第190話、零式水偵、モルッカ海へ
連合艦隊司令部から、ダバオへ転移した秋田中尉は、司令部に出頭し、山本五十六大将の命令書を提出した。
その内容は、敵機動部隊を撃滅するため、内地よりの有力戦艦を派遣するための転移マーカーを、敵予想航路付近に展開するというものだった。
零式水上偵察機一機を一時的に徴発し、場合によっては、機体と搭乗員は後日帰還させる可能性あり。追記として、敵機遭遇の場合、秋田中尉の身柄は何が何でも守ることが厳守とあった。
転移魔法の使い手として、秋田以上の者はなく、海軍の至宝である――連合艦隊司令部では、傍受されない通信案件や、今回のような転移作戦ではなくてはならない人材として秋田を重宝しているのだ。
正直、転移魔法と言われても、現状の海軍ではちんぷんかんぷんな者が大半で、何やら不可思議な術がある、という程度の認識だ。しかし、連合艦隊司令長官直々の命令とあっては拒否などできるはずもなく、必要な手配がなされた。
「それじゃ、よろしゅうお願いします」
かくて秋田は、
「中尉、我々は何故東ではなく、南なのですか?」
エンジンの音が鳴り響く中、伝声管を使った蒲谷の声が届く。
「このダバオは、パラオからほとんど西にあります。敵はパラオからそのまま西進すれば、ダバオを襲えたと思うのですが」
「そうだねぇ」
元から口数の多いほうである秋田は早速答える。
「蒲谷上飛曹は知らんのか。敵さんはあれで、こちらを奇襲しようと、回りくどい動きをして、こちらの警戒網をすり抜けようとしているんだよ」
パラオの偵察機が、敵機動部隊が南へ退避した後、西に舵を切ったのを確認している。
「東へ撤退しなかったんですね」
「そう。下手に戻ると、ウェークにいる第一機動艦隊が南下してきた捕捉されるかもしれない。いくらニューギニア島周りが敵さんのテリトリーと言っても、航空機がたくさん飛んできたら面倒だからねぇ」
帰りは右回りではなく、左回りで。その道すがら、メナドやケンダリーあたりも攻撃されるかもしれないと、連合艦隊司令部は見ている。
豪北方面も、日本軍は進出しているが、異世界帝国の重爆撃機による攻撃で飛行場整備が間に合っていないため、その防備はまだ手薄と言えた。ここを叩かれれば、さらに防衛網構築に遅れが出る。
「フィリピン方面は戦力的にそこそこ強固――と、敵さんも思ってるのかもね。ダバオが攻撃されなかったのも、それかもしれない」
「言っても、今のダバオの航空隊は貧弱ですよ」
蒲谷は苦笑したようだった。
「周辺の基地の支援がなければ、たぶんやられてしまうんじゃないですか」
何せ、ダバオにいた航空隊は、結構な数がマリアナ諸島やトラックへと進出したからだ。前線が移動した分、兵力もそちらへと映る。中部太平洋進攻前までは、ダバオはそこそこ有力な基地航空隊の拠点となっていた。
「ま、敵さんもそこまでは知らないだろうね」
秋田は苦笑した。ぶっちゃけ、秋田自身、転移場所でなければ、東南アジア一帯にいくつ日本軍の基地や飛行場があるかなど覚えていない。それだけ数があるということなのだが、内地では相変わらずパイロットが足りないといって目下養成しているところなので、前線に航空機が足りていない。
「この辺も日本軍の領域だけど、ぶっちゃけ穴だらけ。いつ敵さんが忍び込んできてもおかしくない。用心してくれ」
「了解っ!」
零式水偵は飛ぶ。雲を越え、海を見下ろし、二時間ほどかけてモルッカ海に到達。予定海上にて降下し、転移マーカーを投棄、再び空へ。それを1時間かけて3カ所。
「次、ハルマヘラ海だ」
零式水上偵察機は東へと飛ぶ。ハルマヘラ島を超えて、ハルマヘラ海へ侵入する。蒲谷は言った。
「西ニューギニアに近づくのは、あまり気分のいいものではないですね」
「まったくだ。このハルマヘラ島は、日本軍が上陸しているが、ニューギニアからの爆撃で飛行場整備が捗っていない。制空権なんてあってないようなものだから、敵機――戦闘機が見えたら作戦中止だからね」
「了解。中尉を絶対死なせるな、と命令されております!」
零式水上偵察機は、水上機である。フロートをつけているから海上に降りたり、そこから発進もできるが、その分鈍足だ。しかも日本機特有の防弾装備のなさと相まって、敵戦闘機に狙われたら、ひとたまりもない。
――魔法防弾付きだろうか、この機体。
第一次トラック沖海戦後、魔法防弾仕様の機体が配備されているはずだが、中には改修されず、防弾未装備の機体があったりするという。
「頼むよ。奇襲さえ受けなければ即離脱させるから」
秋田は、手元にある転移離脱装置に触れる。
「気づいたら九頭島へひとっ飛びだ」
「自分は、まだ九頭島へ行ったことがないんですよ」
蒲谷は笑った。
「いいところなのですか?」
「悪いところではないな」
秋田たちの零式水偵は、ハルマヘラ海へ侵入する。敵機動部隊がニューギニア島沿岸を移動するとすれば、本命はこのハルマヘラ海となる。敵飛行場が近い分、日中は航空支援を受けられるからだ。
用心を重ねつつ、転移マーカーを仕掛けて移動する。この辺りは島も多く、敵の監視員がいると考えたほうが自然である。その通報を受けて、敵戦闘機が飛んでくる――というのも充分にあり得る。
「……! 蒲谷上飛曹、右上方より敵機!」
トンボのようにも見える敵戦闘機二機が、急速ダイブしてくる。――気づくのが遅れた!
「中尉!」
「わかってる! 九頭島へ御招待コースだ!」
もたもたと回避運動をとる零式水偵をよそに、秋田はさっさと転移離脱装置に魔力を込めて装置を発動させた。
その瞬間、零式水上偵察機は消えた。時速600キロ近くで突っ込んできたヴォンヴィクス戦闘機は、たちまち目標を見失った。
「!?」
「落ち着け、上飛曹。ここは九頭島だよ」
秋田は伝声管で呼びかける。転移離脱によって、南方から一気に内地近くまでの移動。混乱するのは無理もないことだ。
ともあれ――
「ま、できる限りはやったと思う。お疲れさん。降りたら酒を奢るよ」
「自分は下戸です」
「なら甘い菓子でも買おう。ついでに土産も買うか」
「いいですね。ありがとうございます!」
蒲谷の声もだいぶ余裕が出てきた。直後、通信機が音を立てた。九頭島管制塔からの、所属確認だ。いきなり転移してきたら、驚いて当然である。
前準備は整った。
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・零式水上偵察機
乗員:3名
全長:11.3メートル
全幅:14.5メートル
自重:2524キロ
発動機:三菱『金星』四三型、空冷1080馬力
速度:367キロ
航続距離:3326キロ
武装:7.7ミリ機銃×1、60キロ爆弾×4、または250キロ爆弾×1
その他:日本海軍の主力水上偵察機。巡洋艦や戦艦などで運用されたが、異世界帝国の戦闘機を振り切ることは困難であり、偵察任務も難しくなってきた。魔技研により、魔法防弾装備仕様に改修されたり、一部魔法フロートによる陸上機並の速度確保などが行われて、対潜哨戒や基地航空隊などでは活用された。一時期、九七式艦上攻撃機の補充を、フロートを撤去し艦上機化した本機を使う案が出たものの、試作のみで終わっている。
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