第192話、播磨、突撃す


『敵機動部隊は、針路を西へ変更。ハルマヘラ海ではなく、モルッカ海へ突入する模様』


 パラオの偵察機の報告は、連合艦隊司令部に届いた。これには黒島先任参謀は相好を崩した。


「しめた。モルッカ海を通るなら、第八艦隊で捕捉できる!」


 ハルマヘラ島の東側であるハルマヘラ海に敵機動部隊が行けば、低速空母を抱える第八艦隊では、追いつけない可能性があった。

 しかし、より西であるモルッカ海を行くならば、タウイタウイを出た第八艦隊でも捉えられる可能性が高まった。

 佐々木航空参謀と三和作戦参謀は顔を見合わせる。


「モルッカ海へ来るということは、敵はセレベス島を攻撃していくつもりでしょうか?」

「だろうな。メナド、ケンダリー……飛行場の整備を急いでいる場所でもある。そこを攻撃すれば、ニューギニア方面の敵にとっても有難いに違いない」

「それでは――」


 山本五十六大将の静かな声が、参謀たちの注目を集めた。


「行こうか。モルッカ海へ」


 宇垣参謀長は、一瞬躊躇ったが頷いた。いよいよ艦艇転移で、連合艦隊旗艦である『播磨』が敵機動部隊へ殴り込みをかける。


 正直、司令長官を乗せたまま旗艦だけで突撃することは、宇垣は今も反対である。しかし、山本の意志は揺るがなかった。


 ――モルッカ海を敵が通ってくれたことが救いか。


 黒島の言う通り、第八艦隊が援軍に駆けつけられる位置であり、日本軍の飛行場からの援護も期待できなくはない。これがハルマヘラ海だったなら、第八艦隊の援護は期待できず、敵航空隊の襲撃も懸念された。

 敵が欲を出してくれたからもたらされた、ささやかな幸運である。


 かくて、連合艦隊旗艦『播磨』は、単独で柱島泊地を離れた。護衛艦がついたが、それもすぐ無駄になる。

 魔技研出身の秋田中尉による転移によって、戦艦『播磨』がモルッカ海に浮かぶ転移マーカーへ飛んだからだ。


 夜のモルッカ海を戦艦『播磨』は、敵機動部隊を求めて北上した。そしてさほど時間を置かず、水上電探が闇夜の中を進む艦隊を捉えた。


「巡洋艦とおぼしき反応複数。さらに後方に大型艦――」

「逆探には反応なし。確認された艦隊は、電探を使用していません」

「電波を出して、我が軍に気づかれるのを避けようというのだろう」


 艦長の西田少将は、声を落とした。何せモルッカ海は、どちらかと言えば日本軍のテリトリーだ。夜道で明かりをつける泥棒もいない。


「砲戦用意。ただし発砲は待て。敵が反応するまで、ギリギリまで近づけ」


 敵がレーダーを使っていないなら、『播磨』を見つけるのは見張り員の目だけが頼りとなる。しかし、敵はこちらの電波探信儀が発する電波は捉えているだろう。そして一斉に動き出すはずだ。


敵機動部隊は、大型1、中型3の空母4隻に、巡洋艦7、駆逐艦9だ。手数で攻められれば、いかに大和型を凌駕する超戦艦『播磨』といえども不利はいなめない。


 一撃で命中させられるように距離を詰めて、一発必中の構えで敵艦を仕留めていく。大和型と同じく45口径46センチ砲が直撃すれば、大型空母といえど一撃大破もあり得る。

 山本長官ら連合艦隊司令部の参謀たちは、特に指示を出さず西田艦長に委ねている。西田を『播磨』艦長に推薦したのは、山本だと言う。その期待に応えないといけない。

 西田は、砲術長を呼び出す。


「艦長より砲術。砲撃開始時、探照灯は必要か?」


 闇夜である。日本海軍の伝統の夜戦の流儀であれば、旗艦が敵艦に光源を当て、その姿を浮かび上がらせて命中させやすくするのだが――


『いえ、暗視スコープで見えます。むしろ照明は邪魔になるので不要です』

「よろしい。敵は沢山だ。一撃必殺を心がけよ」

『了解であります!』


 戦艦『播磨』と敵機動部隊の距離が縮まる。刻々と、粛々と。『播磨』の見張り員も敵艦の姿を確認している。

 いつ動き出してもおかしくない状況ながら、敵は針路、速度ともに変えず向かってくる。まるでこちらに気づいていないように。


「……まだ気づかないのか?」


 西田は思わず呟いた。そんなに敵――異世界人の夜間視力は低いのか?

 その時、前方で光が瞬いた。


「!?」


 発砲か――身構えるのも一瞬、見張り員が報告した。


「正面より発光信号とおぼしき光!」

「何と言っている!?」


 こちらに向けて発光信号だと――参謀たちがざわめく。


「馬鹿な。ここにきて降伏するつもりか?」

「見張り!」

「……わかりません! 信号と思われるのですが、こちらのものと違うようで、意味がわかりません!」


 間違いなく異世界人だ。世界が違えば、信号のパターンも異なる。このタイミングで出す信号だとすれば、大方『お前は何者だ?』の確認だろう。


「長官。こちらも応答したくありますが、よろしいでしょうか?」


 西田が確認すれば、山本は頷いた。


「やりたまえ」

「艦長より、砲術長。撃ち方始め!」


 発光信号の返答は、砲弾だった。『播磨』の艦首側46センチ三連装砲二基六門が、夜を貫いて雷鳴を轟かせた。


 大気を切り裂いた砲弾は、先頭を進む敵重巡洋艦プラクス級の、戦艦のような高い艦橋もろとも上部構造物を丸ごと吹き飛ばした。


 爆発。トーチの如く燃え上がる重巡は、周りの艦艇と、後方の大型空母の姿を浮かび上がらせた。


「敵空母!」

「まずは、前にいる敵重巡洋艦を狙え!」


 両者の距離は、すでに10キロを切っている。これだけ近くなると、巡洋艦の主砲でも油断ならない。


 しかし、異世界帝国軍の反応は鈍かった。前方の数隻と空母が、例の読めない発光信号を連続している。

 これを見た黒島先任参謀は首を傾げた。


「あれは何の真似だ? 何かの新兵器か?」

「もしかしたら、あちらは、こちらを味方と勘違いしているのでは?」


 渡辺戦務参謀が言った。この戦艦『播磨』は、元は異世界帝国の旗艦級戦艦である。改装されたとはいえ、全体的なシルエットがかつての友軍のものに見えたとか……?


「ならば、まだ敵が誤認しているうちに、沈めるまでだ」


『播磨』は砲撃を続ける。味方撃ちだと勘違いしていた異世界帝国艦隊だが、さすがに日本海軍だと気づく。


 途端に巡洋艦、駆逐艦からが次々に発砲。砲撃が『播磨』に集中するが、数十秒置きに浮かぶ発砲の光だけでは、その位置を特定しきれず、初弾からの命中は少なく、多数が至近弾となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・播磨型超弩級戦艦:『播磨』

基準排水量:6万9000トン

全長:290メートル

全幅:38.6メートル

出力:18万馬力

速力:29ノット

兵装:45口径46センチ三連装砲×4 60口径15.5センチ三連装砲×8

   12.7センチ連装高角砲×14 8センチ光弾砲×24 

   20ミリ連装機銃×30

航空兵装:カタパルト×2 艦載機×4

姉妹艦:二番艦(『アナリフミトス』)改装中

その他:ムンドゥス帝国の艦隊旗艦級戦艦を日本海軍が回収、改装を施したもの。43センチ四連装砲が、大和型と同じ46センチ三連装砲に変更され、副砲、高角砲も換装されている。速度、防御性能は変わらず、魔法障壁も引き続き使用可能。ただし、『アナリフミトス』に追加装備されたエネルギー兵器は装備されていない。

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