第665話、義勇軍の艦隊
ウィリアム・ハルゼー中将にとって、今アメリカ本土を離れることは後ろ髪を引かれる思いであった。
ワシントンD.C.を空飛ぶ円盤が襲撃し、ホワイトハウスが爆破された。公式には隠されているが、ルーズベルト大統領も負傷したらしい。
円盤について、火星人の襲来かとざわめく声もあったが、異世界人の兵器であるのは間違いないだろう。
陸軍の航空隊は、円盤を撃墜できなかった。
敵はまた来るかもしれない。しかし、今のハルゼーに敵討ちを実行できる部隊はなく、また海軍、陸軍上層部は、今後の対応にかなりごたついていた。
太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将は、そんなブル・ハルゼーの背を押した。
「今は、ここで君にできることはないよ。義勇軍に行った方が、何事も早く事が進むだろう。……むしろ私は代わってほしいくらいだよ」
「じゃあ、代わろうか? アンタが義勇軍とやらに行き、オレが太平洋艦隊司令長官をやる」
「キング大将が聞いたら、さぞ喜ぶだろうよ。満面の笑みを浮かべて迎えてくれるだろう」
キングと聞いて、ハルゼーの表情は途端に曇った。ニミッツの皮肉は効いた。
「冗談。あの野郎曰く、オレは『頭が悪いんだとさ』。……わかったよ、大将。ステイツを頼むぜ」
「幸運を」
「アンタもな」
かくて、ハルゼーは機上の人となり、気づいたらわけのわからない島にいた。C-47スカイトレインから降りたハルゼーは開口一番言った。
「ここは……どこだ?」
「ゴースト・アイランドです、サー!」
出迎えの海軍中尉が敬礼した。白人男性で、アメリカ海軍のユニフォームだが……ハルゼーは怪訝なものを見る目になった。
「幽霊島だ? お化けでも出るのかい?」
「この島にいる者は、大半が幽霊みたいなものです、サー」
「フン、皮肉のつもりか」
どうぞ――と海軍中尉は、飛行場から奥へと案内した。飛行場というには、あまりに簡素かつ、どこか打ち捨てられた感が拭えない。島流しにされたのではないか、と半ば後悔しはじめる。
が、それも少しの間だけだった。
建物のようなものに入れば、そこには広大な地下空間に通じていて、下へ下へと金属製の通路と階段が伸びていた。
「坑道か何かか……?」
思わず声に出たが、中尉は答えなかった。先導する彼に従い、移動するハルゼーは、やがて下から見えた照明に何やら巨大な施設があるらしいとわかり、これは一体何なのか考えを巡らせる。
まるで秘密基地だ。そしてそれは、赤の世界での日々を思い出させた。
そして、地下にあったものに、ハルゼーは仰天するのである。
「ようこそ、提督。幽霊艦隊へ」
中尉はそれを指し示した。
空母、戦艦、巡洋艦が停泊している地下空洞泊地があった。しかもハルゼーには、懐かしいものが映る。
「おいおい、ありゃあ、『レキシントン』か……?」
アメリカ海軍の大型空母レキシントン級に、瓜二つのそれが1隻停泊していた。ハルゼーはそこで気づく。
開戦直後に、戦線離脱したためにブランクがあるが、現在のアメリカ海軍のリストには、レキシントン級空母はないことを思い出した。
『レキシントン』は開戦直後に、『サラトガ』は、第二次ハワイ沖海戦で戦没している。
「こちらは『サラトガ』ですね。異世界人が使用していたのを撃沈し、それを再度回収したものとなります」
「沈められたフネ、か。……なるほど、ゴースト・アイランドというのは、名前だけではないらしい」
沈没した艦艇が蘇っているというのなら、これもまたゴーストなのではないか。
「するってぇと、ここのフネは全部そうなのか?」
「はい、一度沈んだものになります、サー」
ハルゼーは通路を歩き、ドック内を見下ろす。アメリカに帰還して見かけたインディペンデンス級軽空母を遠目で目撃したが、ここにはその同型艦が4隻が並んでいた。
「こいつらは?」
「『インディペンデンス』、『プリンストン』、『ベローウッド』、『モントレー』です」
『インディペンデンス』は第二次ハワイ沖海戦、残る3隻は第三次ハワイ沖海戦で沈んだものである。
「全部、アメリカの空母じゃないか。……っと、これは」
ハルゼーは、もう1隻見つけた空母に、一瞬言葉を失った。
「まさか、『エンタープライズ』……?」
「いえ、『グレートブリッジ』です。日本海軍から貸与された空母なのですが、やはりハワイを巡る戦いで撃沈されました」
「……ヨークタウン級に似ているが?」
「貸与された後、アメリカ海軍のほうで改装されましたから」
「なるほどな……」
空母の次は、戦艦である。これもハワイ沖海戦で沈んだアメリカ戦艦の『サウスダコタ』、『ワシントン』、『ノースダコタ』の3隻である。
「ノースカロライナ級にサウスダコタ級か……。使えるなら本土の海軍に提供してやればいいのに」
「提督、私はアメリカ人ですが、ここにいる者はその他様々な国の人種がいます。ここはアメリカではないのです」
「つまり、ここの連中は、アメリカの空母と戦艦をパクって勝手に使っているわけか」
ハルゼーは意地の悪い顔になる。中尉は僅かに眉をひそめた。
「我々には、そうすることでしか戦力を揃えられなかったんですよ」
「……義勇軍というが、要するに抵抗組織なんだろう」
ハルゼーはバツの悪そうに眉間にしわを寄せた。
「異世界でもそんな感じだった」
「経緯はともかく、おかげで我々も、あなたも戦えるのです、サー」
中尉の言葉に、ハルゼーは苦笑した。
「確かにな。本土にいたんじゃ、戦えなかった」
顔を上げたハルゼー。そこにゾロゾロと人がやってくる。
「おっ、提督も来られたのですか?」
ドイツの命知らず野郎――ハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉が仲間たちと現れた。
「てっきりアメリカで戦うと思っていたんですが、こっちに来たんですね」
「またお前らの顔を見ることになるとはな」
赤の世界から帰還するために、共に戦った者たち。理由はともあれ、彼らもまだ異世界人と戦う気持ちでいたことが、ハルゼーをして嬉しい気持ちにさせた。
「大馬鹿どもだ。だが、人類もまだ捨てたもんじゃねえよな……!」
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