第191話、ウェーク島攻略第一部隊、帰還す


 大型巡洋艦『早池峰』は僚艦である重巡洋艦『古鷹』『加古』を従え、内地へ帰還しつつあった。


 第七十一駆逐隊の駆逐艦4隻が護衛につく中、異世界帝国の潜水艦などに遭遇することもなく、無事な航海が続いている。


「――捕虜15名は健在。1名体調を崩しているものの、他は報告すべき異常はなし」


 うつつ部隊の遠木中佐は、須賀義二郎中尉にそう告げた。


 ウェーク島攻略部隊に参加し、現在、異世界帝国捕虜を輸送中である。大巡『早池峰』の艦橋で、艦を操っていた須賀は頷く。


「ここまで無事、捕虜を護送できてよかったですね」

「まったくだな。捕虜を取るのにここまで苦労する敵など、そうはいない」


 何故なら、これまでは異世界帝国人は、そのテリトリーから出ると謎の死を遂げてきたからだ。生きて捕まえたのに、突然もがき苦しむ――病気や毒など確認できず、お手上げだったのだが、ここにきて異世界人の持ち込んだとある素材――海軍名称『E素材』に秘密があると推測し、対策を立てた。

 結果は大成功であり、異世界帝国のテリトリー外に出ても、捕虜たちは元気であった。


「そう、苦労した甲斐はあったということだ」


 遠木は呟いた。部隊を率いてウェーク島に上陸。敵司令部に乗り込んで、捕虜を獲得した。さすがは特殊部隊というべきか。負傷者はいたが、戦死者ゼロで帰還している。


「これで、戦況は好転しますかね?」

「ま、何と戦っているのかくらいはわかるだろう。奴らの本拠地や、この世界にどうやってきたか……それこそ色々」


 それが異世界人を知り、今後の戦略にもかかわってくる。それは間違いないと、遠木は確信している。


「そういえば、中佐。捕虜は獲得しましたけど、言葉や文字はどうなんですか? せっかく捕まえても、わからないんじゃ困りますよね」


 意思疎通を図るところから始めないといけない。


「それな。だが言葉に関しては問題ない。翻訳機がある」

「翻訳機?」


 首を傾げる須賀に、遠木はポケットから、手のひらに収まる程度の大きさをした黒い石のようなものを出した。


「これが異世界人が使っている翻訳機だ。これを身につけていると、相手が日本語を話していなくても、日本語にしてくれる優れものだ。異世界人には、日本語ではなく、奴らの言葉で聞こえているようだがな」

「……凄いですね」


 石みたいな形だが、自動で翻訳してくれる道具とは。異世界の技術は進んでいる。


「それはどこで手に入れたんですか? 捕虜たちが持っていたんですか?」

「これまで渡り歩いた戦場で、結構な数を回収している。俺たちはもちろん、陸軍でも前線で戦っている者を中心に、最初はお守りとか土産感覚だったらしいが、今じゃ分隊単位に数名の割合で持っているとか」

「それって、たくさんじゃないですか」


 結構な数どころではない気もした。遠木は笑う。


「異世界人も、地球人に命令するために末端の兵士まで翻訳機が必要だったということだろうよ」

「なるほど、彼らにとっては、翻訳機も兵士の標準装備なんですね」


 様々な言語に対応できるから、通訳入らず。地球人と一言でまとめても、様々な国、人種、言語がある。迅速な占領地拡大、スムーズな統治のためにも、翻訳機は必須なのだろう。


「須賀中尉。貴様にもひとつやろう」


 ポンと投げてきたので、須賀は慌ててキャッチした。周りの機器に当たったらどうするんだ、と言葉に出かかるが、口をついて出たのは別の言葉だった。


「どうも……」

「あー、義二郎さん、いいなー」


 後ろの席で、会話を聞いていた妙子が言った。須賀はしげしげと、翻訳機を眺める。


「中佐。言葉は翻訳機でいいですけど、文字のほうはどうです?」

「それがさっぱりだ」


 遠木は皮肉げに言った。


「これまでも占領地から、敵の書いた文章や報告書など、色々回収したが、わからないことだらけでな。数字と絡めて、ある程度推測できるまで進んだものもあるが、そんなものは極一部だ。捕虜と対話して、文字のほうも攻略していかないとな」

「大丈夫ですかね……。捕虜が間違った読み方を教えたりとか?」

「そのために複数の捕虜がいるんだ」


 遠木は腕を組んだ。


「それぞれ隔離した上で、同じ文章を見せる。その文字の読み方を聞き出して、ある程度、答えが合致したものは正しい可能性が高く、てんでバラバラだった場合は、嘘の可能性が高い」


 地道な作業だがね、と中佐は苦笑した。参考になるな、と須賀は思った。もっとも、自分が、異世界人の文字を学ぶ機会などないと思うが。



  ・  ・  ・



『早池峰』は内地に帰還を果たし、横須賀鎮守府にて、異世界帝国人捕虜を引き渡した。


 これまで確保できなかった敵捕虜を手に入れたことは、海軍内でも機密扱いとなり、作戦参加者には許可が出るまで口外しないようにと命令が出た。

 それは当然、『早池峰』を操艦していた須賀や妙子も例外ではなかった。遠木中佐曰く。


「海軍としては、ある程度情報を得るまでは、陸軍にも秘密にしておきたいということさ」


 そういうものか、と須賀は思った。普段の陸海軍の関係をみれば、わからないでもない。


「ま、案外、俺たちが知らないだけで、陸軍は陸軍で、独自に捕虜を獲得しているかもしれんが」


 ここで、現部隊も『早池峰』を降りるため、遠木ともお別れとなる。


「元気でな、中尉。縁があったらまた会おう」

「ご武運をお祈りします」

「貴様もな」


 現部隊が去り、残された須賀たちだが、新たな命令が届いていた。


「九頭島への帰投? 『早池峰』で?」

「いえ、一式水戦で」


 九頭島航空隊の尾島と名乗った少尉は、ビッとそれを指し示した。

 大型巡洋艦『妙義』航空隊でもその後の大和航空隊でも乗っている一式水上戦闘攻撃機があった。


「『早池峰』は?」

「他の能力者が回されて、追って回収に来ます。とにかく急な任務なのですが、時間がないとのことで、このまま九頭島までお願い致します」


 須賀は妙子を顔を見合わせる。


 一体何が起きているというのか?

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