振り払ったような錯覚をおぼえる。

 しかしそれは所詮、錯覚だ。敵弾は、包囲するように四方から飛んでくる。


「見張り員! 敵空母を逃すなよ!」


 空母撃沈のために旗艦自ら乗り込んだのだ。敵護衛艦の手数に苦戦を強いられるのは、ある程度想定に入っている。


「電探に異常発生!」

「後部艦橋に被弾!」

「後部甲板に火災発生!」


 被害報告が相次ぐ。主砲は健在。艦体もその装甲がよく弾いているが、上部構造物へのダメージが拡大しつつあった。

 戦艦の主砲をしこたま受けてようやく沈んだ超戦艦である。それが砲撃力で格下の巡洋艦、駆逐艦に押されるのは、不愉快極まりない。


「敵空母、南へ高速離脱を図る模様!」

「通すな! 面舵一杯! 敵の針路を遮れ!」


 そのまま主砲全砲門を、逃げる敵空母へ向けて仕留めてやる!――西田の闘志はなお燃え上がるが、直後、艦橋に大きな爆発音と、揺れが伝わった。


「……今のは近かった!」


 宇垣参謀長が天井を見上げている。艦橋に当たったかもしれない。いかに重装甲に覆われた艦橋とはいえ、当たり所が悪ければ司令部壊滅もあり得る至近距離。

 その時、艦橋に通信長が駆け込んだ。


「長官、緊急電であります! 第八艦隊が……!」

「第八艦隊……?」


 山本が眉をひそめれば、黒島が声を張り上げた。


「一体何事だ?」

「第八艦隊、旗艦『常陸』より入電です! 我、未確認の旗艦級戦艦に匹敵する大型戦艦と遭遇! 現在交戦中とのこと!」

「未確認の大型戦艦、だと……!?」


 司令部に衝撃が走る。戦闘を指揮しつつ、その報告が聞こえた西田はふと気づく。


 ――ひょっとして、敵が我が艦にやたら発光信号を送ってきたのは、その未確認大型戦艦と誤認したから……?


「長官、これはよろしくありません」


 宇垣が言った。


「我々の後に駆けつけるはずだった第八艦隊が、敵の有力艦隊と交戦中であるならば、本艦は孤立したも同然。このままでは――」

「……」


 敵空母は目の前である。しかしその護衛艦が鬱陶しく、単艦の『播磨』の戦闘力は削られつつある。もしここで舵なり機関にダメージが及ぶようなことになれば、取り返しがつかない。


「――本当か?」


 通信長の声に、一同が注目する。山本は口を開いた。


「何だ? 新しい報告か?」


 通信兵が届けた新たな報告を取り、通信長が読み上げる。


「はい。『我、幽霊艦隊。軽巡洋艦3隻ニテ、貴艦ヲ援護スル』以上です!」

「幽霊艦隊……!」


 フィリピン海海戦で、異世界帝国の陸軍を載せた大輸送艦隊を壊滅させた秘密艦隊。その大半は、武本中将らと共に日本軍に加わり、連合艦隊の兵力となったが、まだ他にも部隊が存在していたのか。



  ・  ・  ・



 モルッカ海に現れた幽霊艦隊の軽巡洋艦3隻は、高速で海上を突っ切ると、異世界帝国艦に向けて砲火を開いた。

 その3隻は、オランダ軽巡洋艦『ジャワ』『トロンプ』と日本海軍軽巡洋艦『天龍』だった。


 東南アジアを巡る戦いで沈められた『ジャワ』と『トロンプ』、そしてトラック近海で撃沈された第四艦隊の『天龍』は、他の沈没艦同様、幽霊艦隊が回収し、最新の改装を受けていた。


 他の艦が連合艦隊に吸収される中、当時改修中だったこれらは、まだ幽霊艦隊の手にあって、改装後、独自活動をしていた。

 だが上官でもある武本からの『播磨』支援要請を受けて、モルッカ海に姿を現したのである。


 軽巡『ジャワ』は、基準排水量6700トン、全長153メートル、全幅16メートル。機関7万2000馬力で、速度31ノット。単装の50口径15センチ砲10門を主砲に持つ。


『トロンプ』は基準排水量およそ3800トン。その全長は132メートルと、夕張型軽巡洋艦より小さい。全幅は夕張と同じ12.4メートル。機関5万6000馬力で33.5ノットと、大型駆逐艦並の小型軽巡洋艦である。主砲は、15センチ連装砲三基六門。


 そして『天龍』は、基準排水量約3200トン。全長142メートル、全幅12.4メートル。機関だいたい6万馬力で、過去に最速で34ノットを記録した。主砲は日本海軍軽巡の標準装備だった50口径14センチ砲を4門。5500トン級より古いタイプの艦だ。


 つまり、昨今の重火力型軽巡に比べれば、小兵ばかりである。


 しかし、魔技研系列技術で、強化改修されたこの3隻は、以前までのそれとは違う。

『ジャワ』は、15センチ光弾砲の試験艦として、その砲すべてが単装の光弾砲となっている。

『トロンプ』と『天龍』は防空艦へ改装され、その主砲は50口径12.7センチ単装高角砲に交換されている。


 軽巡洋艦『ジャワ』は、先陣切って、異世界帝国艦に10門の光弾砲をそれぞれ振り向け、攻撃を開始した。狙われたメテオーラ級軽巡洋艦の艦体を貫き、爆発の跡を刻む。


『トロンプ』『天龍』は、一式障壁弾を敵駆逐艦に叩き込み、その柔い艦体を障壁で引き裂き、沈めていく。


 この加勢を受けた戦艦『播磨』で士気が盛り上がった。孤軍奮闘、しかし多勢に無勢と思え、挫けそうになっていたところに駆けつけた小兵たち。オランダ軽巡と旧式軽巡が、性能差を物ともせず果敢に敵艦を痛打していく様は、再び兵たちの闘志をかきたてた。ここまで『播磨』をチクチク攻め立てていた敵艦艇が撃破されていく。

 山本は、西田艦長を見た。


「友軍の援護はありがたい。今のうちに、敵空母を仕留めよ」


 ここまで来たのだ。敵空母を逃すわけにはいかない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・ジャワ級軽巡洋艦改:『ジャワ』

基準排水量:6600トン

全長:153.3メートル

全幅:16メートル

出力:8万馬力

速力:33.2ノット

兵装:15センチ単装光弾砲×10  8センチ光弾砲×4

   対潜短魚雷投下機×2  20ミリ連装機銃×6

航空兵装:水上機×2

姉妹艦:――

その他:オランダ海軍の軽巡洋艦。日本海軍の5500トン級に近く、現代からすれば旧式となる。異世界帝国との交戦で撃沈、幽霊艦隊によって回収後、再生された。他の回収艦が優先された結果、再生が後回しとなったが、完成した15センチ光弾砲の試験艦に選ばれ、装備した。


・トロンプ級軽巡洋艦改:『トロンプ』

基準排水量:3640トン

全長:132メートル

全幅:12.4メートル

出力:6万馬力

速力:36.6ノット

兵装:50口径12.7センチ単装高角砲×3 8センチ光弾砲×4

   53センチ三連装魚雷発射管×2 対潜短魚雷投下機×2

   25ミリ連装機銃×2 20ミリ単装機銃×6

航空兵装:水上機×1

姉妹艦:――

その他:オランダ海軍の軽巡洋艦。異世界帝国との戦いで撃沈されたものを、幽霊艦隊が回収。再生、改造を施した。大きさ的には大型駆逐艦の規模で、主に防空艦として改修された。機関を換装強化されていることで、速度も向上している。

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