第664話、地中海という穴場


 欧州の異世界帝国艦隊は、現在のところ、各国から鹵獲した現地戦力が分散配置されていた。

 転移中継ブイによる、遮蔽偵察部隊による連日の偵察活動は、それら敵の配置、戦力を浮き彫りにした。

 ヨーロッパ方面の敵の漸減、陽動を兼ねるT艦隊は、これら欧州の敵に対して攻撃計画を練る。


「イギリス本土には、規模の大きい機動部隊があり、現在のところ最も警戒が必要な相手となります」


 T艦隊司令部。ヨーロッパ全域の地図を前に、神明参謀長は告げた。


「新鋭艦中心のこの機動部隊は、1隻辺りの艦載機搭載数は、中型空母並みですが、何せ数が多い。できれば戦闘は避けたいですが、敢えてT艦隊で戦うのであれば、しっかりと準備が必要と考えます」

「他にも攻撃すべき敵は多いんだ」


 栗田 健男中将は真顔で言った。


「当面は、弱いところから叩いていこう」


 参謀たちは首肯すると、視線は地図へと注がれた。


「現在のところ、イギリス本土に機動部隊と、旧式艦を主体とする艦隊が一つ」


 イギリス、グレートブリテン島の東の北海に、一艦隊(北海艦隊)、バルト海にドイツ系のバルト艦隊、ソ連系のレニングラード艦隊。


 北欧のノルウェー海に、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドを中心にした鹵獲艦隊――北欧艦隊。


 フランスは、ブレスト周辺にフランス・スペイン鹵獲艦隊。

 地中海には、艦隊が四つに分かれて配置されており、黒海にはトルコ、ソ連系の艦隊がそれぞれ一つずつ存在していた。


「十三の艦隊か……」

「これは中々、骨が折れそうですね」


 田之上首席参謀が口元を引きつらせた。藤島航空参謀が口を開く。


「でも、数だけだったり、弱小の艦隊もあるんでしょう?」

「その通り。規模としてみれば、ブレスト艦隊が、巡洋艦、駆逐艦中心で他と比較すれば、数は多くない」


 T艦隊が、欧州で真っ先にスペイン系艦隊を叩いた影響か弱体である。


「北欧艦隊も、数は多いが海防戦艦を除けば、駆逐艦や潜水艦が多数を占める。この海防戦艦にしても、砲は重巡以上だが低速で、さらに古い型も多い。唯一警戒が必要なのは、ビスマルク級『ティルピッツ』と、ソビエツキー・ソユーズ級1隻の新鋭戦艦2隻くらいだろう」


 駆逐艦も新旧混じっているので、油断すべきではないが、目につくのは、独ソの超弩級戦艦コンビであろう。


「黒海の艦隊も、それなりに厄介そうですなぁ」


 ソ連の新鋭巡洋戦艦クロンシュタット級が1隻と新型巡洋艦が複数。それ以外の旧式戦艦も10隻近く存在する。弩級戦艦以下のものもあって、ぶっちゃけ戦艦に加えていいか微妙なものが半数はあるが、元ドイツ巡洋戦艦『ゲーベン』である『ヤウズ・セリム』やソ連のガングート級、インペラトリッツァ・マリーヤ級と言った弩級戦艦も含まれていて割と戦力が充実していた。


「私としては、狙い目は地中海艦隊と思う」


 神明は地中海を指揮棒でなぞった。


「敵艦隊は、フランスのトゥーロン、アルジェリアのオラン、イタリアのタラント、エジプトのアレキサンドリアに分散していて、戦艦は弩級戦艦以上はない。型の新しい艦は、イタリアの空母を除けば小型艦ばかりだ」


 主な巡洋艦は装甲巡洋艦や防護巡洋艦といった古いものが多い。

 かつてトゥーロンで自沈したフランス艦隊は、異世界帝国に鹵獲されたが、戦艦、巡洋艦の多くは大西洋艦隊に引き抜かれ、今では大半が日本軍が逆鹵獲して運用している。

 栗田は発言した。


「地中海の航空戦力はどうなっている? 欧州のほうには飛行場が無数にあるだろうし、アフリカの欧州植民地にも、それなりの数があるはずだ」

「偵察情報によれば、こちらも複数の飛行場に分散配置されています」


 神明は、めぼしい飛行場辺りを指揮棒でついた。


「しかし、異世界帝国の戦闘機、攻撃機は少数です。その主となる戦力は、大西洋沿岸ないし、ユーラシア大陸中央に集中しており、むしろ地中海は、手薄となっています」

「地中海周りに、連中の敵はいませんからなぁ」


 藤島が不敵な笑みを浮かべた。


「敵さんの後方がお留守なのは、いつものこととして、ここらで演習していたらしいイギリス製新型空母群は、大西洋に出てきましたし」

「日本やアメリカの艦隊が攻めてきたとしても、地中海に入るならジブラルタルか、紅海の方を固めておけば、大丈夫ということでしょうか」


 田之上も頷いた。


「普通に侵入すれば袋のねずみですが、こちらは転移で離脱できますからね」

「できれば敵の飛行場もいくつか叩いておきたい」


 神明は、白城情報参謀を見やる。


「敵の現地守備隊は、異世界帝国製が少ないが、その分、各国の鹵獲機や現地生産で、数の不足を埋めている」

「つまり、イタリアやフランス、ドイツの戦闘機とかが飛んでくるってことですか」


 藤島が言えば、白城は首を傾けた。


「そうなりますね。ただ、これらは滑走路がないと発進や着陸が困難になりますから、飛行場の爆撃は、ある程度有効ではあります」


 最近の異世界帝国機は、駐機スペースからいきなり飛び上がることができる機体が増えている。滑走路を叩いても、重爆撃機や輸送機の利用は不可能になっても、小型機は普通に飛んでくるのだ。

 しかし地球のレシプロ機に限れば話も変わってくる。

 神明は言った。


「地中海の敵を攻撃目標にする理由の一つに、敵の戦力を分散、または拘束を強いる目的もあります」


 後方扱いの地中海が、日本軍が荒らし回れば、敵は地中海ルートを安全に利用することができなくなる。

 そうなれば、海上警備部隊の増強や、討伐部隊を地中海に送り込まなくてはならなくなる。そうすると――


「他の現地守備艦隊が、移動しにくくなります。さらに討伐部隊は、それなりに有力な艦で構成される艦隊となるでしょうが、それを地中海に引き寄せることができれば、イギリスが計画している本土奪回作戦の障害となる戦力を、引き剥がすことができるかもしれません」


 それを聞き、田之上が栗田を見た。


「こちらとしても、敵の複数の艦隊が集まってしまうと対処に困りますから、それぞれの艦隊を現地に留めることができるならば、今後の我々の行動にも有利に運ぶかと」

「ふむ……。やってみるか」


 栗田は腕組みを解いた。


「参謀長、地中海の敵は四ヶ所に分かれているのだろう。どこをやる?」

「初手の奇襲効果を最大限に発揮させたいので、狙うはイタリア、タラント軍港をまずは叩きたいと思います」


 戦力がある分、他よりも防備は厚いが、タラントを撃滅できれば、敵地中海艦隊の戦力は激減するのだ。

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