第109話、重爆撃機の襲来
異世界帝国太平洋艦隊が、上陸船団の危機と戦線を離脱した時、日本艦隊も、少なくない損害を受けていた。戦場が混沌と化していたため、正しい状況把握のため、一度後退を選択した。
もし余力があれば追撃も、と考えていた連合艦隊司令部だったが、果たしてどれほどの被害を受けたのか、各部隊からの報告を待った。
まず第一艦隊。戦艦『天城』『薩摩』が中破以上の損害を受けて、戦闘は困難な状況だったが、突撃せず遠距離砲撃戦に徹した影響で、全体で見れば損害は軽微。護衛の水雷戦隊は、ほぼ無傷で残っている。
第二艦隊は、敵艦隊へ突撃したために被害が大きかった。沈没艦は駆逐艦『朧』『山雲』『巻雲』の三隻だが、大型巡洋艦『劒』『乗鞍』が中破、重巡洋艦『筑摩』が大破し、水雷戦隊も軽巡『那珂』、駆逐艦『不知火』『親潮』が中破、そしてそれ以外の多くの艦艇が被弾していた。
無傷の艦は重巡洋艦『鞍馬』『足柄』と、駆逐艦『朝雲』『霞』『雪風』『磯風』『谷風』、後衛に下げた空母『隼鷹』とその護衛の駆逐艦『橘』『蔦』『萩』のみの11隻しか残っていない。
その上、積極的な雷撃で、残っている魚雷の本数も残り少ない。
第三艦隊は、敵航空隊とも艦隊の攻撃も受けなかったが、第三次攻撃隊の発艦直後、敵潜水艦による雷撃を受けていた。
が、魔技研再生艦中心の護衛艦群の魔式ソナーと、一式障壁弾を用いた雷撃防御によって被雷なしで切り抜けることができた。
だが深刻なのは、艦艇ではなく、航空機のほうだった。
空母は無傷、しかし肝心の空母航空隊は消耗が激しく、その稼働機は予備機を全部組み上げても100に届かないと思われるという。
現在、艦載機の収容作業に忙殺されており、攻撃隊を編成し出撃させたとしても、帰投は日没以降となるだろうと予想された。
戦艦『土佐』、連合艦隊司令部は、味方から上がってくる報告をまとめ、今後の対策を話し合っていた。
「航空隊の損害が大き過ぎますな……」
黒島先任参謀は顔をしかめた。佐々木航空参謀も頷いた。
「いくら決戦といえど、すでに今日は三度も攻撃を繰り返しました。搭乗員らの疲れも限界でありましょう。無理に出せば、事故で喪失する機も増えます」
「長官」
宇垣参謀長が山本長官を見た。
「敵には空母はありません。第二艦隊も損害が大きいですが、第一艦隊は、戦艦5隻、さらに第一、第三水雷戦隊は健在。ここは追撃し、夜戦を仕掛けてさらなる打撃を与えるべきかと」
「参謀長の意見に賛同します」
三和作戦参謀は背筋を伸ばした。
「第二艦隊の報告では、敵重巡洋艦部隊は撃破、軽巡洋艦部隊にもかなりの損害を与えたとあります。今なら水雷戦隊の突撃攻撃の好機です。敵の大型戦艦を、ここで沈めてしまいましょう!」
さらに、と三和はさらに胸を張った。
「どういう技を使ったかはわかりませんが、今ここには『大和』も来ております。第一艦隊に編入し、共に当たれば、敵を完全に撃滅できます」
「……」
山本は腕を組み、作戦図を見下ろしている。宇垣は三和を見た。
「『大和』は軍令部の所属だ。さすがに勝手に編入はできんのではないか?」
「現場が優先されます。此度の決戦であれば、多少の規則も無視できます。そもそも、ここに『大和』がいるということは、連合艦隊と足並みを揃えて戦うという軍令部の意志ではありませんか?」
熱弁をまくしたてる三和。山本は、会議の場に一歩引いた位置にいる諏訪情報参謀に視線を向けた。
「諏訪君。『大和』の件、どう思う? 軍令部が寄越した援軍と解釈してよいのか?」
「さあ……それは軍令部に確認しないことには、何とも」
冷静沈着な諏訪にしては、珍しく歯切れが悪かった。彼にもわからないことはあるらしい。
「ただ、ここにどうやってきたかはわかります。おそらく、T-13艦艇転移実験をやったのでしょう」
「何だね、そのT-13実験とやらは」
「それは――」
「長官、『大和』から緊急電であります!」
通信兵が駆け込んできた。大和から――山本らの視線が集まる。
「『高度1万を飛行する敵重爆撃機と思われる編隊が、艦隊に向けて接近中。その数、およそ50機!』」
連合艦隊司令部は騒然となる。
「敵重爆撃機だと……!?」
まったく想定していなかった敵の出現である。佐々木は首を傾げた。
「オーストラリア、いやニューギニア方面からか」
「しかし高度1万とは……」
三和は眉をひそめた。
「そんな高さでは、動いている艦隊に爆弾を当てるのはほぼ無理だろうに」
重爆撃機は、動かない地上目標を狙うものであり、移動目標への攻撃にはまず用いられない。落ちている間に風に流されるために、狙った場所に落ちないからだ。高高度になればなるほど、それは顕著だが、もっと低い高度でも難しいというのに。
重爆撃機の爆撃は当たらない――連合艦隊司令部も、不意をつかれたものの、落ち着きかけた時、山本は目を見開いた。
「いや、まだ通常爆弾のそれと決まったわけではない。もしや、敵も誘導兵器を使ってくるかもしれん」
「誘導兵器!?」
参謀たちは仰天した。黒島は歯噛みした。
「敵も、誘導兵器を持っているならば……」
高度1万から仕掛けてくる可能性も皆無ではない!
・ ・ ・
戦艦『大和』。魔力式索敵装置は、高高度から日本艦隊に接近する敵編隊を、いち早く捉えた。
索敵担当の通報を得て、正木初子もまた魔力眼を用いて、敵の姿をその視野に収めた。そして奇妙なものに気づいた。
飛行する鯨のような巨大航空機。異世界帝国の重爆撃機であるが、事前に聞いていたのと形が違う。……というよりも。
『重爆の本体に、敵の小型機が張り付いている……?』
要領を得ない初子の言葉に、神明大佐は眉間にしわを寄せた。
「小型機……だと?」
『はい。あれは、敵の艦上攻撃機ですね。ムササビみたいな形をしています。それが敵重爆1機に3機ほどくっついているようです」
どういうことだ、と神大佐が訝る中で、神明が珍しく声を張り上げた。
「そうか! その手できたか! 通信長! 連合艦隊に通報! 敵は重爆撃機をキャリアーに航空機を運んできた! 約150機の敵機による爆撃を警戒!」
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